調合84
「これ、妖精さんに無断で、他の人に譲ったら、やっぱりまずいですよね?」
「え? 私に、譲ってくれるの?」
モードリンの目がキラリと光ったような気がする。
「いえ、すみません。ただ、これを、私よりも切実に必要としている人を知ってるので……。」
「あら、私だって切実よ。まぁ、無断でなければいいのじゃないかしら。」
私は、モードリンに礼を言って、ルリック工房を後にした。
食材とお惣菜を買って、シャルロッテの工房に戻った。
台所で、買ってきたものを整理していたところに、シャルロッテが現れた。手に読みかけの手紙。そして、表情は硬い。
「何かあったのですか?」
「グランが、怪我をしたらしいの。」
私が、ルリック工房へ行っている間に、封書鳥が飛んできた。
差出人は知らない名だったが、見覚えのある封筒であったため、すぐに中を確かめたという。
「グランに渡したレターセットと同じものだったから。送り主は知らない名だったけれど、どうも王城騎士団の団員みたい。」
「マグダレスさんではないのですか?」
「違うの。」
私は名前程度しか知らないに等しいが、服のアドバイスを聞く程度には、グランとマグダレスは親しいはず。そして、シャルロッテも知っている。
グランは、他の王城騎士団団員にも、知り合いがいるだろうが、通常なら、シャルロッテが知らない人物に手紙を書かせたりはしないと思う。
何より、本人が手紙を書けない状況というのが気になる。
「向こうがどうなってるか分からないから、下手に、こちらから封書鳥を飛ばすことはできない。お互いが安全であることが前提のものだから。」
確かに、向こうが緊急時であった場合、いきなり手元に鳥が現れたら、まずいだろう。
「読ませてもらってもいいですか?」
届いた手紙を確認してみることにしたが、内容は、“グラン=ソアレムは怪我のため、当面、自身で封書鳥を飛ばすことができなくなったが、心配無用”という非常に簡潔にして事務的なもの。
「私、フール川の東岸側に行ってみるよ。エリーチェちゃん、お留守番をお願いしていい?」
結局、シャルロッテは、現地行きを決めたのだった。
翌日の朝早く、シャルロッテは、出発した。
引き続き必要な、解毒水の調合は、私が代役となることになった。
アンジェリドに了解を求める封書鳥を飛ばし、材料の確認やら何やらで時間が取られ、シュティッヒやニーゼンに来てもらう余裕はまったくなかった。
工房で1人、お留守番である。
そして、調合室で、本日のノルマ分の解毒水を調合すべく、リッカ吸収炭を粉にしていた時に、それはやってきた。
「やぁ、元気にしておるようだね、チエコ。」
声をかけてきたのは、私の膝丈くらいの背の高さ、グレーのスモックを着て、同じグレーの縁なし帽を被っている、白髪と長く白い顎髭を生やした妖精さんだった。
「あなたは、“千恵子”を知っているのですか?」
これまでの妖精さんとは違う、何かを感じる。
「そうじゃ。わしが、お前さんをこの世界に招いたのじゃから。」
「悪戯だと聞きましたよ。」
「まぁ、そうじゃの。悪戯じゃ。」
まったく悪気はないらしい。
「招いておいて、今まで放置だったのですね。」
恨み言を言ってみる。
「そんなに時間は経っておらんじゃろ。あぁ、人間にとっては、それなりに長い時間だったか……。」
妖精さんの時間感覚では、放置したうちに入らないらしい。
「どうするね。元の世界に戻るかね?」
「私、元の世界、日本に帰れるのですか?」
「帰りたければじゃがの。」
「あ、私が生きていた時代から何百年も未来の日本、とかではないですよね?」
「そこまで、面倒なことはせんよ。こちらに招いた日の翌日に戻るだけじゃ。人間にとっての1日で間違いない。」
私は、いまだに、日本で暮らしていた頃のことがほとんど思い出せていない。しかし、本来いた場所なのだ。戻るべきだろう。
「できれば、帰りたいです。ただ、今、お留守番の最中なのです。シャルロッテがこの工房に戻ってくるまでは、ここにいなければならないので、それまで待っていただけませんか?」
「ふむ、よかろう。」
「あと、ニーゼンを御存知ですか?」
「ニーゼンじゃと? よく知っておるが。」
「ニーゼンから、これを譲ってもらったのですが……。」
私は、紫の小石を見せた。
「ほう、太陽石かね。これがどうかしたのかね? あぁ、二ホンに持っていってもよいか? ということか。」
「いえ。これを他の方に譲ってもよいか? です。この世界から持ち出すつもりはありません。」
「これは、正しき方向を示す石じゃ。そして、間違った者の手に渡ったとしても、石が自然に在るべき場所に戻るのじゃ。お前さんが、譲ったとして、その者が相応しくなければ、何も起こりはせん。」
「では、この石を、ジークフェルド殿下に届けていただけませんか?」
「よかろう。」
「お名前を聞いていなかった気がするのですが。」
「わしの名か? わしの名は……。」
名前を聞き取ることができないまま、紫の太陽石を手にした妖精さんは消えてしまった。
私は、また1人、工房に残された。




