「来てたんだ、陽向ちゃん!」
「やっほー、晴香!」
「……おはよ」
「あれ、なんかテンション低くない?」
「朝からそんな高いわけないし、ってか元からこんなもんでしょ」
「いーや、絶対ちょっと萎えてるね。あれか、不安なの? 別に今日は面接とか、評価される場なわけじゃないから、気楽でいいんだよ?」
「……」
今日は、美紀と一緒に企業の合同説明会とやらに来ている。当初、誘われたときに一人で行くことを仄めかしたけれど、どこの業界とか、どんな職種がいいとか、希望があるのかと問い詰められて、答えられずにいるうちに美紀に連れ回されることに決まってしまった。
『どうせ特別興味ある会社とかないでしょ! なら私についてきな!』
このメッセージが飛んできたとき、ぐうの音も出なかった。タイムテーブルやら概要やらを見ていても、惹かれるものが何もない。各企業の名前を知っているか知らないか位の、評価とも言えない評価しかできなくて、まあとりあえず聞くだけ、と適当に回ろうとしていた。
『ちゃんと下調べしてあるし、良い感じのとこしか行かないから!』
あの美紀が目をつけている企業なら、確かにかなり条件が良さそうだ。一応、私たちはライバルなのではないかと思うけれど、情報を分けてくれるというなら、ありがたく頂戴しておこう。……というわけで、結局、二人で就活イベントに参加することになった。
「もう、仏頂面して……。そんなんじゃ、悪い印象持たれちゃうよ?」
「さっき、今日は評価されないって言ってなかったっけ」
「おっ、ちゃんと聞いてくれてはいるようで。でもさ、割と晴香は顔整ってるから、覚えられちゃう可能性あるし、気をつけるに越したことはないんじゃない?」
……面倒だ。別に、バイトで接客するときは、それなりに愛想良く振る舞っているし、その要領でやれば良いのだろうけれど。それを知り合いの──美紀の前でやるのは、すこぶる嫌だ。
「……善処します」
ただ、背に腹は代えられない。まあ、接客のときほどは愛想が求められているわけではないだろうし、無難に真面目な感じを出しておけばいいだろう。
「それ、やらないやつじゃん。……あっ」
「? ……げっ」
美紀が突然、何かを見て驚きの声を上げたので、視線の先を追う。すると、私の目に入ったのは、この間絡まれた陽向の知り合いだった。思わず、苦い声を出してしまう。
よく見ると、彼女も誰かと連れ合って来ているようで、私に話しかけてきたときとは見違えるほど低姿勢で、小さくなっている。そんなに怖い友人なのだろうか、という感想と同時に、そんなに私は舐められていたのだろうか、という感想を抱く。別に彼女から舐められようが見下されようが、どうでもいいのだけれど。
……それにしても。
「美紀、知り合い?」
「え? いや、知り合いっていうか──」
「あ、やばっ」
美紀が何か言いかけたときに、向こうもこちらへ気がついたようで、目が合ってしまった。焦る声が漏れ出る。
どうなるかハラハラしたけれど、あちらもあちらで、しかめっ面をしているのが見えた。友人が隣にいる手前、この間のような態度では振る舞えないのだろう。少し安心する。
すると、流石に違和感を覚えたのか、彼女の友人もこちらへ振り向く。その瞬間だった。
「あ、やっぱり!」
「え?」
「おーい!」
美紀が笑顔で手を振って、彼女に近寄る。やっぱり知り合いだったのか。関わりたくないと思っていたけれど、こうなれば仕方がない。渋々ついて行ったその先で、美紀が話しかけたのは、彼女──ではなく、その隣。
「来てたんだ、陽向ちゃん!」
唐突に出てきたその名前に、驚いて顔を勢いよくそちらへ向けた。彼女に気を取られて全く分からなかったけれど、よく見ると、隣にいるのは確かに、間違いなく陽向だった。
「……や、美紀ちゃん。それに、晴香も」
「ねえ、聞いてよ。晴香、全然気づいてなくてさ。私が、あ、って言ったとき、知り合い? って」
「まあ、無理ないよ。いつもとちょっと違うから、格好とか」
「それにしたってだよ〜」
美紀が意気揚々と私をイジるけれど、他三人は何とも言えない、微妙な空気を醸し出している。それは当然、美紀も感じているだろうけれど。
「……で、ごめんね、急に話しかけて。こちらは?」
「あー……、昔馴染みっていうか。同じ学部の、松川玲奈」
「……どうも」
以前の印象とは大きく違って、大層しおらしい様子で松川さんが会釈する。でも、そんなことはもはやどうでもいい。今の私の脳内は、陽向のことでいっぱいだった。
──本当のオフは、こういう感じなのか。
由唯じゃなくて、陽向と向き合わないと、と思っていた私は、その実、由唯としての面しか見せられていなかったんじゃないか。ずっと躍起になっていたのが、バカみたいだ。
「玲奈ちゃんね! え、昔馴染みって、いつから?」
「小中が一緒で……。高校で私が先に地元出たんだけど、大学でまた会った、みたいな」
「へ〜! じゃあ、めっちゃ付き合い長いんだ!」
その、『特別な存在』感のあるプロフィールが腹立たしい。陽向も結局、そういう相手にだけ、素が見せられるわけだ。何が対等になりたい、だ。本当の陽向を見せてくれるほど、信用してくれていなかった癖に。
「まあ、ほぼ関わりなかったんだけどね。話すようになったのも、大学生になってからだし」
「でもよく気づいたよね、晴香なら多分全く気づかないよ」
「はは……。実際、私は分かんなくて、声かけてくれたのは松川さんからだから、人のこと言えないや」
「へ〜……」
ずっと、なんとも微妙な雰囲気が漂う中、どうにかしようと美紀が頑張っている。けれど、辛うじて陽向が反応するばかりで、空気が変わるほどではなかった。
「え、っと……。じゃ、お互い今日は頑張ろうね! じゃ!」
あまりにも、漂う雰囲気が芳しくない。どうにかすることを諦めた美紀が、解散を決める。
「ねえ、いつにも増して愛想悪くない? よくないよー、初対面の人もいたのにさぁ」
「……別に、いいじゃん。今日は仲良しこよししにきたわけじゃないし。あくまで就活でしょ?」
「う~ん、そうだけど……」
そうは言いつつ、私は元々そこまで乗り気ではなかった上に、陽向の一件もあって、気もそぞろ。結局、就活としての成果は、何もない一日となった。




