調合58
「醤油をお譲りくださったのは、ヴォルフガング殿下だったのですね。ありがとうございました。」
私は、とりあえず、礼を言っておく。ただし、この殿下、いろいろ裏がありそうだ。体が弱かったはずじゃなかったのか?
「あれで良かったのか? いや、その、口に入れる物としては、いささか変わった色だったのでな。エリーチェ殿の役に立ったのであれば、幸いである。」
「なかなか、美味しゅうございましたよ。確かに色は、気になりましたが。」
「アンジェリド、其方、既に食したのか? レシピを考えさせると言っていたが。急ぎ報告をせよ。」
「レシピ? ロティ、エリーチェ、私のところには何の報告も来ていないぞ。ズルいじゃないか。」
王族と侯爵令嬢は、食に貪欲な様子だった。
「課題は、レシピ3品です。まだ、中間報告のみですので、提出が済み次第、報告を上げさせていただきます。陛下の方にも、報告を上げさせていただいた方がよろしいでしょうか?」
「うむ。速やかに、報告するように。」
ここで、課題の催促をされるとは思ってもみなかった。
「あの、ヤバナ国とは交易があるということですか? その、醤油が少し足りないので、できれば新しく購入したいのですが。」
「ヤバナ国との交易はまだ始められていない。互いの国の交流もまだ日が浅いのでな。役人同士のやり取りがわずかにあるだけだ。醤油は、それほど使い出があるか?」
「お譲りいただいた醤油の半分は、インクの材料の研究に使われたので……。」
「インク? あぁ、むしろその方が納得できる色だったな。しかし、インクなど既にあるものではないか?」
「性質の異なるインクは、用途の拡大につながります。色が違うインクという点だけ見ても。」
今度は、シャルロッテが、話し始めた。
「先程、アンジェリド先生がおっしゃられた通り、今、アルブレヒト工房、ルリック工房と共に、新しい素材ガタパの研究と、その用途について試行中なのです。」
「ガタパをインクの材料に使うというのか?」
「それも、1つの案です。ガタパの用途としていくつか考えておりますが、その過程で、魔法インクの改良が必要になったのです。エリーチェからは、醤油は豆を材料にして作られると聞きましたが、ヤバナ国から、豆の種類についての情報だけでも得られませんか?」
シャルロッテは、あくまでも、醤油でインクを創るつもりのようだ。
「担当の者に聞いてみよう。それで、よいか?」
「はい。」
醤油の話題が一段落したところで、アンジェリドが口を開いた。
「ところで、ガタパライムの件に話を戻しますが、かつて我が国で、ガタパライムの異常発生がもとになり、大水害が引き起こされたという事実については、皆さま、承知されているのでしょうか?」
「ガタパライムが水路に詰まって、水が溢れることは珍しくありませんが。大水害ですか?」
マグダレスが、驚きの声を上げた。
「先日、学校にて、課題に提出されたレポートに、その記載がありました。私も気になりましたので、学校図書館の資料を確認いたしました。確かに、“王国29年初夏、ヤヴァ川の支流フール川の東岸側で、原因不明のガタパライムの異常発生が起き、その結果、付近の農村だけでなく、ヤヴァ川下流域にまで及ぶ広範囲に水害が生じた。”となっておりました。」
「ヤヴァ川の支流フール川の東岸側……。同じ場所……。」
「ローレンツ、王宮図書館内の資料も調べろ。大至急だ。」
「御意。」
ローレンツは丁寧にお辞儀をして、そのまま、素早く部屋の外へ出て行った。
「王国29年か。290年近く前だな。当時に比べて人口も増えている。しかも、今や、ヤヴァ川下流域はこの国の大農業地帯だ。メル麦、ヴァイツェ麦、ゲルテン麦、フクド豆、エルプ豆……、大変なことになる。」
ヴォルフガングは、先程までとは顔つきがまるで違う。やはり、重大事のようだ。
「ガタパライムは、核の部分を叩けば簡単に退治できるが、跳ね回るのと大量発生することが問題なのだな。そして、火にも水にも耐性あり。討伐は人海戦術に頼るしかないのか?」
エルリッヒは、マグダレスに尋ねた。
「現時点では、その通りであります。」
「あの、まだ、試していないのですけど……。」
シャルロッテが、自信なさげでな様子で、口を挿んだ。
「ガタパライムから採れるガタパについて、いろいろ試しているので……。ひょっとしたら、動きを鈍くすることはできるかも、しれません。」




