調合44
やってしまった。私は、ついつい大声になり、シャルロッテとグランは、固まった。
「……ご、ごめん。」
「……すみませんでした。」
そして、なんとなく、気まずい雰囲気のまま、私の就職記念お食事会はお開きとなった。
私は、グランから贈られた髪飾りの入った箱を持って、自室に戻り、ベッドの上に倒れ込んだ。
どうして、こうなった?
しかし、何から何まで、思い通りに行かない。確か、日本で暮らしていたころ、いわゆる異世界転生・異世界転移ものと呼ばれる類の本も読んだことがあった。
転生なり転移なりする前は、むしろ不遇の身であった主人公が、異世界に行ったと同時に、何もかもが都合よく廻り、“私、スゴ~イ”、“私、最強!”に、なるのがお約束だったはずだ。
おっかしいなぁ。話が違うじゃん。
私をこの世界に招いた妖精さんが、何か重大なミスを犯したに違いない。私は、結局、今に至るまで、放置され続けていることも含めて、まだ見ぬ招き主に、心の中で文句を言った。
翌日、工房には、注文してあった調合服と私用の手袋、ゴーグルが届けられた。
自分の思惑とは違っていても、状況は、次々と進んでいっているのだった。
多孔質ガタパの方は、塩を混ぜて加熱し、さらに精製水で洗うことで、確かに小さな孔ができることが確かめられた。
「次はインクの方だね。とりあえず、色々、作って試そう!」
シャルロッテは、しばらく加工調合ガタパの改良に専念していたので、粘り気のある魔法インクの方は、ほとんど進んでいない。私が走り書きメモを整理したものを再度確認している。
「魔法インクと相性のいい、溶剤を調べないとなぁ。粘り気……、ハチミツ?、水飴?、糊?」
「調合に必要な材料で、注文が必要なもの、メモしておいてください。あと、レポート提出に行くついでに、学校図書館で調べてきます。溶剤と、粘性のある材料と、あと、何を調べたらいいでしょうか?」
本当は、シャルロッテに必要なものを先回りして、揃えることができればいいのだけれど、私は、まだその域には到底達していない。
アンジェリド先生に怒られそうだな。やっぱり。
「ん~っとね、色の元、染料と顔料について調べてきて。」
魔術師養成学校に到着し、ホールでライラにレポート提出に来校したことを告げる。すると、ライラはおかしそうに、首を傾げて言った。
「エリーチェさんには、職員証が支給されたとお聞きしましたが。」
私はシャルロッテの秘書になったのだが、魔術師養成学校側が派遣した形になっており、学校職員扱いになるので、そのまま、普通に校内に入ればよいのだと教えてくれた。
確かに、アンジェリドがそう言っていた。とすると、私の上司は、シャルロッテではなくアンジェリドなのか? 新学期までに必要なことを教えると言われていたが、教育期間が過ぎても、アンジェリドにばっちり監視されそうである。
アンジェリドの研究室へ行き、ドアのノッカーを3回鳴らすと、中から、「どうぞ。」と、アンジェリドの声がした。
「失礼いたします。エリーチェ=コーです。課題の提出に参りました。」
ドアを開け、中に入る。鞄を手前の机の上に置き、中からレポートを出した。
「確かに受け取りました。評価については、後日、封書鳥で送ります。では、次の課題を出します。」
あっ、あ~れ? お説教は無し?
「とある方より、エリーチェ、あなたへの預かりものを託されているのです。これです。」
アンジェリドが、黒い液体の入った壜を、机の上に置いた。
毎回、毎回、ど~なってるの? やっぱり監視カメラ? シャルロッテさんから染料について調べてこいって言われたの、知ってるってことですよね。これ。
「これを使った料理のレシピを3つ、提出してください。」
「ふぇっ? れ、レシピ?」
「エリーチェ、言葉遣いがなっていません。作文の能力は、紙に書くものだけに必要なのではありません。ちゃんと勉強しているのですか?」
やっぱり、怒られた。
壜の中の黒い液体の液面の端をよく見ると、それは、懐かしい赤褐色を呈していた。
「あの、蓋を開けてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ。」
私は、少し手が震えるのを感じていた。ゆっくりと壜の蓋を開けると、よく知っている香りがした。これは、醤油だ。
「誰がこれを……。」
「エリーチェ。私の話を聞いていなかったのですか?」
「すみません。誰方が、私にこれを託されたのですか?」
「それは、教えることができません。エリーチェ、あなたは秘書として、シャルロッテの健康管理にも気を配らねばなりません。先日、伝えたように、シャルロッテは、錬金術のために寝食を軽視するところがあります。きちんと、食事を摂らせる必要があります。それから、特殊な材料の調達や、他工房や他の錬金術師との共同仕事、あるいは、依頼を得るために、人脈作りは大切です。よって、食事を伴う会合は重要な業務の1つです。珍しい食材を使った料理や、まだ知られていない異国の料理などを出すことは、大きな武器になり得ます。そのための課題です。」
アンジェリドに、やんわりと、こちらの知りたい情報は切り捨てられた。しかし、言っていることは正しそうだが、料理は、本当に、秘書の仕事なのだろうか?
私は、醤油の入った壜にスポンジ製の緩衝材を巻いてもらい、鞄に入れた。
まぁ、正直、お醤油は欲しかった。何作ろうか? 焼き餃子なんかいいかも。お肉をミンチにするのがちょっと大変だけど。あとは……。
私は、鞄を落して中の壜を割らないように、慎重に持ちながら、学校図書館へと向かった。




