「ねえ、晴香ってスキンシップ平気?」
「……」
大学から駅まで。電車に揺られている最中。そして今、駅から家まで。このどこを切り取っても、私と陽向の間に会話はなく、とにかく気まずくて仕方がない。
素の陽向でぶつかってきて欲しいと望んでいたはずなのに、いざ相対すると緊張してしまう。同時に、やはり由唯と陽向は同一人物であるけれど、違うのだと思い知らされる。
由唯としての愛想の良さが鳴りを潜め、代わりにクールなカッコよさが前面に押し出されている。この素っ気なさをそう捉えているのは惚れた弱みかもしれないけれど。
ただ、私の好きな美城由唯はこの陽向が作り上げているわけであって、彼女の言う通りスッパリ分けられるものではない。共通する芯の強さのようなものを感じて、勝手にファンの気持ちが戻ってきてしまいそうだった。
「……あ」
「ど、どうしたの?」
突然声を上げた陽向に驚いて、少しどもってしまう。けれど、全く気にする素振りも見せず、陽向は真っ直ぐ目にとまったものを見つめている。
視線の先にあったのはスーパーで、以前美紀も一緒に三人で宅飲みしたときに買い出しをしたところだった。あのときは、買い出しには陽向はいなかったけれど。
「お酒でも買って行こうか」
「え? 飲めないんじゃ……」
「飲めないわけじゃないよ。あのときは、うっかり酔ったときに危ないから、そういうことにしといただけで」
「……今日はいいの? その、万が一があっても」
「いいよ。晴香だけだし、私の酔ったとこ見るの」
飄々とそんなことを言われて、ドキリとしてしまう。いつもの由唯が演技っぽいとか、嘘くさいとかいうわけではないけれど、このテンション感で言われることが、なんだかいちいち刺さってしまう。
私の沈黙をどう受け取ったのか、陽向はふらりとスーパーへと歩みを進める。
「ありがとうございましたー」
さくっと買い物を済ませて、改めて我が家へと向かう。近づくにつれて、緊張感が一層高まってきた。
一体、何を話されるのだろう。人に聞かれたくないと言っている以上、あまり良い想像はできない。不安が募る。
「お邪魔します」
「ごめん、ちょっと散らかってるけど」
「いや、急に押しかけたのはこっちだし。ってか普通にキレイじゃん」
そうして、ついに目的地へと辿り着いた。なんだかんだ、自分の領域であることも相まって、帰宅の瞬間はほっと一息つく。
だがそれも束の間。お互いに座って、買ってきたお酒の缶を開けると、すぐさま陽向が口を開いた。
「あのさ、まず一個言っときたいんだけど」
「は、はい……っ?」
上擦った声で返答すると、訝しげに陽向がこちらを見た。
「図書館で捕まえたときもそうだけど、なんでちょっとまた余所余所しくなってんの。……まあいいや、それは置いといて」
手に持った缶を一度クイッとあおって、テーブルに置いた後、陽向はこちらに向き直って再び口を開いた。
「今までさ、こういうところを見せてこなかったのは、信頼がどうとか、付き合いの長さがどうとかじゃないから。改めて言っとくけど」
「……うん」
「晴香に一番良い自分を見せようと思ったらああなるんだよ。結局、晴香が好きなのは美城由唯なわけだしさ」
「それは、でも──」
「でも、晴香に全部教えろって言っといて、自分が自分を見せないのは違うと思ってさ。相手に求めるなら、私の方も腹見せないと。それでこそ、晴香も弱いところ見せてくれやすいだろうし、ちゃんと対等になれるかなって」
この短時間で、さらにさっきは少ししか私の内心を出していなかったのに、陽向はもう満点の回答を提出してきた。そんなに自分は分かりやすい人間だったろうか。思わず舌を巻く。
「やっぱり幻滅されるかも、って不安もあったし、今もあるけど。結構、由唯とは違い過ぎるから。でも、陽向として、っていう晴香に応えるのは、こうするしかないからさ」
「……しないよ、幻滅なんて、するわけない」
「そっ、か。うん、ありがとう」
ずっとどこか人間離れしていると感じていたけれど、彼女にも、不安の感情というものがあるはずで。そしてまさに今、それを感じたから、ずっと静かに聞いていた中で、一言差し込んだ。いつも一定の声色に安堵がにじんだ気がして、私としてもほっとする。
「……あとさ、もう一個訂正しときたいんだけど」
「うん?」
丸く収まった雰囲気で一度静まり返った部屋に、再び陽向の声が響く。今度はなんだろうと身構えてしまうけれど、それを察してか、そんな重い話じゃないけど、と陽向は前置いた。
「松川さんと晴香でさ、確かに付き合いの長さはあっちの方が長いけど、それこそ信頼の話するなら圧倒的に晴香だから。それも一応、なんか勘違いされてそうだったし、ちゃんと言っとく」
「……そうなの?」
「そうだよ。あの子、私がアイドルしてることは今のところ知らないらしいけど、いつかバレて昔のこととか暴露されたら困るから、取りあえずなんか引っついてくる間は相手してるだけで」
昔のこと。暴露されて困る何かがあるのか。それが引っかかりはしたけれど、当然そんなこと、詮索されたくないだろう、と疑問を呑み込む。
「こんな、仕方なく相手してるなんて言い方も考え方も、あんまりよろしくないんだけどさ。だから、誰か知らない人には聞かせられないと思って」
「……私はいいの?」
「これで引かれちゃってたら、よくないけど。でも、いいと思ってるから、話してる」
「まあ私も基本、人間関係めんどいと思うタイプだから、別にそれで引いたりしないけど………」
唐突に全てあけすけに話し出すものだから、面食らってしまいはすれど、引いたりはしていない。
「よかった。じゃあ、これで晴香の引っかかってること、解消された?」
「……うん、ごめん。わざわざありがとう」
「いいよ、っていうのも変だな。私がやりたくてやったことだし」
由唯と違って、陽向はテンション感が近くて、居心地がいい。もちろん、由唯は由唯で好きなことは変わらないけれど。
今度は気まずさのない沈黙の中で、またしてもそれを破ったのは陽向だった。
「ねえ、晴香ってスキンシップ平気?」
「え。……まあ別に、嫌いではないけど」
そんなの人による、と言いかけて、それは誰でもそうだし、今問われているのはそういうことではないと言葉を変えた。
「そう? じゃあ、遠慮なく」
「……っ」
ぽすん、と私の肩に陽向がもたれかかってきた。衝撃が走るけれど、気持ち悪い反応をしないように、グッと堪える。
……前言撤回。やはり、陽向も陽向で、落ち着かない気分にさせられるようだ。




