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調合8

「どうぞ。」

ドアに向かって、アンジェリドが声をかけた。


「王宮図書館のローレンツです。御依頼の記録をお持ちしました。」

外から声がして、ゆっくりとドアが開けられた。


ローレンツは、革製の鞄を持って校長室に入ってきた。部屋の中をざっと見渡したローレンツは、校長の書斎机に真っすぐ向かい、机の上に鞄を置き、ジャケットのポケットから白い手袋を取り出した。

「ルドルフ2世陛下、および先代ノイヴィセント5世陛下より、よろしく頼むとの言葉を預かっております。」

手袋をはめながら、ローレンツは言った。


コーネルも上着のポケットから白い手袋を取り出し、はめている。


ローレンツは、鞄の中から丁寧に、立派な革表紙の本を取り出し、書斎机の上にゆっくりと置いた。

「152ページ目の右段、下から5行目を、御確認下さい。」

コーネルは頷き、一呼吸した後、ゆっくりと本を開いた。


部屋の中が、なんとなく息苦しい雰囲気となり、皆が、コーネルの様子を固唾を飲んで見守った。


どれくらい時間が経ったのか、コーネルは、不意に頭を上げ、深く息をした。


「ありがとう。できれば、写しが欲しいのだが、頼めるかね?」

「かしこまりました。」


コーネルは、再び本を確認した後、ページを閉じた。そして、本が鞄に仕舞われるのを待って、引き出しから紙を取り出し、羽ペンで何やら書き始めた。書き終わると、紙をローレンツに渡した。


「152ページ目右段の最初の行から、160ページ目左段の一番下の行までで、お願いするよ。前後の部分も欲しいのじゃ。」

「明日までに、届けさせます。」


「ルドルフ2世陛下は、どうするおつもりなのかね。」

コーネルは、ローレンツに尋ねた。


「実は、妖精族の長に、連絡を取られました。招かれ人の来訪を歓迎し、賓客として遇するとの御意向です。」

そう言うと、ローレンツは体の向きを変え、私の方へ、ゆっくりと歩いてきた。手には何か筒のようなものを持っている。

私の後ろの方で、シュヴァルツデュエルが、さっと立ち上がったのが分かった。


「ようこそアルランメディエ王国へ。国王ルドルフ2世より、歓迎の意をお伝えいたします。」

ローレンツは、筒の中から、巻かれた紙を取り出し、広げると、私に向かって読み上げた。先の招かれ人が現れてから100年近くの時が経ち、今再び招かれ人が来訪したことを吉兆と解し、王の賓客として歓迎するという内容だった。国王と先代国王は、私との直接の面会を希望しているが、妖精の招かれ人本人の意向が尊重されるということだ。

私は、まだこの状況に慣れていない状態であり、時間が欲しいと伝えた。


ローレンツは、読み上げた紙の字の書かれた面を私の方に向けて見せた。

縦長の紙の四方の辺縁は金色の唐草模様の縁取りがされていて、何やら紋章のような模様も薄い色で入っている。そして、見たことのない文字が並んでいて、一番下のところにサインが入っていた。


うん?

これって、ひょっとして、親書というものでは?

えと、親書の礼儀にかなった受け取り方って、どうしたらいいの?


記憶がほとんど戻っていないものの、私は、まず、日本で、親書と縁があるような生活はしていなかったはずだ。瞬間、卒業式の卒業証書が、頭に浮かんだ。


え、でも、縦横が違うよね。

左右の両端を持って受け取るとバランス悪そう。

じゃあ、上下? 右手が上? 左手が上?

あ~、日本で生活していた私、本好きみたいなくせに、何で、正しい親書の受け取り方が書かれた本を読んでなかったの。ばか、ばかぁ!


私は、心の中で、過去の私に八つ当たりした。


私は、親書らしき紙から、思わず目を逸らしてしまった。

すると、ローレンツはさっと紙を丸め、筒に戻してから、私に手渡してくれた。


え? セーフ?

失礼はしてないよね?


「記録から、前に現れた妖精の招かれ人は、結局、この国で生を全うされたと判明しました。招かれ人は外国からではなく、この世界とは別の世界から招かれたようです。そして、元の世界へ戻る方法を探し続けたようですが……。」

ローレンツは、気の毒そうに私の顔を見つめ、

「エリーチェ様におかれましては、我が国で、健やかにお過ごしいただけるよう、全力を尽くさせていただきます。」

と、約束してくれた。


……、帰れないんだ、日本に。

私は、溜息をついた。


シュヴァルツデュエルは、

「数々の無礼を働き、大変、申し訳ないことをした。今更、詫びることで済まされるとは思っていないが……、済まない。」

と、頭を下げて、運転免許証を返してくれた。


私は、慌てて、ローレンツに、シュヴァルツデュエルには落ち度は無く、その行動は当然のことだと理解していると伝えた。


寝てないよね、騎士団の人たち。私、シャルロッテさんのところで、ぐーすか寝てたのに。

心の中で、目一杯詫びる。


コーネルが、先程読んだ記録について話してくれた。

「ローレンツの言葉で大体分かったろうが、妖精の招かれ人は、この世界とは別の世界から連れてこられるようじゃ。」

妖精は、アルランメディエ王国を含むゴンドラ大陸や海の向こうにあるパンドラ大陸など、こちらの世界では、普通に知られているそうだ。森に棲んでいることが多く、時々、街中に現れて、行商をしたり、賃金を払うと仕事の手伝いまでしてくれるらしい。


あ、確か、シャルロッテさんが、妖精さんが山羊の乳を売りに来たって言ってたよね。


「一方で、気まぐれな性格で、時に、人の理解の及ばない悪戯をしたりする。」

妖精の招かれ人も、その悪戯なのだそうだ。


悪戯のレベル、越えてるよ。元の世界に帰れないって、犯罪じゃない!


「妖精は、基本的に大事に扱えば、むしろ、幸運をもたらしてくれる存在なんじゃが、怒らせると、災害を招くなど、厄介な相手なんじゃ。招かれ人に害を及ぼす者あれば、妖精が激怒して、国全体に甚大な被害が出る可能性もあるのでな。」


つまり、親愛なる国王陛下は、妖精さんの機嫌を損ねないために、妖精の招かれ人も粗略には扱えない、ということらしい。


めんどくさい。めんどくさ過ぎる!

ちなみに、こちらの世界の妖精さんは、蝶々のようなタイプではなく、リンゴを齧って倒れたお姫様に付いていた小人のようなタイプだった。

枝から大量発生することもない……。

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