調合60
王宮図書館司書のローレンツが、資料を抱えて戻ってきたのは、2時間ほど経ってからだった。
王国29年の大水害は、直接の人的被害もさることながら、農作物への被害、そして、引き起こされた不衛生な環境が疫病へとつながったと推測される記載まで見つかった。
その場で、魔方陣判子計画は、王国の重要案件とされてしまった。
非公式の集まりだったはずの会合は、急遽、防災対策会議となり、王宮図書館の奥、図書館長室は対策本部となった。
話し合いは、引き続き、昼食を食べながら行われることとなった。
「しかし、醤油を量産する時点でも、魔方陣は必要ではないのか?」
「魔法紙の増産も、考慮せねばなるまい。おい、財務部から担当者を呼べ!」
「最終的に、ガタパライムの討伐には人海戦術が必要とは、なりましょう。民間の冒険者への協力依頼のため、特別予算を組んでいただきたい。ギルドからも人を呼ぶべきでは?」
「万が一、水害発生となった場合、周辺住民の避難はいかがしましょう? 計画の立案が必要かと。王国防災担当者とも擦り合わせが必要です。」
「魔力量に多少難ありでも、無属性の魔力を持つ人材の確保も考えるべきだな。」
「できあがったサンプルは、どちらにお持ちすればよいのでしょうか?」
「インクの素材の候補は、他にないの?」
「そもそも、既にある魔法インクの改良では駄目な理由を述べよ。」
「今使われている魔法インクだと、インク漏れしてしまうんです。醤油を使ったインクは、粘度がちょうど良かったので。ただ、塩分を抜く作業が一手間かかるんですけどね。」
呼ばれた担当者たちは、そこに、ヴォルフガングがいることに、一様に驚きを示した。
「あぁ、これで平穏だった引き籠り生活は終わりだな。我ながら、15年も、よく続けられた、とは思うが。」
「昔から、お隠れになるのがお上手で、音楽教師と詩作教師が、嘆いたものです。」
「音楽は宮廷楽師、詩作は宮廷詩人という専門家がいるのに、なぜ、私が、下手糞な腕を披露せねばならぬ。それに、私にとっても苦痛だが、聞かされる者たちの苦痛を考えれば、私の判断は間違いではあるまい。」
「ジークフェルド殿下は、音楽も、詩作も、真面目に取り組まれておられましたよ。」
「あれは、真面目過ぎるのだ。いや、ミッチの詩作は、なかなかのものだったぞ。あれは、真の芸術と言ってよい。」
「ユニークな詩ではありましたね。天上界から地獄界へ、3匹の魔物を引き連れて旅をする勇者の詩、でしたっけ。」
どうやら、ヴォルフガングが、体が弱く、王責を担うのは難しいと考えられていた、というのも裏があるようだ。
「嫌いな教科の時間になると、腹痛やら頭痛やらを言い訳に、ジークフェルド殿下の部屋に入り浸っていたのです。もちろん、仮病です。」
「そうでもせねば、ミッチとの時間が取れなかったのだから、仕方あるまい。それに、ミッチは、休むことを知らぬ。生まれつき魔力量が莫大であると知れて、皆の期待をすべて背負っていた。唯一、私が訪ねて行った時のみ、“兄上が来てくださったので、休憩を取りましょう”と言うのだ。」
「殿下は、“お兄ちゃんは頼られたい”を拗らせになった、残念な方なのです。」
アンジェリド先生。側近として、その発言はどうなんですか?




