調合85
私は、ノルマの解毒水の調合を終えると、まとめて運んでもらうために、アンジェリドに封書鳥を飛ばした。
少しすると、アンジェリドから封書鳥が飛んできた。
錬金術師養成学校から、調合した解毒水を回収する係がよこされるまで待つように、という内容だった。
招いた張本人である妖精さんの出現により、あっさり元の世界、日本へ帰る目処が付いたことで、逆に、私は考えることが増えてしまったのだ。
いろいろ、中途半端に手出ししたこと。
特に、秘書としてほとんど役に立たないまま辞めることになるわけで、シャルロッテやアンジェリドに迷惑をかけることは、申し訳なく思えてくる。
この世界へ来て助けてもらった人たちに、何か、せめて礼を言いたいが、シャルロッテが戻ってすぐでは、皆、忙しくてそれどころではないだろう。
「手紙、書こうか。」
私は、まだ、綴りも、文法も不確かである。
が、だからこそ、今から書き始めなければ間に合わないと分かっていた。
短くても。
綴り方をまとめたノートを引っ張り出し、シャルロッテに教わった、それぞれの名を書き出してみる。
シャルロッテ=ベロア様、グラン=ソアレム様。
2人の名は、もう、何も見なくても綴れる。いっぱい助けてもらった。2人がいなかったら、どうなっていたか分からない。本当に、ありがとう。
そして、仲良くね。けんかしちゃだめだよ。
ルドルフ=エルリッヒ=ファン=アルランメディエ陛下。
偉い人の名は長くて困る。しかも間違って書くとかはあり得ないから、さらに困る。エルさんの呼び名の方が慣れちゃったし。
責任重大で、大変なことも多いと思いますが、お体大切に。美味しいもの、食べてくださいね。
アンジェリド=シャルロッテ=ファナ=リンデンバーグ先生。
やっぱり長い名。同じシャルロッテでも、2人は、だいぶ違ったな。教わることが多かったです。怖かったけど。
コーネル=サンタナート先生。
校長先生。いろいろ調べてくれて、あと、錬金術に関して忠告をしてくれて、ありがたかったです。大きな間違いは犯してないと思います。
セドリック=ペルガモン様。
図書館では、お世話になりました。
シュバルツデュエル=クラウニスタ様。
最初っからお騒がせしました。ギルドの登録証の推薦人にもなっていただき、助かりました。
ドルファー=アルブレヒト様、デュラー=アルブレヒト様、アルブレヒト工房の皆様。
アルブレヒト工房の人たちにも、たくさん助けてもらった。魔方陣判子計画に巻き込んでしまって、迷惑もかけちゃった。
モードリン=ルリック様、ルリック工房の皆様。
やっぱり、魔方陣判子計画に巻き込んじゃった。手描きできれいな魔方陣が描けるのはさすが。石のこと、もっといろいろ教わりたかったな。
ヴォルフガング=オットー=ファン=アルランメディエ殿下。
とんだ黒幕殿下だったけど、これからも、エルさんを助けてあげてください。ローレンツさんにはあまり無茶振りしすぎないであげて欲しい。
ジークフェルド=ミッターフリーデン=ファン=アルランメディエ殿下。
紫の太陽石、ちゃんと届いたかな。ヴォルフガング殿下と仲良くね。
ローレンツ様。
妖精さんの胃薬、あまり使い過ぎずにね。
カポチェット=ルキノ様。
お料理とても美味しかったです。エル陛下に、水餃子をたくさん作ってあげてください。
こちらの世界で、エリーチェを助けてくれた皆様。
ありがとう。日本に帰りますが、きっと忘れません。
夕方、私の下に、シャルロッテからの封書鳥が飛んできた。グランの無事と、ガタパライム討伐の成功が判明した。
グランは、ガタパライムの死骸が重なり合った場所で、人々が滑って、将棋倒しとなったところに巻き込まれ、利き手を骨折したのだった。
生命に問題はなく、シャルロッテと一緒に帰ると記されていた。
エルリッヒとジークフェルドからも、それぞれ封書鳥が飛んできた。
エルリッヒの手紙には、現地で国軍トップの位置に就いているオットーマイヤーと合流、彼の采配に助けられ、無事、ガタパライムの討伐に成功したと書いてあった。
ジークフェルドからの手紙は、妖精さんが現れて、紫の太陽石を渡されたこと、石の加護か、体調も悪くないこと、無事に為すべきことを果たせたことが書かれ、私に感謝への言葉で結ばれていた。
私は、シャルロッテの工房の2階の自室を整理し、借りていたものをまとめた。
こちらに来た時に持ってきたリュック型の鞄に、日本から持ってきたものと、迷ったが、こちらで使っていたノートを入れた。
持ち出しに問題がありそうな、ギルドの登録証や、錬金術師養成学校の職員証、封書鳥のセット一式などは置いていくことにする。
もうすぐ、皆がザラの街に帰ってくるのだ。
そして、私は……。
工房の扉が開く音が聞こえる。
シャルロッテとグランが、戻ってきた。
私は、こちらに来た時、着ていた服と靴を身に付け、グランからもらった髪飾りを付けた。
最後に送られた手紙を鞄に入れ、それを持って、扉を開け、階段をゆっくりと降りていく。
「おかえりなさい、シャルロッテさん、グランさん。」
私は、そう言ったのを最後に、意識が遠のいた。
目が覚めた時、私は、自分の部屋にいた。
そこは、日本の私の部屋だった。
瞬間に、思い出したのだ。
あぁ、締め切り! レポートの締め切りが間近だった!
テレビを点け、文字表示の画面でカレンダーを確かめる。あと、2日。2日しかない!
私は、あの鞄から出したスマホを充電器に繋ぎ、シャワーを浴び、服を着替え、大学の図書館に行く支度をする。
あの鞄に、必要なものを入れるため、向こうで使ったノート類を出した時、何かが、ことんと落ちた。
それは、紫の小さな石だった。
―――― 完 ――――




