調合71
ジークフェルドの私室で行われた食事会から3日後、シャルロッテと私は、錬金術師養成学校にいた。
「これが、魔方陣判子ですか。なるほど、面白いものを作りましたね。魔方陣の理論と構造を理解した上で、使うのであれば、問題もないでしょうね。」
アンジェリドに痛いところを突かれる。
「今回は、解毒水の急ぎの増産を任されましたから、工程の簡略化・効率という点を考え、学生にも扱わせますが、本来、自らの手で魔方陣を描くことは錬金術の学びに欠くことができない過程です。そのことを忘れないように。」
解毒水増産の要請は、錬金術師養成学校にも届き、特例で、学生たちも動員されることが決定した。
触媒剤と魔法紙は新4年生の担当となり、解毒水の調合は新2年生と新3年生が担当することとなった。そして、魔方陣判子は、教師の監視の下で、学生たちの使用が許可されることとなった。
アルブレヒト工房から完成した魔方陣判子が運び込まれ、シャルロッテが“塩無し醤油もどき”を使った魔法インクを充填していった。
新2年生と新3年生たちが見守る中で、シャルロッテは直径20㎝ほどの大きな判子を両手で持ち、慎重に、広げられた魔法紙の上におろした。そして、ポンっと押して、ゆっくりと判子を持ち上げた。
魔法紙の上には、黒色のインクで描かれた水属性と無属性の材料を合わせるための魔方陣。
おぉ~っと、静かな歓声が漏れた。
「ぶれないように、ゆっくり乗せて、ゆっくり持ち上げてくださいね。それでも魔法ペンで描くよりは、時間短縮になるので問題ないです。あと、このインクは長期間は安定しません。2週間は退色しないことが確認できていますが、調合の進み具合を見ながら、魔方陣を作成してください。」
私は、実習の班ごとに、魔法インクが充填された魔方陣判子を1つずつ渡し、注意事項を書いた取扱説明書も配布していった。
学生たちは、皆、真剣に、説明書を読んでいた。
「この実習で作った解毒水は、学校外で、実際に、使われることになります。つまり、これは仕事として請け負ったと認識してください。品質の低いものを出すわけには参りません。よろしいですね。」
アンジェリドの念押しに、学生たちの表情はさらに引き締まる。
私の斜め前の席に座っていた女生徒の顔色が悪い。
「大丈夫ですか? 気分が悪いのであれば。」
私の問いかけに、女生徒は小さく頭を振って、引き攣った笑顔を見せた。
「だ、大丈夫です。ただ、いつもに増して、魔女先生の目が怖かったので……。私、この前の実習で失敗しちゃったんです。」
小声で打ち明けてくれた。
「うわ、まだその呼び名、続いてるんだ。」
いつの間にか後ろにきていたシャルロッテが、やはり小声で呟く。
「なかなかOK出してくださらないからね。……単位クレナイの魔女って。」
「シャルロッテさん、それって、まさか……。」
「ほら、あの鮮やかな赤い髪の……。」
「いえ、誰方がそう呼ばれていたか? ではなく、誰がそう名付けたのか? です。」
シャルロッテは、そのお腹のあたりの高さで、右の掌を小さく上げてみせたのだった。
実習の時間が終了し、シャルロッテと私は、調合され薬壜に入れられた解毒水を、班ごとにまとめて回収し、仮ラベルを貼る作業をしていた。
品質はアンジェリドがチェックし、合格したものは、フール川の東岸側の解毒水の貯蔵施設へ送られる。
「リッカ吸収炭は、こっちに置いていいのか?」
実習室の入口から声がかけられた。
「チェイスじゃない! 手伝いに来てくれたの?」
「おっ、ロティ! うちの工房は薬調合には向いてないからな。学校へ出向くことになった。よろしくな。」
「俺っちもいるぜ! ジェレップとコリンズも来るってよ。」
「フリップ! 元気そうね。そっか、ちょっとした同窓会みたいね。」
皆、それぞれの工房から、箱に入れたリッカ吸収炭を運んできていた。
「まさか、俺たちも、こいつを学校に運び込むことになるとはなぁ。」
意味有り気に、チェイスがフリップに言った。
「それな。」
「何かあったのですか?」
気になったので、聞いてみた。
「ロティが工房を開いた最初の頃、工房内に溜まりに溜まったリッカ吸収炭を学校に運び込んで、魔女先生に怒られたんだ。」
「しかも、幼馴染の冒険者に運ばせたっていうね……。彼は、“錬金術については理解できないが、リッカ吸収炭の名だけは一生忘れない!”っていう迷言を遺して……。」
「遺してません! ちゃんと、元気にやってます。それに、夕食を作ってあげてたんだから、問題ないの! リッカ吸収炭だって、産業廃棄物となるより、学校の実習で使ってもらった方がいいはずだもん!」
シャルロッテの顔が真っ赤になっていた。
「やっぱり、ロティが、紅の魔女2世か。新学期から、非常勤講師らしいな。単位は、そこそこのところで、くれてやれよ!」
私は、同級生たちのおかげで、グランがリッカ吸収炭を知っていた理由が分かったのだった。




