調合74
それは、突然の呼び出しだった。
シャルロッテの工房の調合室で、“濡れないエプロン”の販路拡大のための案を考えていた時、特別便の封書鳥が私の下へ飛んできた。
差出人は、ジークフェルド。
目立たぬように、王城のジークフェルドの私室に来るようにという内容で、既に迎えの馬車を差し向けたという、事後承諾に等しいものだった。
エルリッヒでもなければ、ヴォルフガングでもない。なぜジークフェルドからなのか、私は嫌な予感がしたが、時間は無かった。
シャルロッテに届いた手紙を見せ、急ぎ支度をして、馬車の到着を待つ。
10分もしないうちに、工房の前に、印の無い箱型馬車が到着した。
「申し訳ございません。エリーチェ殿のみ、お連れするよう命じられております。」
使い兼御者は、シャルロッテの同乗を拒否した。
「シャルロッテさん。到着したら封書鳥を飛ばします。ちゃんと準備していきますから心配しないでください。」
「でも……。」
「私は、ジークフェルド殿下よりも偉い人の賓客ですよ。大丈夫です。」
言いつつも、自信は無い。
不安そうなシャルロッテを残し、私を乗せた馬車は王城へ向けて走り出した。
王城に到着し、馬車から降りると、食事会の日、ジークフェルドの私室の扉を開けてくれた50代くらいの落ち着いた雰囲気の女性が迎えてくれた。
「急なお願いにもかかわらず、よくお出で下さいました。殿下がお待ちです。どうぞこちらから。」
女性は、なぜか、王城の入り口ではなく、庭の抜け道のような小道へと私を案内した。そして、しばらく歩くと、小さな扉を開けて、中に入るよう促した。
「申し訳ございませんが、こちらの通用口からお入り願います。ジークフェルド殿下からの指示なのです。」
私は、女性に付いていく。
「歩きながらで失礼いたします。私はジークフェルド殿下の側仕えを務めさせていただいております、レメリスと申します。」
レメリスはジークフェルドの私室の前に着くと、扉のノッカーを小さく3回鳴らした。
「入れ。」
中からジークフェルドの声が聞こえた。
レメリスは静かにではあるが、非常に素早く扉を開けると、私をジークフェルドの部屋へ入れ、そして、自身も入って扉を閉めた。
「エリーチェ殿、すまない。事態は急を要する。私を王城から外に連れ出し、街中央の円形広場に向かって欲しい。」
ジークフェルドの依頼は、まったく予想外のものであった。
ジークフェルドによると、その日の未明、フール川東岸側より、既に現場に駐在していた部隊だけでは手が付けられなくなるほどの大量のガタパライムが、突如出現したことを知らせる封書鳥が飛んできた。
「突然の轟音と共に、大量のガタパライムが雪崩のように崩れ広がり、フール川沿いに広がったという内容だったと聞く。王城内では兄上が全指揮を執り、現場へ、王城騎士団第4部隊はもとより、向かえる者は既に出立した。現地からは定期的に報告が来ているようだが、あまり芳しい状況ではないようだ。足らぬ人手を得るため、陛下自らが急遽、円形広場に出向くことになったのだ。」
エルリッヒは、民間から人を募るため、円形広場で直接説明すると言い出したらしい。
「本来なら、その場に立つべきは、私だったのだ。……、このようなこと……、誠にすまぬが、兄上を説得することすら、できなかった。今、私を連れ出せるのは、妖精の招かれ人たるエリーチェ殿、唯一人なのだ。」
ジークフェルドは、私室の扉を開けるようレメリスに命じた。
しかし、扉に手が届くところまで来ると、ジークフェルドの呼吸はみるみるうちに浅く速くなり、その表情は真っ青になった。冷や汗をかいている。
私は、ジークフェルドに、このまま部屋に残るよう言った。が、ジークフェルドは頭を横に振り、再び歩みを進めようとしたのだった。
「今、……この時に、出ていくことができぬなら、私は、永遠に、ヘルムートとリヒトに顔向けできなくなってしまう。」
「殿下、少なくともリヒトは、そのようには思っておりません。やはり、無理はなさいませんよう。お願いでございます。」
レメリスは、ジークフェルドを押しとどめようとした。泣いているのが分かった。
「レメリス。いつもすまぬ。しかし、今度ばかりは、私の望む通りにさせて欲しい。」
ジークフェルドはそう言うと、扉の外へ、1歩、足を進めたのだった。




