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調合6

「御無沙汰しております。コーネル先生、アンジェリド先生。」

シャルロッテが、部屋の奥側の書斎机で書類を見ている白髪の老人と、その横に立っている燃えるような赤い色の長い髪が印象的な女性の方に挨拶をした。


「あぁ、元気でやってるようだね。ここにいても、君の活躍は聞こえてくるよ。」

老人は顔を上げて答えた。


「あなたが卒業して既に3年も経っているというのに、いまだに、問い合わせが本校に来るので、あまり御無沙汰な感じはしませんけどね。先週の南の森での活躍も報告が入っています。」

と、女性が返し、シャルロッテは顔を引き攣らせた。


「あ、あのぉ、今日は私のことではなくて……。」

シャルロッテは、やや後ろに立っていた私の肩をぐいっと掴み、2人の方へ押し出した。


「彼女、エリーチェというのですけど、昨日の早朝、私の工房の前で倒れていたのを、冒険者グランが発見して……。」

「大きな怪我も無く、呼吸も脈も問題なさそうだったので、とりあえず、ロティ、あっ、シャルロッテの工房で保護してもらったんですが……。えっとその、若い女性だし、どうしても外せない用事があったので……。」

「念のために回復水を与えて、様子を見ていたら、夕方近くになって、意識が戻りました。」


知らないうちに、何か薬を貰っていたらしい。お礼、言わなきゃ。


「エリーチェは二ホンというところで暮らしていたのだそうです。そして、突然、私の工房の前に来てしまったらしく、その間の記憶がはっきりしないようなんです。」


「ザラ城壁の南門、東門、西門の3門全てに連絡し、この1週間にザラに入った全人物の照会を行ったが、エリーチェに該当するものは無かった。」

シュヴァルツデュエルが、口を開いた。


「あ、あの、私、不法侵入者ってことになるんですか?」

私は、脚が震えてくるのを感じた。


「エリーチェは、身分証を持ってます。見たことのないタイプで、やっぱり見たことのない字で書かれてますけど。」

シャルロッテが、私を庇うように言った。


え、身分証? そんなもの持ってない。戸惑う私。


「ほら、あなたの顔が描かれたこれくらいのカード、鞄に入っていたじゃない。」

シャルロッテが、指で四角を作りながら、囁いた。


そうか、運転免許証。

あれ、読めない字で書かれていても身分証明として通用するのだろうか?

私は、急いで、リュック型の鞄の中から運転免許証を取り出し、シュヴァルツデュエルに差し出した。


シュヴァルツデュエルは、運転免許証の写真と私を見比べ、

「うむ、何が書かれているのかまったく分からないが、身分証のようだな。このような顔絵が付いたものは、初めて見た。」

シュヴァルツデュエルは、いつの間にか近くに来ていたコーネルに運転免許証を手渡した。


コーネルは表裏を見て、

「わしも見たことがない字だ。この顔絵は、このように小さいにもかかわらず、非常に正確な描写だな。エリーチェの故郷、二ホンと言ったかな、皆がこのような身分証を持っているのかね?」

興味津々といった様子で、尋ねてきた。


「いえ。これは、身分証というか、資格証なんです。特定の機械を動かすことができるという証明書なんです。こちらの街には、その機械は無さそうなんですが……。」

私は、乗ってきた馬車を思い浮かべ、自動車そのものの説明は諦めた。


コーネルは、アンジェリドに運転免許証を渡し、

「アンジェリドは、この字に見覚えがあるかね?」

と、尋ねた。


「ございません。」

アンジェリドは短く、きっぱりと言い切った。そして、運転免許証を私に返してくれた。


「悪いが、それは預からせてもらう。」

シュヴァルツデュエルは、鞄のファスナーに手を掛けた私に言った。


「はい。」

状況的に断るのは難しそうだ。私は、再び運転免許証をシュヴァルツデュエルに手渡した。


シュヴァルツデュエルは、受け取った運転免許証を、腰のベルトに付いた革のポケットに仕舞った。


その時、コーネルの左の手元に白い鳩のような鳥が現れた。コーネルが掌を上に向けると、鳥は、そのまま掌に乗り、次の瞬間消えてしまった。しかし、左手には、白い封筒が握られていた。


「おお、来たようだ。」

コーネルは、書斎机の方に戻り、引き出しからペーパーナイフを取り出して、封を切った。そして、中から便箋を出し、さっと目を通した。

「王宮図書館の司書からじゃ。やはり、記録が残っていたらしい。」


アンジェリドに便箋を手渡してから、私の方を向き、言った。

「安心したまえ。とは、必ずしも言えんか……。」

少し考えるようにして、コーネルは続けた。

「少なくとも、ザラの街では、エリーチェの身は守られる。この国の王の賓客となるからだ。」


思ってもみない言葉が飛び出し、私は呆気に取られる。


「妖精の招かれ人じゃ。」

コーネルの言葉に、シュヴァルツデュエルは溜息をついた。


「間違いないのだな。」

「まず間違いないと思う。王城敷地内の妖精の樹が光ったのじゃ。王宮図書館に残された100年前の記録にも一致する。」

コーネルはそう言うと、アンジェリドの方を見た。

「とりあえず、王宮図書館から原本が届けられるのを待つとしよう。喉が渇いたのぉ。そういえば茶の用意をさせるのを忘れていた。」


アンジェリドが小さなベルを鳴らすと、入口とは別のドアが開き、茶の道具を乗せたワゴンが運び入れられた。部屋の手前側のローテーブルとその周りを囲むようにコの字に並べられたソファーのすぐ横に、メイドのお仕着せを着た少女がワゴンを停めた。


壁側のソファーに座っているシュヴァルツデュエルは、そのまま。向かい合う位置のソファーに、シャルロッテと私、グランが並んで腰かけた。そして、誕生日席の位置にコーネルとアンジェリドが着くと、少女は小さな菓子を添えた小皿を各自の前に置き始めた。


私は、横のシャルロッテに、こっそり尋ねた。

「校長先生は、どうやって手紙を受け取ったんですか? 直前に白い鳥が見えた気がしたのだけど……。」

「封書鳥ね。後で、教えてあげる。」


そして、茶を順番に注ぎ、セットし終わると、少女は軽く会釈してワゴンの後ろに戻った。


「メテ茶じゃ。二ホンには、茶はあるのかの?」

コーネルはカップを持ち上げ、口に付けた。

「うむ、今年の茶葉はアタリのようじゃ。」


「日本にもお茶はあります。日本では緑茶が好まれますが、ほうじ茶とか紅茶とかも飲まれます。あと薬草を使ったお茶なんかも……。」

そう答えてから、私も、カップを手にしてメテ茶を頂いた。ハーブティーに近い感じだ。


「妖精の樹が光ったって、どういうことですか?」

シャルロッテが、待ちきれないといった様子でコーネルに尋ねた。青い瞳は好奇心でいっぱいだ。


「あなたは、もう少し、落ち着く、ということを学んだ方がよいようです。」

アンジェリドが、優雅にカップをローテーブルの上に戻しながら、しかし、きっぱりと言った。

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