調合12
入学試験の朝、私は、用意してもらったペンと特例受験票を再度確認し、手提げ鞄に入れた。
朝食を簡単に済ませ、サーモンピンク色のワンピースに着替える。
こちらでは外出時に普通に着用するというマントも借りた。
「大丈夫。落ち着いて。まずは、名前をちゃんと答案用紙に書いてね。」
シャルロッテの最後のアドバイスに頷き、私は工房を出た。
付き添いの同伴は禁止されていたのだ。
通りを歩いて中央の円形広場まで来た時、「お~い、エリーチェちゃん。」と、聞き覚えのある声がかけられた。
「グランさん。おはようございます。」
私は、手を振って見せた。
「試験頑張ってね。」
わざわざ、応援に来てくれたようだった。
「学校まで送るのはダメだって聞いてる。だから、ここで。」
「ありがとうございます。頑張ってきます。」
私は、2人に良い報告ができるよう、心の中で祈った。
円形広場から東側の錬金術師養成学校までの道をしばらく行くと、受験生らしい人達がぽつぽつと目に入りだした。
「君も受験生かい?」
後ろからの声に振り返ると、濃い茶の髪と榛色の瞳の頭の良さそうな少年が立っていた。
「初めまして、フェルゼン=ケイドっていうんだ。君は?」
何気に、ほかの受験生に声をかける余裕があるようだ。
「エリーチェです。よろしくお願いします。」
私は、フェルゼンと並んで歩いた。
「君、あのシャルロッテさんと一緒に住んでるんだろ。」
やっぱり、シャルロッテさん、相当に有名人なんだ。
でも、いつの間に私のことまで知れたんだろ。
「色々あって、助けてもらったんです。今、行くところが無くて……。」
フェルゼンがどこまで知っているのか分からず、口を濁す。
「あ、警戒されちゃったな。ごめん。話してみたかっただけなんだ。同級生になれるといいんだけど。頑張ろうね。」
フェルゼンは、軽く手を振って先に行ってしまった。
私も、急がないと。学校の建物が見えてきたところで、少しだけ、早歩きになった。
錬金術師養成学校の正門から入ると、既に、かなりの数の受験生が、建物の前に並んでいた。
「入学試験を行う会場へは、受験票の番号順に入ってもらいます。」
アンジェリドの声が聞こえてきた。
「1番から50番までの受験生は、左端に並んでください。正面に受験番号の数字が書かれた札が見えるはずです。その右側に51番から100番まで、同じく数字の札を確認して並んでください。」
確かに、大きく数字が書かれた札が正面の方に並んでいる。
私は、鞄から、特例受験票を出した。数字は、書かれていない。
一番後ろでいいのかな?
一番右端の列の最後尾を目指して歩き始めた時、「エリーチェさん、こちらに付いてきてください。」と声がした。
受付にいた人だ。確か、ライラさん。
「エリーチェさんは、別室受験となります。」
私は、別の入口の方へ案内された。
階段を3階まで上がる。そして、6畳程の広さの部屋に通された。部屋の真ん中に机が1つ置いてあり、その席に着くよう促された。
部屋の正面の壁側に、私の席の方に向けられた椅子が1つ置かれていて、その横にサイドテーブルがあった。ライラは、その席に座り、自分が試験官を務めると告げた。サイドテーブルの上には、黒い文箱があった。
「では、始めましょうか。」
ライラは黒い文箱から紙を出して、私の机の上に裏向きに置いた。
「時間になったら終了と言いますので、答案用紙を裏向きにして下さい。早く回答し終えても、時間までは、部屋にいて下さい。具合が悪くなるなど何かあれば、手を上げて合図して下さいね。」
そして、ちらっと時計を見て、「開始です。」と、言った。
私は、答案用紙を表にし、所定の場所に、エリーチェ=コーと名前を記入した。
そして、1問目の問題である。
【問1】錬金術における属性について述べよ。
文章の書けない私は、述べよとされても、単語を並べるだけだ。
赤 火属性
青 水属性
緑 木属性
白 風属性
黄 土属性
黒 無属性
属性 同じ 調合 可能
属性 違う 触媒剤 必要
火属性 水属性 不可能
これで、通じるのだろうか? もどかしい。
次の問題を見た。
【問2】錬金術の材料の採取場所として知られるリュウゼル湖、ウォランジ山、ヤヴァ川、ヴィントヒメル洞窟の位置を、簡単に図示し、それぞれの場所で採取できる材料を書け。
えっ。これ、地理問題?
シャルロッテは材料についても名前を教えてくれた。……が、どこで採取するかということは教わっていない。
地名も初めて見た。位置は分からない。
どうしよう。
材料として教わったなかに、リュウゼル湖水というのがあったので、これはリュウゼル湖で採れる材料でよいはず。
しかし、他にリュウゼル、ウォランジ、ヤヴァ、ヴィントヒメルの名が付いた材料は、知らない。
先に、次の問題を解こう。
私は、焦っていた。
【問3】あなたにとって錬金術とは何か?
そんな……。
書きたいことは、たくさんある。
突然、知らない世界に来てしまった。
そして、記憶も定かではない。
そんな時に、助けてくれ、励ましてくれたシャルロッテとグラン。
元の世界、日本に帰ることは難しそうで、こちらの世界で生きていかなければならない。
否、ひょっとしたら、帰る方法があるかもしれない。
そのために、この世界を知るために、私には錬金術を学ぶことが、自分のために必要だと思えた。
シャルロッテが、私にくれた薬も、錬金術で作ったものだと聞いた。
シャルロッテは、私が錬金術に興味を持ったことが嬉しいと言ってくれた。
ここではない世界から来たなんて、胡散臭いだけなのに、私を工房に入れてくれ、ご飯を作り、服を貸してくれ、試験勉強を手伝ってくれた。
私は、いまだに元の世界の家族のことも、友人のことも、仕事も思い出せない人間だ。
きっと、薄情なんだろう。
そんな私を、無条件に、あんなにも心配してくれているシャルロッテとグランに、自分は大丈夫だと示したかった……。
いっぱい、いっぱい、書きたいのに……。
自分の思いを伝えるのに必要な単語が、何1つ綴れない。
私は、答案用紙に、『シャルロッテ』とだけしか、書けなかった。




