調合5
それでも私は、朝、目が覚めると、そこは日本の自分の部屋で、何か変な夢だったとなることを、密かに期待していた。
しかし、そこはシャルロッテの工房の2階の部屋だった。
私は、ベッドを直し、部屋の洗面台で水差しの水を使って顔を洗い、シャルロッテから借りたモスグリーン色のワンピースに着替え、下の階へ降りた。
シャルロッテは既に起きていて、パンとサラダとホットミルクを運んできた。そして、朝食がすむと、今日の予定を簡単に話してくれた。
「昨夜の内に、学校には連絡をしてあるの。午前中に行って、先生に相談しましょう。」
どうやら、スマホは無くても、何らかの通信手段はあるようだ。
「それと、王城騎士団の詰め所に寄るね。団員のマグダレスには報告しといた方が、何かと面倒になった時に助けてもらいやすいから。」
何かと面倒になった時という言葉で、昨夜グランが言っていた火薬姫を思い出してしまった。騎士団って何か、相当の大事をやらかしてるってこと? ちょっと、いや大分、不安になる。
私たちは、工房を出て歩き出した。
ザラは、石畳のきれいな、ヨーロッパの古い都市のような街だ。
しばらく行くと、円形の広場に出た。ここが、ザラの中心だという。
「広場から放射線状に道が通っているの。北に向かう道を真っすぐ行くと貴族街に入る門があって、そこをさらに北に進むと、城門が見えてくるわ。王城ね。敷地内の南側に騎士団の詰め所があるから、まず、そこに向かいます。」
説明が終わると、シャルロッテは広場を横切って、北に向かう道へ進んでいく。そして思い出したように、私の方へと振り返った。
「あ、結構歩くけど、大丈夫? 具合が悪かったら言ってね。」
シャルロッテは紺色の布地の上下の服を着ている。襟元から胸元にかけてのラインがやや広めに開いていて大胆な感じであるが、襟元と袖口と裾に縁取りと美しい刺繍が施されていて、とても似合っていた。そして下に向かって色が薄くなるグラデーションに染められた緑色のマントを付けており、足元は革のブーツを履いていた。手には何かが入った籠を持っている。
私は、借りたモスグリーンのワンピースに、倒れていた時に着ていた辛子色の薄手のパーカーを羽織っている。足元はやはり、倒れていた時に履いていたスニーカーだ。リュック型の鞄を背負い、シャルロッテの進む道を、離れず付いて歩いた。
しばらく歩くと、正面に石造りの高い壁が見えてきた。石壁のちょうど真ん中くらいの位置に門があり、両端に衛士が立っている。
シャルロッテは、門に向かって進み、衛士に声をかけた。
「おはよう。騎士団の詰め所に行くの。この子はエリーチェ。一緒に行くので通してちょうだい。」
何か許可証のようなものを、衛士に見せている。
私のこの街での呼び名は、もう、エリーチェで決まってしまったようだ。
衛士は、私の方を一瞥すると、
「申し訳ありませんが、こちらで待っていただくよう連絡が来ております。」
と、告げた。
「どういうことだろ。」
シャルロッテは首を傾げてみせたが、衛士に無理を通すつもりはなかったようだ。
衛士は、後ろの方に声をかけ、私たちを門のすぐ横にある待合室へと案内させた。
それから15分程経って、待合室に、グランと黒色の板金鎧に紺のマントを身に着けた黒髪のがっしりした体格の男が入ってきた。
「えっ、 シュヴァルツデュエルさん。」
シャルロッテは驚いたように声をあげた。
「もう、グランが知らせたのね。」
どうやら、相談する予定ではなかった人物が現れて、慌てているようだ。
「あの後、偶然、マグダレスに逢ったんだ。エリーチェちゃんのことを話したら、上に相談するって言い出して……。」
グランが、申し訳なさそうな顔をした。
黒髪の男が、私の方を鋭い目でじっと見ていた。
「王城騎士団長のシュヴァルツデュエルだ。場所を移す。馬車を用意させたので乗るように。」
そう言い切ると、待合室を出て、門のところで馬に跨り、東の方へ去ってしまった。
門の外側に2頭立ての馬車が待っていて、私たち3人は順番に乗り込んだ。
向かい合わせの席に座り、グランが、私に向かって声をかけてきた。
「心配しなくていいから。シュヴァルツデュエルさん、見た目はおっかないけど。」
そう言われても、大事になっているのは違いなさそうで、胃のあたりが痛み出す。
「この馬車、学校に向かってるの?」
「うん、校長に連絡してた。」
錬金術師養成学校は、街の東側にあった。時計台を有するレンガ造りの建物の入口の手前で、馬車が止まった。そして、私たちは馬車を降り、正面口から入っていった。
中は広いホールになっていて、受付の女性がこちらの方に会釈してみせた。
シャルロッテは、受付の女性に声をかけた。
「おはよう、ライラ。あの、騎士団長、来てる?」
受付の女性は、ゆっくりと頷き、「校長室にて、お待ちです。」と、答えた。
私たちは、そのまま、ホールの大階段を上がり、2階の校長室へと向かった。
装飾の施された立派な木のドアの前で、ノッカーを3回鳴らすと、中から、「どうぞ。」と女性の声が聞こえてきた。
「失礼します。」シャルロッテを先頭に、私、グランが続いて部屋に入る。
部屋の中では、応接用のソファーに、シュヴァルツデュエルが既に座っていた。




