調合70
「先代国王ノイヴィセント5世、つまり我々の父であるが、エルが成人したら譲位すると前々から言っていたのだ。“疲れた”んだと。」
ヴォルフガングが語ったところによると、15年前の事件で、第一王位継承者、第二王位継承者の王子2人( ジークフェルトとヴォルフガング )が表舞台から去り、王位継承順位が変わることとなった。
先代国王には7人の弟妹がいたが、婚姻と養子縁組で国外に出た者を除くと、国軍トップに就いていた2歳下のオットーマイヤー、当時7歳だった施療院現責任者ティナ様ことアルベルティーナ、そして当時5歳だったエルリッヒの3名となり、現実的にも第一王位継承者はオットーマイヤーになるはずだった。
しかし、オットーマイヤーは王位継承の列に連なることを拒否。結果、当時5歳であったエルリッヒが第一王位継承者となったという。
「オットーマイヤー殿下は、武の道を絶たれるのを危惧なさいました。国境近くの山城に籠城されまして……。」
ローレンツも、言葉を重ねる。
……、無茶苦茶じゃないですか、それ。
政務は、ノイヴィセント5世とその側近で続けたが、ジークフェルドの窮状を見捨てたとみなしたヴォルフガングからの、無言の抗議に疲れたらしく、エルリッヒが成人したら王位を降りると宣言。そして、実行した。
エルリッヒは、その実情をほとんど知らされることなく、即位。ルドルフ2世となったという。
ノイヴィセント5世は退位すると、以前から気に入っていた離宮に移り、政務は、王城に残った旧側近が引き続き行っていた。そして、困ったことがあった時だけ、様々な事情を知っていた者が王宮図書館の奥へ出向き、ヴォルフガングが知恵を貸していた。
「事実を知って、絶望しそうになった。私は、兄上から騙され、見捨てられたのかと……。」
エルリッヒが気の毒すぎる……。
「ノイヴィセント5世が、国民から何と呼ばれているか、知っておるか?」
ヴォルフガングが、苦虫を噛み潰したような表情で言った。
「“良き改革王”だぞ。まったく、我々の父ながら狡い男だ。」
表向き、ノイヴィセント5世が錬金術をこの国に導入したことになっているため、“改革”王なのだそうだ。
「しかも、その治世に大きな災害と疫病が起きなかった。偶然にすぎぬが、国民にとっては、それがすべてだ。」
「災害と疫病が起きなかったから、“良き”王なのですか? それらは王様の力で抑えられたと?」
「エリーチェ殿のいた世界では、王の力で、災害や疫病を防ぐことができるのか?」
「まさか。災害や疫病は人間の力の及ばぬものです。王様だろうと、総理大臣だろうと、大統領だろうと、防ぐことなんかできませんよ。」
偶然ではあっても、ノイヴィセント5世が評価されている理由がそれだとすると、これから起きるかもしれない災害は、エルリッヒの立場をかなり悪くしかねない。
「責から逃げたという点では、私も同じだから、偉そうなことは言えぬ。しかし、今、この国に起ころうとしている災いを、最小限に食い止めねばならぬ。私からも、其方たちの協力を頼む。そして陛下を、其方たちの友人エルを、支えてやって欲しい。」
ヴォルフガングは、私たちに向かって頭を下げたのだった。
「言っておくが、宰相や大臣たち、王城に残ってくれた兄上の側近たちは、皆、優秀なのだ。今回のこともあって、急にいろいろな情報が一挙に入ってくるようになり、私も慣れておらぬ故、難儀しているのは確かだが、政務は滞りなく行われておる。ただ、実際のところ、私の力がまだまだ至らぬのだ。ヴォルフガングがいてくれて本当に助かっている。」
エルリッヒは、年上の甥に、かなりの信頼を寄せていた。
カポチェットが再び料理の案内をし、食事が再開された。
メインはシンプルなステーキであった。
「アール牛のステーキ、醤油とオガ山葵仕立てにございます。」
柔らかいお肉に、醤油とちょっとツンとした刺激の加わったさっぱりソース。結構、お腹がいっぱいになってきていたのに、問題なく食べられた。
重大な国家機密を聞いてしまったような気もするが、今は、せっかくの料理を堪能することにする。
エルリッヒは、シャルロッテとグランがこれまで通りの友情を示したことに安堵したようで、食欲もしっかりあるところを見せてくれた。
「ところで、錬金術で醤油を作ることは、成功したと聞いたが、確かか?」
ヴォルフガングは、シャルロッテに確認してきた。
「あくまでも、インクの材料として使える“醤油”です。調味料としての“醤油”ではないのです。それに、ワインと同じで、安全性が確かめられるまで、3年くらいはかかると思います。」
シャルロッテの返事に、ヴォルフガングはあからさまに不満顔になった。
「では、調味料としての醤油は、やはり、ヤバナ国からの輸入が必要か。災害対策も進めねばならぬし、やらねばならぬことが多いな。」
「兄上は、醤油を随分と気に入られた様子。私も楽しみです。」
ジークフェルドの声が、楽しそうな響きになり、場の空気は一気に和らいだ感じがした。
デザートのアイスクリームとフルーツは、見た目にも鮮やかなピンクと赤の取り合わせ。軽めの酸味と甘みの融合した涼やかな味が楽しめた。
そんなわけで、王宮料理人の料理のレベルは、とてつもなく高かったのだった。




