「私と、友達になってください」
あれから努めて冷静に色々と考えてみたけれど、自分が由唯と、陽向と関わるべきか、関わってもいいのか否かは、美紀の言う通り、私が決めることではない、と思い直した。私との関わり方を決めるのは相手であって、私にできるのは、その判断材料を提供することだけ。
では、自分がどうしたいか? その答えはやっぱり出すことはできなくて、どうすべきかばかりを考えてしまう。でもそれが、私というものなのかもしれない。
──結局、ひねり出した結論は、とにかく謝罪はしなければいけない、ということだった。厚意をはねのけたこと、悪いのは私なのに要らぬ罪悪感を与えてしまったこと。それから、好意的に接してくれているのに対して、ずっと突き放すような態度をとってしまっていること。……謝らなければいけない点はたくさんある。
謝罪は一種の自己満足で、謝った側がその事実を以って気分を晴らすだけだから、謝られる側にはなんの足しにもならない。そう思って黙って離れるべきだと思っていたけれど、加害者と被害者の関係で何故か認識の齟齬が起きている今は、そこをハッキリさせる意味でも必要だと思う。
でも、どうやって謝ればいいのか。誠意を伝えたいなんて、こちらのワガママだけれど、文面で文字だけ送るのではなくて、直接会って話したかった。かといって、謝らないまま素知らぬ顔で連絡してアポイントをとるのも、自分の中では気持ち悪い。
……そうやって、逃げているだけじゃないのかという己からの批判も受けながら、私は運任せの策を取った。
「一点で、616円ね!」
「……はい、これで」
「600の、16、ちょうどねー。ありがとうございます、次どうぞー」
「ありがとうございます」
いつか相席した学食。そこへ同じ時間帯にやってきて、同じような席に陣取る。
別に、運命だとか、縁があるなら会えるだとか、そんなものを信じているわけではない。だが、これで向こうは選べるはずだ。もう私に嫌になったなら話しかけてこないだろうし、どこかでまだ必要としてくれていたら、やってきてくれる。
己のやっていることを客観的に見ると、忌避感を抱いた試し行動そのもので、本当に我ながら気持ち悪かった。それに、どこまでも相手任せで、自分自身からすれば、こんなやつは嫌だけれど、それを勝手に決めてはいけない。自分でダメだと思っているなら変えろよ、という話ではあるけれど、そう簡単に変えられるなら苦労しない。なら、変に繕うより、そのまま出して相手にジャッジしてもらうのがいいのだ。だから、これが精いっぱいの妥協点だった。
とはいえ、そもそも今日ここに由唯がやって来るかなんて分からない。今日も、明日も、明後日も。
いつまで続けようか。幸い、学食にしては高いと思ってしまうけれど、主だったお金の使い途はもうなくなったから、食費が多少上がったとて問題はない。
しかし、そんな考えは杞憂だった。
「相席、いいですか?」
「……よろこんで」
どうぞ、なんて偉そうなセリフを吐きたくはなかったから、考えて歓迎の意を示す。
「じゃあ、遠慮なく。いただきます」
「……」
今までの由唯と比べて、かなり落ち着いている雰囲気に、どうにもやりづらさを感じる。
というか、いつも会話の主導権はあちらにあって、私は振り回されるばかりだったから、いざ自分から切り出そうにも、どうすればいいのか分からない。
考えあぐねていると、結局いつものように先手を打たれる。
「ごめんね、晴香。この間は」
「いや……! 由唯は悪くない。悪いのは私で──」
「晴香は悪くないよ。だって、嫌がってた晴香に無理に絡んでたのは私だし、それは事実でしょ?」
「そんな、嫌がってたわけじゃ」
「でも、負担には感じてたわけじゃない?」
「それは……」
否定はできないし、実際拒絶の意思を一度見せてしまっている。それでも、私にだって悪かったところはある。
「でも、やっぱり」
「申し訳ないけど、晴香の謝罪は聞かないから」
「……なんで」
「なんでも。……それにさ、私、本当に嬉しいの」
「嬉しい?」
このタイミングで、そんな言葉が出てくるなんて思いもよらなくて、聞こえた言葉をそのまま繰り返して聞き返してしまう。
「晴香がさ、私に対して出してくれる感情全部、嬉しいんだよ。それが怒りでも、いやむしろ、嫌だって気持ちを正直に教えてくれたことが、嬉しい」
「……意味分かんない」
「分かんないでいいよ」
本当に、ずっと由唯の考えていることが分からない。誰だって、人の考えていることなんて分かりようがないのはそうだけれど、特段理解不能だ。
「とにかく、これで今回の話は終わり! ……って、私が決めることじゃないか。許すのは晴香だもんね」
「それは、許すもなにも、最初から私は由唯が悪いと思ってないし」
「じゃあ、一件落着だね」
「……」
言うなれば、不完全燃焼。思考をこねくり回して、ようやく謝るという結論を出したのに。いや、自分がしたいから、という理由で無理矢理に相手が嫌がっていることをするべきではないのか?
でも、果たして、本当にこれでいいのか。そんな不安がつきまとう。微妙な表情の晴香を見てか、由唯が新たな提案をしてきた。
「うーん。じゃあさ、こうしよう。私も晴香も、お互い自分が悪いと思ってるわけでしょ? じゃあ、贖罪としてお互いになんかお願いして、それを聞くっていうの、どう?」
「由唯のお願いを私が聞くのは全然いいけど、私は……」
「はーい、そういうのはルール違反でーす。じゃ、私からね!」
「……どうぞ」
抵抗するのは諦めて、一旦要求を聞き入れることにする。自分からのお願いは、大したものにしなければいいだけだ。
「……そうだなぁ。強いて言うなら、これからも正直に教えて欲しい。晴香の気持ち、全部。ネガティブでも、出してくれることが私にとっては嬉しいから」
──私からすれば、ポジティブな感情すら、表に出すことを躊躇するのに。いわんやネガティブな感情なんて。
「……やっぱ、わけ分かんない」
「だから、いいよ。分かんなくて。次、晴香の番ね」
「私、私は……」
さて、何を願うのがいいだろうか。ゲームだったら、ここで選択肢でも出るだろうけど、これは生憎と現実だ。自分で程よい答えを見つけなければいけない。
「まあそんな悩むなら、別に急いで使わないでいいよ? これからも長く付き合ってくれるんなら、さ」
「……分かった」
「ん、じゃあ持ち越しということで──」
「じゃなくて。ごめん、言い方悪かった。何お願いするか、決めた」
「……そう?」
「うん、嫌だったら断って」
「それじゃあ罪滅ぼしにならなくない?」
「いいから」
「……じゃあ分かった。それでいいから、何?」
最適解が一体何なのか。由唯からの要求をそっくりそのままお返しすることも考えたけれど、それじゃあ誰になんのメリットもない。そのときふと、由唯の望むことを叶えることができる要求が、一つ思い当たった。
それは、思い上がりかもしれないし、出過ぎた真似かもしれない。けれど、今の由唯の言葉を信じるならば。
「私と、友達になってください」
由唯が、目をパチクリとさせている。その目がふっと細められて、小さく呟かれた。
「それじゃあやっぱり、罪滅ぼしにならないよ」
「拒否は受け付けるけど、文句は受け付けませんので。……大体、そんなこと言ったら由唯のだってそうでしょ」
「しないよ、拒否なんて。するわけないじゃん」
「……じゃあ、そういうことで」
紆余曲折あったけれど、こんな着地になるなんて、想像もつかなかった。
結局、陽向のことなんて殆どと言っていいほどまだ知れていない。陽向だって、本当の私のことなんて全く知れていないだろう。なのに、成り行きで友達になってしまって、本当に良かったのだろうか。その答えは、先にならないと分からない。
けれど。
「ねえ、晴香」
「ん?」
「ありがとう、私と友達になってくれて」
「……こっちのセリフだよ」
ただ、目の前の彼女が喜んでくれている。なら、今はそれだけで十分だ。




