調合45
学校図書館での調べ物を終え、私は、工房へ戻った。
そして、すぐさま、台所へ行き、醤油の入った壜を出した。
食器棚から小皿を出し、慎重に、少しだけ、壜から醤油を出してみた。そして、人差し指で触れ、舐めてみた。
うわぁ。コレ、本当に醤油だよ。この色、この香り、この味! 懐かしい!
日本から、この世界に連れてこられて、まだ、それほど経っているわけではないのだけれど、私はすっかり醤油に飢えていたらしい。
「それ、何?」
シャルロッテが、声をかけてきた。
「ん、赤茶色? ちょっと変わってるけど、インクの材料としては十分、使えるかも……。」
私は、慌てて、醤油の入った壜を抱きしめた。
「だ、ダメです! これは、インクの材料になる染料ではありません。醤油という調味料です。前に、エルさんが来られた日に話したじゃないですか。豆から造る調味料だって。」
そうだ。私は、醤油について、シャルロッテとエルリッヒに話したのだった。
ひょっとして、アンジェリド先生に醤油を託したのって、エルさん?
「新しい課題なんです。これで、料理を作って、レシピを提出するという……。」
「ふ~ん。でも、それ、全部、料理に使うの?」
「もちろんです。貴重な調味料なんですよ! 1滴だって無駄にできません!」
「ちょっとだけ。ねぇ、ほんのちょっとだけインクの実験に使わせてよ。」
「無理です! あぁ、今日の夕食に、この醤油を使った料理を作ります。そしたら、シャルロッテさんも、これをインクにしようなんて思わなくなりますよ、絶対。」
私は、せっかく手に入れた醤油を、シャルロッテの暴走から救い出すべく、夕食のメニューを考えに考えた。
幸い、卵とベーコンがある。
醤油を垂らせば……。全然違うことに、シャルロッテだって分かるはず。
スープもだ。今日はソフ海老出汁に醤油ベースのスープ。具は、……藁シメジとキャベ人参、そうだ、メル粉でお団子を作って入れよう。
あと、もう1品……。パンだ。パンに醤油を塗って、チーズも乗せて……。
私は、これまでにないほど、真剣に、アンジェリドからの課題に取り組んだ。
夕食の準備が佳境に入り、台所内に、醤油の香りが漂う中、外からドアを叩く音が聞こえてきた。
シャルロッテの、隙あらば、醤油を奪取しようとする気配が消えた。訪問者を出迎えに行ったようだ。
しばらくして、シャルロッテが台所に戻ってきた。
「お客さん、帰られたのですか?」
「いるよ。グランとエル。」
昨晩、私がキレてしまい、気まずい雰囲気のまま、お開きとなった食事会を思い出して、手が止まる。
さらに、エルさん?
「お2人の分も、夕食を用意した方がいいですか?」
「悪いけど、そうしてもらえると助かるわ。」
私は、急いで、スープを増やすべく、具の野菜を追加で切り刻み、メル粉のお団子も増やした。
ベーコンエッグを4皿分焼き、醤油を垂らす。
パンは表面に醤油を塗ったものを、竈の温度を確認して、トーストにする。焦げ過ぎないように注意が必要だ。
いい感じに香ばしくトーストができたところで、チーズを乗せる。
……何だか、夕食というより朝食メニューに近い気もするけど。
どうか、シャルロッテさんが、醤油を“調味料”として気に入ってくれますように!
私は、料理を運ぶ直前、お祈りをした。




