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推しに他界を願われた話  作者: 良々城田 佳
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「や、可愛いお姉さん。お茶でもしない?」

『ねえ、はっきり言わないと分からない?』

『え……』

『正直さ、鬱陶しいよ。ハル』


 もう随分前から薄々感づいていたことだったけれど、はっきりと口にされて、呼吸が止まる。

 でもなんで、今このタイミングなんだろう。久々に会ったのに、そこまでの嫌悪感を抱かせてしまっていたのだろうか。

 ただ、疑問はあれど、納得というか、そう明言されたときに受け容れる心の準備だけはずっとしていた。だから、素直にごめんね、と謝ろうとして、けれども思うように声が出なかった。


 そこで、ようやく違和感に気がつく。私は今高校の制服を着ていて、地元の友人と話しているはずなのに、ここは、生まれ育った地ではない。けれども見知った、そう、一人暮らしをしている場所。高校なら、実家から通っていたのに? 混乱の中、つい先程私に冷たい言葉をかけた目の前の彼女が、背を向ける。

 待って、と手を伸ばそうとして、その手のあまりの重さに驚く。力なくぶら下がった腕を一瞥して、動きそうにないと悟るやいなや、せめてその背を見送ろうともう一度顔を上げる。するといつの間にか、目に映る人影は入れ替わっていた。


『晴香』


 いつの間にか人物どころか景色まで移ろって、玄関先に立っていた。あたりは、すっかり暗い。


『……バイバイ』


 なんの文脈もなければ、そのセリフだけ切り取ってしまえば、これはただの一日のお別れだ。けれど、このシーンには見覚えがあった。焦燥感が私を襲う。また、大事な人を失うのか。


「待って!」

 

 そう思うと今度こそ声が出て、その大きさに自分で驚いて目が覚めた。

 頬を伝う感触に、ついさっきまで見ていた夢の内容を反芻する。……本当に、嫌な夢だった。

 由唯との一件で、寝落ちする前に昔の出来事を思い出して考え込んでしまったから、あんなことを夢に見てしまったんだろう。現実には、疎遠になった友人には夢で見たようなひどい言葉はかけられていないし、そもそもそんなことを言う人間でもない。とんだ被害妄想だ。

 それに、由唯のことも。あのときは踏みとどまった癖に、夢の中では諦め悪く呼び止めて。何をしているのやら。自嘲しながら、寝返りをうった。


 ただ、人間の身体というものは案外単純にできているもので、泣いて、眠って、そうしているうちにストレスは多少なりとも軽減される。何も解決に向けては進んでいないけれど、その前よりは気分的にはマシにはなっていて、ありがたい限りだ。

 無意識に手繰り寄せたスマホを開いて、まずメッセージアプリの通知が目につく。普段は、そもそもの数が少ないのもあるけれど、さっさと返信しておかないと気が済まないタチだから、こんな風に放置することなど滅多にない。

 けれど、由唯に対してああいう態度を取ってしまった手前、なんとなく美紀にも返信しづらかった。せっかく差し伸べられた手を跳ね除けたのだから、他の人間に対しても拒絶を貫くべきだと根拠なく信じ込んでいた。


 別に、ひとりには慣れているから、どうということはない。……はずだった。なまじっか人に関わってしまったせいで、弱くなってしまったのだろうか。ずっと、どうすべきだったのか、これからどうすべきかを考えてしまう。

 それもこれも、変に時間があるからだ。暇だから、余計なことばかり脳内に浮かんでしまう。こんなにも持て余している理由を思うと、結局また同じ思考に引き込まれてしまうから、厄介だ。

 なんにせよ、とにかく余暇時間を潰さなければ。せっかく高い授業料を払っているのだから、と受けていた講義も勢いで切ってしまったし、大学図書館にでもこもって本を読み漁ろうか。そんな計画を立てる。

 アルバイトを入れられるならそれもいいのだけれど、既に月の上限の壁にぶつかっていて、これ以上は増やしようもない。今となっては、稼いだところで使い道もないというのに。とはいえ、あって困るものでもないから、いつかの何かのためとでも思っておく。

 その後もしばらく頭を悩ませたけれど、いくら考えたところで、これ以上の案は思い浮かばなかった。以前からの趣味を作るという話も上手くいっていなかったのだから、当然と言えば当然のことだけれど。


 そういうわけで、私は知り合い二人に見つからないようコソコソと図書館に足を運んで、現実から逃げるように読書へ没頭し始めた。

 読む本のジャンルは、主に専攻分野。もとより興味があったから選んだわけだし、ついでに卒論に向けての準備をできたらいいとも思う。

 同時に、以前に受けた他学部の講義で、印象に残った分野の本も読み漁る。中でもフラフラと館内を歩いて吸い寄せられたのは、心理学だった。それは教養を得るという側面もあったけれど、今この状況を打開するためのヒントを求める気持ちもあった。

 別に、今回の一件に始まったことじゃない。ずっと己自身に不安定さがあるとは感じていて、それを解決したい気持ちは以前から持っていた。自分ひとりだけの問題なら、自分が苦しむだけなら、放置しておいたってかまわなかったけれど、どうしたって社会に出て人間と関わっていく以上、そうもいかない。人様に迷惑をかけるわけにはいかなかった。

 そもそも本当に深刻に考えているのなら病院に行けという話ではあるが、できることなら一人で解決したい。……こういうところが、よくないのだろうけれど。


 そうして何日かかけて、いくらか得られた知識。当てはまりそうなものは複数あったけれど、いずれも結局は自分ひとりでどうこうできるわけではなさそうだった。そりゃあ、簡単に解決するなら、とっくにどうにかなっているし、さもありなん、といった感じだけれども。

 ただ、対処法以外で収穫はあった。客観的に、文章に綴られた己の行動や傾向を見て、本当に関わるべき人種ではないな、と認識することができた。もう、人と深く関わることなんて、相手のためにも避けるべきだと改めて決意する。今の、せいぜい浅瀬でチャプチャプくらいの関係で留めておくが吉だ。

 とにかく、今回みたいに自分から突き放すような言動をしておいて、チラチラ相手の様子をうかがうなんていう、子どもみたいな試し行動をする人間ではありたくない。


 だから、これでいい。


「や、可愛いお姉さん。お茶でもしない?」


 ただ、人間関係というやつはままならないもので。一方の意思だけでは、思い通りには進まない。


「……美紀」

「ちなみに晴香に拒否権はありません! 行くよ〜」


 図書館から出た途端に、待ち構えていたかのように立ちはだかった美紀に連れられて、私はまた、同じ過ちを犯すのであろう道に引き戻されるのだった。

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