魔王による魔王の為のレクチャー
さてと……
ふっと軽く息を吐き、起き上がろうとしているエリウちゃんを見つめながら俺は静かに声を掛ける。
「エリウ。中々に梃子摺っているな」
ま、梃子摺っていると言うより、全然なっちょらん戦いではあったが。
親衛隊の面々も、ちょっとだけ渋い顔をしているし。
「も、申しワケありません…」
蚊の鳴くような小さな声で、エリウちゃんがゆっくりと立ち上がる。
どうやら本人も、こんな筈では、と思っているようだ。
そりゃそうだろうなぁ……
相手が勇者ならともかく、言い方は悪いがリーネア達はその取り巻きだ。
しかも経験豊富とは言え、所詮は人間とエルフである。
魔王を名乗る者が苦戦して良い相手ではない。
圧倒的、とは言わないまでも、そこそこ余裕で勝たなくてはな。
「ふふ、別に謝る事はないが……どうして勝てなかったと思う?」
「そ、それは……やはり経験の差が……」
「経験の差か。ふむ……それも多少はあるかもな。しかし、お前は魔王だ。その種族的特性や職業技能を併せれば、経験の差なぞ幾らでも埋める事は出来る。しかし……勝てなかった。まぁ、負けるとは思わないが……勇者以外の者を相手に苦戦している……と言うのはな」
「あぅ…」
エリウちゃんはガックリと肩を落とした。
俺は後ろを振り返り、
「ヤマダ先生」
「……」
ヤマダ氏は刀を鞘に収めながら、俺を見つめる。
「魔王エリウの弱さの原因は、何だと思います?」
ヤマダは目を細めると、
「……適正に沿ってない」
そう小さな声で答えた。
「ほぅ……さすがですねぇ」
いや、本当に凄いねヤマダの旦那は。
さすが俺様推しの剣士だね。
俺が数ヶ月間、エリウちゃんを観察して来て感じていた事を、一瞬で見抜いちゃったよ。
「あ、あの……シング様。適正に沿っていないとは……」
「ふむ……ま、端的に言うとだ、お前の着ている鎧に使っている武器……それら全てがお前の枷になっているのだ」
「え?え?えと……それは使いこなせていないと?」
エリウちゃんは超困惑顔だ。
「いや、違う。使いこなす云々より、そもそもエリウには合っていない。お前の規格に合っていないのだ」
俺はきっぱりと言ってやる。
「それは両方とも、先代魔王の使っていたモノであろ?」
「そ、そうです」
「そしてそれらを使用するのに、お前は自らの魔力のソースを割いている……言わば、自分に合ってない物を無理矢理に使っているだけだ。だから自分本来の力が出せないどころか、それがハンデにもなっている」
「……」
「その鎧は確かに防御力は高いかも知れんし、その剣は凄まじい攻撃力を秘めているのかも知れん。が、使えなければ意味が無い。そして使おうにも、お前の華奢な体躯には、そもそも無理があるのだ。だから適正に合ってないのだ。お前自身の戦闘スタイルと、その武具は相性が悪過ぎる。……分かるな?」
「……は、はい」
「お前は、お前に合った武具を使うべきだ。自分本来の能力を引き出せる武具をな。我の見る所……お前は軽鎧とセミロングかショートソードがベストだな。防御力の低下は魔力と速度で補え。そして攻撃力の低下は手数で補うと良い。あと、もっと魔法も多用した方が良いかも知れんな」
俺はそう言うと、ヤマダ氏に向き直り、ニカッと爽やかなスマイルを溢しながら、
「いや、さすがはヤマダの旦那。一瞬で魔王の弱点を看破するとは……さすがでやんすねぇ」
どこかおどけた口調でそう言った。
「……その為に、シン殿は戦えと仰ったのかな?」
「如何にもでやんす。百の言葉を並べるより、現実を直視させた方が早いでやんすよ」
「……なるほどな」
ヤマダ氏は小さく頷くと、おもむろに俺を見つめ、
「ならば今一つ。シン殿、私と手合わせ願いたい」
「ほ…」
こりゃまた、そう来ましたか。
ふ~ん、まぁ……ヤマダの旦那は武人ですからねぇ。
強者と戦う事に喜びを見出すタイプなんだろうな。
……
その辺が、あのヘナチョコ勇者から離れた要因の一つでもあるのかな?
「……良かろう」
俺は口調を改めながら、快く頷く。
「もちろん魔法は使わぬし、能力も抑えよう。一瞬で勝負が着いては面白くない」
ちなみに、素の状態では戦わないぞ。
絶対に勝てんし。
俺が町道場の師範代クラスなら、ヤマダの旦那は剣聖だ。
技量が段違いだからね。
その辺は、申し訳ないがスキルとアビリティで埋めさせてもらおう。
「ふ……それは有り難い」
ヤマダ氏は再び鞘から刀を引き抜いた。
うぉう、やる気満々だ。
エリウちゃんと戦う時より、気合が入っているで御座るよ。
「ならばリーネア殿も参加してくれ。エリウの時と同様、二人で掛って来るが良い」
俺はそう言うと、固唾を呑んで見守っている子供達の元へと赴き、先程までチャンバラごっこで使っていた木の棒を手に取った。
それと同時に種族特性を解放。
スキルも幾つか発動させる。
「ふむ……エリウよ、見てるが良い。お前に相応しい戦い方と言うのを実践してやろう。さて……では掛って来い」
俺は木の棒を手に下げ、ブラブラとした足取りでヤマダ氏へと近付いて行く。
さて、初手はどう出て来るか……
と、いきなり後方のリーネアが横に飛んだ。
そして素早く、先程と同じように華麗な動きで矢を番え放つ。
三本撃ち……
や、奇襲察知スキルが反応しているぞよ。
と言うことは……
放たれた矢が正確に俺の身体目掛けて飛んで来る。
もちろん、普通なら絶対に目で追えないだろうが、複眼スキルによってその動きは実にスローモーだ。
俺は素早く左手を伸ばし、飛んで来る三本矢を人差し指から小指に掛けての間に挟み込むようにして同時に受け止める。
それと同時に右手に持った木の棒を自分の心臓の前に寝かす。
カンッ!!と甲高い音がし、その木の棒に矢が突き刺さった。
「ふむ、隠し矢か」
三本矢のすぐ後ろを飛んで来た第四の矢だ。
リーネアが三本の矢を番え、弓弦を引き絞る刹那、右の小指に一本の矢を引っ掛けるようにして持っているのを、俺のスキル『猛禽の瞳』は見逃さなかったのだ。
リーネアは驚きで目を丸くしているが……俺なんか心の中では顎が外れるほど驚いている。
いやいや本当に……なんちゅう技量だ。
三本矢を撃つのだって超絶技能なのに、間髪要れずにもう一本なんて……
しかも三本矢に追随するように、俺の心臓目掛けて正確にだぞ。
リーネアは間違いなく、この世界ではトップクラス……いや、おそらく世界一の弓使いだ。
そのリーネアが、
「ヤマダ!!」
と叫びながら更に矢を放つ。
「む…」
連射だ。
かなり早い。
まるでサブマシンガンのように次から次へと矢が飛んで来る。
先程と比べて狙いはそれほど正確ではないが、速さが段違いだ。
そしてそこへ、ヤマダ先生が突っ込んで来て近距離で双刀を縦横無尽に振るってくる。
こ、こりゃ参った。
アビリティやスキル効果で上がっている動体視力と反射神経で、辛うじて攻撃を躱してはいるが……攻撃に転じる隙が微塵も見出せない。
いやはや、やるねぇ……さすが勇者パーティーの古参メンバー達だぜ。
手数の多さは、それだけで脅威だと言う事が良く分かる。
まぁ、魔法を使えば一瞬で終わるんだけど……魔法は使わないって言っちゃったからね。
「んじゃ、先ずはその手数を減らすかな」
俺は手にした木の棒を強く握り締めると、いきなり後方へ大きく跳び、ヤマダとの間に距離を開けるや、
「縮地」
スキルを使い、一転してヤマダを飛び越えリーネアの前に躍り出る。
「ッ!?」
リーネアは突如目の前に顕れた俺に一瞬だけ動揺するが、殆ど反射的に手にした弓を放り捨て、腰からショートソードを引き抜き、そのまま水平斬り。
上手い!!
さすがに戦い慣れている。
が、それも読み通り。
俺は胴体目掛けて薙ぎ払われるリーネアの剣を、木の棒で垂直に叩き付けた。
スキルで肉体方面のステータスが跳ね上がっている俺の渾身の打ち下ろしだ。
リーネアの剣は容易くその手を離れ、地面に叩き付けられる。
そして俺はそのまま、リーネアに向かって肩から体当たり。
細身の彼女は大きく吹っ飛んだ。
「一丁上がりっと」
更に俺はリーネアの剣を拾い上げるや、後方より迫るヤマダ氏に向かって素早く投擲。
それと同時にダッシュ。
ヤマダは飛んで来たリーネアの剣を払うが、その動作により僅かに身体が泳ぐ。
そこへ俺は木の棒で突きを繰り出した。
ヤマダは木の棒を斬り、もう一刀で迫る俺を切ろうとするが、間合いが近い。
俺は素早く彼の腕を掴み、至近距離から蹴りを放つ。
ヤマダ氏は何とかガードするが、それでも横へと大きく吹っ飛んで行った。
「……ふぅ。ま、こんなモノかな」
ヤマダもリーネアも、まだまだ戦えると言った顔をしているが……物理攻撃力が上がっている俺の蹴りやブチかましを喰らったのだ。
肉体的なダメージは相当なものだろう。
「やはり魔法を使わないと身体に負担が掛るな。筋肉痛になりそうだぞ」
ハハハ、と笑いながら俺はエリウちゃんに振り返る。
「防御力が弱くても、素早く動けば特に問題は無い。分かるな?」
「は、はい」
「まぁ、相手が軍隊等の……個対大人数の戦いなら重鎧でも構わないが、今のように対少数の直接戦闘の時は、出来るだけ自分の身に合った武具を装備して戦うのが良いだろうな」
俺はそうエリウちゃんに諭すように言うと、ヤマダとリーネアに向かって笑顔を溢し、
「すまんな。色々と付き合ってもらって」
「……構わん」
と、ヤマダの旦那。
「ただ今一度、手合わせ願いたい」
「……ん?」
「そして今度は本気を出してもらいたい」
「……ふむ」
ありゃまぁ。
ヤマダ先生の武人魂に火が点いちゃったかな?
俺と言う強者を前に、ワクワクして来ちゃったのかな?
「良かろう。全力と言うワケには行かぬが……我が力の一端、お見せしよう」
「感謝する、シン殿」
ヤマダ先生は刀を構える。
「……では、行くぞ?」
スキル『ミランジュ』と特殊スキル『必中の初撃』を発動。
更に『不可知』の魔法も掛ける。
「む…」
ヤマダの顔に僅かに動揺が走る。
ま、そりゃそうだろうな。
不可知の魔法で、俺の気配は全て消えた。
音も匂いも体温も、俺から発せられる全てが認識できない。
姿は見えるが、それだけだ。
ヤマダ氏からすれば、まるでそこに映像だけが投影されているかのようであろう。
言わばホログラムだ。
素人はともかく、熟練者になればなるほど、気配の無さに戸惑うであろう。
達人であるヤマダ先生なら尚更だ。
「相手からすると、俺が無の境地に立っているように見えるかも。……純度百パーセントのインチキなんだけどね」
俺は呟き(とは言っても不可知効果で聞こえないが)、ゆっくりとヤマダに向かって歩を進める。
ヤマダは近付いて来る俺をヒタと見据え、間合いに入るや薙ぎ払いの一刀。
神速に近い一閃だが、ミランジュの効果で刀は俺には触れる事すら無く勝手に逸れて行く。
そして俺はそのまま大きく踏み込み、ヤマダのボディに素早くタッチ。
魔力の篭った掌底撃ちで、ヤマダはいきなりその場に崩れ落ちた。
勝負有りだ。
「……本当に戦いが好きなんだな。笑顔で気絶しているよ」
俺は地面に大の字で転がっている氏を見下ろし、そう呟いたのだった。




