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オールザット晩酌タイム


 まさか『元』とは言え、勇者の仲間であった私が魔王主催の晩餐会に招かれるとはね。


長い廊下を歩きながら、リーネアは先程まで行われていた祝宴を思い出し、少し複雑な顔をした。

魔王シングと魔王エリウ。

そして魔王軍幹部を交えての、どこか緊張感漂う宴席であった。

初の顔合わせと言った所だろうか。

各国の王族主催の晩餐会にも幾度となく出席した事のあるリーネアにとっても、数多の異形種族を交えての宴席は初めてであった。

出て来る料理も、種族的に実に個性的なものばかりだ。

そんな晩餐会は、殆ど沈黙が占めていた。

互いに腹の探り合いをしていると言うよりは、どうしたら良いのだろう?と魔王エリウや幹部達はかなり戸惑っている様子であった。

いつも通りなのは魔王シングのみだ。

そんな彼は晩餐の後、リーネアとヤマダに小声で、後で部屋に来てね、と耳打ちしてきた。

それで今、彼女とヤマダはシングの居室を目指し、回廊を歩いている。


魔王の城は、魔王と言うイメージとは裏腹に、普通の王城であった。

禍々しい姿は外観だけであり、中は豪奢ではないがそれとなく華美であり、また気品と清廉さも感じさせる。


「……イメージと実像は違うわね」

リーネアは呟く。

と、隣を歩くヤマダが僅かに彼女に視線を移し、

「それは魔王エリウの事か?」


(魔王エリウ……)

晩餐会の時、リーネアが何より驚いたのは、魔王の真の姿だった。

魔王シングがシンノスケに扮している時に語った通り、魔王エリウはまだ幼さが残る少女であった。

リーネアは驚くと同時に、ふと思う。

もし仮に、魔王エリウが最初からあの姿だったら……オーティスはその剣を振るう事が出来ただろうかと。


(……多分、無理ね)

オーティスは甘い。

元々が優しい性格だからだろうか、それとも単に小心なだけなのか、相手が敵であろうと情けを掛ける時がある。

昔は良くそれでギルメスに怒られていたものだ。

その辺りが勇者としてのオーティスの限界なのだろうと、リーネアは思った。


「違うわよ。この城のこと。……まぁ、魔王エリウもそうなんだけど……ねぇ、ヤマダ。あの魔王エリウを見て、貴方はどう思った?」


「……ふむ」

ヤマダが視線を戻し、廊下の先を見つめる。

そして小さな声で、

「どこかオーティスに似た気配を感じたな」


「甘さが残ってるって事?」


「……」

ヤマダは無言で肯定の意を示す。


「……そうね」

それはリーネアも感じた。

あの魔王エリウは、魔王にしては邪気が感じられなかった。

オーティスが勇者としての覇気を感じさせないように。

「両人とも若いからかしら?」


「シン殿も若いぞ」


「……」

シン殿……魔王シング。

確かに、彼は若い。

若いが、何と言うか……甘さと言うモノは一切感じる事が出来なかった。

軽口は叩くし陽気な所もある。

邪悪さも感じさせない。

しかし、甘い男ではないと直感で感じた。

おそらく相手が幼子であろうと、敵と判断すれば表情一つ変えずに彼は剣を無慈悲に振るうであろう。

確証は無いが、確信を持って言える。

そこがオーティスや魔王エリウとは決定的に違う。


ヤマダが目を細め、少し重いような息を吐きながら口を開く。

「シン殿は……何と言うか、稀有な存在だな。勇者と魔王、両方の資質を兼ね備えている」


「勇者の?」


「見ただろ、リーネア。あの子供達の目を」


「……」

リーネア達と戦った後、魔王シングは子供達と戯れていた。

聞けばその子供達は、野盗やリーネアの同族であるエルフに両親を殺された者達だと言う話だ。

魔王軍が侵攻途中や偵察任務中に発見しては、保護しているらしい。

乳児などもたくさんいるそうだ。

そんな子供達がシングを見る目は、魔王を前に畏怖した瞳ではなかった。

憧憬の眼差しだ。


「子供は素直だからな。その目は誤魔化せない。……果たしてオーティスは、子供達にあのような目で見られるのかな」


「……何とも言えないわね」

リーネアは少し言葉を濁す。

オーティスだって、子供には人気がある。

村や街を訪れれば寄って来るし、オーティス自身も気さくに応じる。

けど……もし彼が勇者と言う看板を背負っていなかったら、どうなのだろうか。


リーネアは小さく頭を振ると、話を変えるように、

「あそこがシン殿の部屋のようね」


視線の先、廊下の突き当たりの扉の前に、黄金色の鎧に赤いサッシュを掛けた異形の兵が二名、立っていた。

兵達は近付いて来るリーネア達の姿を認めると軽く一礼し、扉をノックする。

「シング様。リーネア殿、ヤマダ殿がお見えになりました」


『……お、そうか。通してくれ』

扉の向こうから少しくぐもった声が響いてきた。

兵達が恭しく扉を開け、リーネア達を中へと誘う。

彼女の耳に、

「行くか…」

と呟くヤマダの声が聞こえた。


(これは…)

部屋に入るなり、リーネアは驚いた。

そのあまりの質素さに。

確かに一般庶民が普通に暮らす部屋に比べてみれば、豪華ではあるし広さもある。

が、世界を恐怖で震撼させている魔王の居室には到底思えない。

清潔感溢れる小奇麗な部屋ではあるし、調度品もそれなりに立派ではあるが、決して豪華絢爛と言うわけではない。

地方の小領主だって、もう少し部屋は華麗である。

そんな部屋の中に、シングは笑顔で立っていた。

ベッドの上には黒猫形態の魔族と言う話の黒兵衛。

そして小机の上には、異様な形態の人形である酒井。

この酒井の存在がまた、リーネアを困惑させていた。

どんな種族なのか全く分からない。

そもそも本当に生命体なのかも不明だ。

にも関わらず、先の宴席でも一番上席に着いていた。

つまり、彼女は魔王エリウや魔王シングよりも偉いと言うのだ。


「やぁ、良く来てくれた」

シングはにこやかな笑みを溢し、二人を招き入れる。

そこに先程までの宴席で魔王軍幹部達を前に見せていた威厳は微塵も無い。

普通の街の好青年と言った感じだ。

シングは扉の前に立つ近衛の兵に、

「今から軽く酒宴を開こうと思うから……料理長に軽いツマミを幾つか頼むと伝えてくれ」

そう言って扉を閉めると、軽く肩を竦めながら相好を崩した。

「いや、本当に……ああ言う堅苦しい席だとロクに話も出来ないからな。ま、酒でも飲みながら、ざっくばらんに……ちょっとばかり胸襟を開いて話でもしようではないか。さぁさぁ座ってくれ」


席を勧めつつ、魔王自らグラスなどを用意する様を見て、リーネアの困惑の度合いは更に強くなった。

魔法一つで二十万もの兵を虐殺したり、エルフの国を蹂躙してきた魔王には到底思えないほどの気さくさだ。


「ん?どうしたリーネア殿?」

シングが黒猫と謎の人形である酒井をテーブルの上に置きながら、小首を傾げる。


「いえ……少し戸惑って」


「戸惑う?」


「だって……世界を滅ぼすと言った魔王にしては、その……あまりにも何と言うか……」

使用人姿が板に付いていると言うのは、さすがに失礼過ぎる。


「世界を滅ぼす?……僕チン、そんなこと言ったっけか?」

シングは黒猫と顔を見合わせた。

そして本気で忘れているような表情をしながら、

「まぁ、何かの拍子でついつい口から出た言葉かも知れんけど……本当に世界を滅ぼす気なら、とっくに済んでると思うぞ?この世界のレベルから計算して、三ヶ月もあれば全ての国を破壊できるわい」


「この世界……やはりシン殿は、異世界より来たと……」


「そうだよ?なに?冗談だと思ってた?」


「いえ……確信が持てなかっただけよ」

リーネアは微笑みながら、シングの勧める椅子に腰掛ける。

ヤマダもそれに習った。

そして彼女は、目の前のテーブルの上に座っている不気味な人形に視線を移しながら、

「ならば、その……サカイ殿も?」


「酒井さんは人間界から来たんだよ」

とテーブルの上にグラスを並べながらシング。

「こっちの黒兵衛もね」


「人間界?」


「人間のみの世界だ。他の種族は……ま、極一部を除いて存在しない。逆に俺の住んでいた世界は、数多の種族がいるけど何故か人間種は存在しない。……この世界はその中間と言った所かな」


「人間種しか存在しない世界……」

それは凄く平和な世界ではないだろうか。

そうリーネアが思っていると、その考えを察したのか、目の前の酒井が目を細め、

「凄く平和で素晴らしい世界だと思ったでしょ?不思議よねぇ……他種族共存の世界の者は、何故かそんな風に考えるのよ。自分達だけの種族しか住んでない世界はさぞ平和だろうって。このシングだって、初めて人間界に来た時はそんな事を言ってたし」


「ち、違うの……ですか?」


「違うわよ。同じ種族でも三人集まれば差別が起きるし、五人集まれば喧嘩だってするわ。……考えてもみなさい。もし仮に、この世界から魔王やその他の異形種がいなくなったら……人類系種族は皆、仲良くすると思う?争ったりはしない?」


「……」

リーネアは口を閉ざす。

それは絶対に有り得ない。

そう断言できる。

何故なら、魔王が侵攻しているこの状況下においても、国内で争っている連中が大勢いるのだから。

しかも権力と言う下らないものを得る為に。


隣に座るヤマダも小さく頷き、

「逆に言えば、魔王と言う存在が辛うじて人類系種族を結び付けているとも言えますな」


「あら?貴方、中々鋭いわね。真理を突いてるわ」


「有難う御座います」


「個が集団として纏まる最適の方法は、明確な外敵が存在する事よ。この世界における人類系種族……人間にエルフ、ドワーフにホビットにハーフリング……それ等が内面はともかく表面上は仲良く共存しているのは、魔王と言う絶対的な敵が存在するからなの。それを考えると、勇者の立ち位置ってのは結構微妙なのよねぇ」


「まぁまぁまぁ、そんな小難しい話は止めましょうや」

シングがちょっとだけ困ったような顔をしながら、棚から幾本かの酒瓶を取り出す。

そしてそれを掲げ、

「美味い酒を貰ったんですよ。ま、略奪品だけど。黒兵衛、お前も呑むだろ?」


「猫にアルコールを勧めるなや。動物虐待やで」


「厳密に言えば猫じゃないだろ」

そのままテーブルの上に置き、ついでに皿なども並べ始める。


(ほ、本当に手馴れた手つきね。魔王なのに、もしかして毎日やっているの?)

そんな事をリーネアが思っていると、扉が小さくノックされた。


「おっと、晩酌のお供が来たかな」

シングはおもむろに喉元を抑えながら「ん…ん…」と篭った声を上げると

「うむ、入れ」

それまでとは違う、低く威厳のある声。


『失礼します』

扉が開き、給士係りの者が銀製のワゴンを押して部屋に入って来た。

その顔は緊張でかなり強張っている。

「お夜食をお持ち致しました」


「ふむ……ご苦労」


「は」

手際よく、料理の盛られた皿をテーブルの上に並べて行く。

「軽い物を、と言う事でオードブルを幾つか御用意いたしましたが……まだ何かお持ちしましょうか?」


「いや、これで結構だ。手間を取らせたな」


「いえ。それでは御前、失礼します」

給士は恭しく一礼すると、そのまま静かに部屋を出て行った。

直後、シングの疲れた吐息がリーネアの耳に届く。

彼は振り返ると、苦笑いを溢しながら

「演技ってのは、中々に疲れるもんでやんすよぅ」

どこかおどけた口調で言った。


「……私にはどちらが演技なのか分からないわ」

シンノスケとして出会った時も、魔王シングとして振舞っている時も、どちらも自然に見える。

未だにシングとシンノスケ、両方とも存在しているのではないのだろうかと思うぐらいだ。


「そうでやんすか?どちらかと言うと、こっちが素の状態に近いかも……ま、引くに引けないワケがありましてね」

シングが言うと、テーブルの上の黒猫が大きな欠伸を溢し、

「素の状態やと、この魔王が残念な男って思われるからな。……や、残念やなくて、物凄く残念なんやけど」


「残念って言うな。ジョーク好きの陽気な魔王なんだよ、俺は」

シングは瓶の蓋を外し、酒井の前のグラスに薄紅色の酒を注ぐ。

そして黒兵衛の前の深皿にも少し注ぎ、ヤマダ、リーネアのグラスにも手ずから酌をした。


「んじゃまぁ、勇者パーティーのヤマダ氏とリーネア氏との再会を祝して……乾杯」

シングが陽気にグラスを掲げた。


(あ、美味しい…)

グラスに口を付けたリーネアの咥内に、爽やかな果実の香りとスッキリとした甘みが広がる。

魔王シングが言った通り、この酒は中々の逸品だ。


そんな彼は空になった自分のグラスに酒を注ぎ足し、リーネア、ヤマダのグラスにも更に酒を注ぐ。

そのヤマダが、自分のグラスに注がれる酒を見つめながら

「シン殿。率直にお尋ねするが……どうして某とリーネア、両名を生かしておくのだ?」


「ふにゃ?そりゃ一体、どう言う意味で?」


「……我等は先代魔王アルガスを倒し、そして現魔王エリウに戦いを挑んだ。魔王軍からすれば、不倶戴天の敵にして仇敵だ。シン殿の力なら、エルフの郷にて我等を捕縛し、そのまま処刑するぐらいは容易い事であろうに」


「ふむ……まぁ、リーネアの姐さんやヤマダの旦那が勇者の仲間なら、それも有り得たかも」

シングは自分のグラスを傾け、フゥと一息。

そして今度は酒井のグラスに酒を注ぎながら、

「けど、今は違うだろ?勇者から離れ、何処の国家にも所属していない一介の冒険者だ。言い方は悪いが、ただの冒険者だ。それをわざわざ捕らえて処刑って……狭量過ぎるでしょうに。魔王の評判はガタ落ちだよ。むしろかつては敵だったヤマダ氏達を歓待する方が、都合が良いんだよ。魔王の度量の広さを知らしめると言う……ま、政治的喧伝も兼ねてね」


「……なるほど」


「それにだ、今日の昼もそうだったけど……ウチの未熟な魔王ちゃんにさ、現実的な戦闘とは何かを教える為でもあったし……何より俺がシンノスケに扮していた時にも言ったけど、二人と色々と話をしたいんだよ。……俺もそうだけど、こっちの酒井さんもね」


「話…ですか」

ヤマダが、テーブルの上に座りグラスを両の手で持っている人形を見つめた。


シングは軽くグラスを揺らしながら

「そう言うこと。実を言うとさぁ……俺も酒井さんも、ちょいとばかり想定外だったんだよね。リーネアとヤマダが、あの馬鹿勇者から離れたってのは」

そう言うと、不意に軽く身を乗り出し、目の前の皿の上にあるスモークしてある何かの肉片を口の中へと放り入れた。

「率直に聞くけど、あのヘナチョコ勇者と凸凹コンビだけで、摩…マーヤ達を見つけることが出来ると思うか?」


(マーヤ……それにラピスとセリザーワだったわね)

情報屋のリッテンから聞いた名だ。

「神の御使いの名を……まぁ、知ってて当然よね」


「そりゃそうだよ。で、話を戻すけど……どうだい?あの熱血勇者はそろそろ、ポートファイズに着く頃だと思うが……無事にマーヤ達を保護できるかな?」


「シン殿は色々と知ってるのね。けど、何でそこが気になるの?シン殿にしてみれば、神の御使いが見つからない方が良いんじゃないの?」

リーネアが当然の疑問をぶつけた。

シングは、神の御使いこそ自分を滅ぼせる力を持つ者と言った筈だ。

言わば自分にとっては天敵の存在である。

表に出て来ない方が良いに決まっている。


「まぁ……そうだな」

シングはチラリと酒井を見やると、大きく溜息を吐き、

「確かに、神の御使いは僕ちゃんに匹敵する力を持っている。……けどさ、俺は神の御使いが敵だなんて一言も言ってないぞ?」


「ッ!?」

リーネアはハッと息を飲んだ。

確かに言われてみれば……神の御使いを明確に敵だとは言ってなかった筈だ。

彼女の隣に座るヤマダも小さく唸り、

「ならばもしかして、神の御使いとやらはシン殿の味方なのか?」

そう尋ねると、シングは少し困った顔をした。


「ん~……どうだろう?や、別にはぐらかしてるワケじゃないよ?状況によっては、どうなるか分からんと言う事だ」


「状況と言うと?」


「例えば摩耶……マーヤが俺の所業を聞いて、『シングさんのやり方は許せません。勇者さんに味方して、お灸を据えに行きます』とか何とか言い出したら、僕ちゃん非常に困った事になると言うか……正直、泣いちゃいますね」

シングがそう言うと、テーブル上の黒猫がククク…と不気味な笑い声を上げた。


リーネアは微かに眉を顰め、

「それって……神の御使いと言うのは、厳密には勇者……人類系種族の味方ではないと言うこと?」


「それを言うなら、俺だって魔王の味方と言うワケではなかったぞ」


「え…?」


「偶々だよ、偶々。もし仮にだ、初めて出会った時に……あの馬鹿勇者が素直に、俺に『勝てそうにないから降参しますぅ』とかさ、はたまた『この魔王を倒すから力を貸してくれ』とか言ってきたら、今頃俺は勇者と供に冒険の旅に出ていたかも知れん。現在、俺が魔王エリウちゃんと供に行動しているのは……まぁ、成り行き半分って所かな」


「だけどシン殿は異界の魔王なんでしょ?ならば勇者と供に行動する事なんて有り得ないと思うけど……」


「その考え方自体が、俺からすれば異質だよ。そもそも俺の世界に勇者と言う存在はいなかった。いるのは数多あまたの魔王だけだ」


「……」


「そして逆に酒井さん達の世界に、魔王はいなかった。いるのはこれまた数多の勇者だけだ。……ただしゲームかネットの中だけだけど。つまりは、この世に絶対的な悪や絶対的な正義なんてモノは存在しないんだよ。魔王イコール悪ってのは、人類系種族の単なる宣伝だ。リーネア達だって、エリウを見てどう思った?あのが悪の権化に見えたか?魔王には魔王の存在意義があり、そこに正義もある。勇者も然りだ。この世に絶対的な悪は存在しない。存在するのは独りよがりの正義だけだ……って、何の話をしてたんだっけ?」


「神の御使いの話よ」


「あぁ、そうだった。神の御使いは……さっきも言ったけど、現状では俺の敵ではないし勇者の味方でもない。中立だ。が、状況によって変わるかも知れんって話だ。特に神の御使いのマーヤは、なんちゅうか……まだまだ精神が幼いんだよ。だからあのヘナチョコ勇者に共感して『シング、殺す』とか本気で言い出すかも知れん。……何て恐ろしい」


「もし神の御使いがシン殿に敵対したら、その時は……どうするの?」


「そうだな。取り敢えず酒井さんにお任せする」


「酒井殿に……」

リーネアの視線が、テーブルの上の人形に注がれた。

奇妙な衣装を着た、人型ではあるが実に不気味な形状の人形は、両の手で持ったグラスを少し傾け、

「ま、仕方ないわね」

と一言。

「ただ、シングも言ったけど……摩…マーヤが、あの勇者オーティスに味方する可能性は高いかも。何となく共通点があるし……未熟って言う共通点がね。ま、その時は私がお説教してあげるわ」


「そりゃありがたい」

シングが笑顔で酒井のグラスに酒を注ぐ。

そしてリーネア達を少し真面目な顔で見つめると、

「で、話を最初に戻すけど……俺はね、勇者達に神の御使いを一刻も早く見つけて欲しいわけよ」


「敵対するかも知れないのに?」


「そうだ。状況によってどう転ぶか分からんが……俺が魔王側としてこの世界で表に出た以上、マーヤ達は勇者側として出なければならない。ま、その理由は少々複雑だし、異世界の事情もあるので今は詳しく説明は出来んが……それが俺達の究極の目的と言うか使命だ。だから俺は、人類系種族の国家を滅ぼして行く。勇者を急かし、マーヤ達の早い登場を促す為にな」


「……それが神々のことわりってこと?」


「そうだな。異世界より来訪した超常なる力を持つ者を神と定義するなら、そう言うことだ。リーネア達には理解できないが、俺もマーヤ達も、大いなる意思の下で動いている。その為にこの世界へ送り込まれた。ま、そう思ってくれ」


「……分かった。けど、何かその……黒兵衛殿が妙な顔をしているのが気になるんだけど……」


「気にするな」

シングは黒猫の頭を掴むと砕けた口調に戻り、

「なのにね、リーネアの姐さんやヤマダの旦那がいきなり勇者の許を去ったワケで……僕ちゃん達には本当に寝耳に水だったワケなんですよ。このままだと計画に遅れが出るどころか、もしかしてマーヤ達に出会えないんじゃなかろうかと思いまして……」


「オーティスはそこまで愚かではないわ」


「そうかなぁ?ウチの魔王ちゃんも結構なアレで、しょっちゅう酒井さんの説教を受けては涙目なんですけど……あの勇者は、更に輪を掛けてダメ人間だぞ。しかもリーネアの姐さんとヤマダの旦那と言う、苦言を呈する事の出来る先輩達がいなくって……果たしてこの先、どうなるやらだ」


「それは……大丈夫よ」

リーネアはグラスの酒を飲み干した。

そして大きく息を吐きながら、

「オーティスは一人でも充分に、勇者としてやって行けるわ」


「だと良いが……けど、本当にどうして、この状況でパーティーから離脱したんで?まぁ、ヤマダの旦那は何となく分かりますよ」

シングはそのヤマダを見つめる。

リーネアも視線を動かしてヤマダを見つめた。


彼女自身、ヤマダが抜けた理由は知らない。

ただ、自分がオーティスの許を離れると告げた時、ならば自分も、とリーネアに追随してきたのだ。


シングは指先でテーブルをコツコツと叩きながら、

「……武人として、もう少し高みを目指したいのかな」

と呟いた。

その言葉に、ヤマダは「ん…」と小さく息を飲み、目を伏せる。

そして呟くように

「シン殿は……心を読むのに長けているようだな」


「や、そうじゃないかとねぇ……思ったワケですよ」

シングはリーネアとヤマダのグラスに酒を注いだ。

「察するに、先代勇者からずっと勇者パーティーに属していたのは……魔王云々ではなく、己自身の修行……自己を鍛える為と……そんな所かな」


ヤマダは無言で酒を呷った。


「けど、あのオーティスと一緒にいたのでは、これ以上強くなる事は出来ない。ならばいっその事……最強である俺を訪ねてみようと思い、パーティーを抜けた」


ヤマダは唇を真一文字に閉じているが、リーネアは、

(あぁ……そう言うこと)

シングの言葉に、妙に納得してしまった。


ヤマダは先代勇者グロウティスに勝負を挑み、そして負け、それから仲間に加わったと言う過去を持つ男だ。

仲間になってからも、グロウティス相手に剣の修練に明け暮れていた。


(あの頃のヤマダは……充実した毎日を送っていたわね。今ほど寡黙でもなかったし……)

しかしグロウティスが魔王アルガスと供に散り、その跡をオーティスが継いでから……ヤマダは少し変わった。

先代からの仲間としてオーティスを支えてはいたし、また若く未熟なオーティスを鍛えてもいた。

しかし、何と言うか……昔ほどの熱意を感じる事はなかった。

どこか醒めているかのように、淡々とした表情で剣を振るようになっていたのだ。


(ヤマダはただ、グロウティスへの恩を返す為に……義務感だけでオーティスの許に居たのかしら?)


「けどねぇ、ヤマダの旦那。そいつはちょっと……中々に難しいでやんすよ」


「……難しいとは?」

ヤマダがテーブルに身を乗り出す。

シングは眉間に深く皺を刻み込みながらヤマダを見つめ、

「残酷な言い方だが、ヤマダの旦那はこれ以上……能力的には、強くなる事は出来ない」


「……ッ」

ヤマダが低く唸る。


「旦那は既に、ステータス的にはカンストしているからね」


「カン…スト?」


「あぁ、何と言うか……能力の限界に達しているって事だ。分かるかなぁ……どれだけ鍛えようが修行しようが、人間は決して馬より早く走る事は出来ないし、巨人種より力持ちになる事は出来ない。それが種の限界ってヤツだ。ヤマダは既に、人間と言う種族の限界値に達している。しかも今がピークだ。これより先は加齢と供に衰えて行く。残酷な話だけど、それが現実だ」


「……」


「そしてそれらを補う為に、様々な技が存在するのだが……こちらも、もう終わりだ。ヤマダの旦那は技量を極め尽くした。これ以上は何も学べないし、得る事も出来ない。あとは経験だが……こっちもまぁ、ほぼカンスト状態だな」


「……ならば某は、もうこれ以上強くはなれぬと?」

ヤマダはどこか悲壮な顔で尋ねる。

が、シングは予想外に首を横に振ると、

「うんにゃ。能力的にはこれ以上は強くなれんが、それ以外にも強くなる方法はあるぞ」


「そ、それは……」


「まぁ、特殊な武具の調達とかかな。自己の能力が限界なら、アイテムで補えば良い。技量が同じでも、なまくらな剣と切れ味鋭い剣、どちらを使ってる方が強いかは一目瞭然だろ?それに特殊な武器の中には、自己ステータスを限界以上にアップさせる物もある。そう言った特殊な武具を揃える事が出来れば、今以上に強くなれる。……この世界に課金システムがあれば、シリーズ装備を買い揃えてステータスボーナスが狙えるんじゃがなぁ」


「しかしシン殿。特殊な武具と言っても……某の使っている剣も、それなりの逸品でして……」


「そうかぁ?」

シングはおもむろに席を立つと、微かに覚束無い足取りで棚から新しい酒瓶を取り出し、ついでに傍に立て掛けてあった剣を一振り、手に取った。

「こいつは俺の愛刀の一つ、七星剣だ。ちょっと見てみ」

それをヤマダに手渡す。


「こ、これは……」

手にした剣を前に、ヤマダの目が大きく見開いた。

「な、何と言う軽さだ。それに力が……魔力か?体中に力が漲る」


「……世界は広い。まだ未踏派のダンジョンもあるだろうし、その奥に伝説級の武具が眠っているかも知れん。中途半端なヤツがそういった特殊な武器を使っても、使いこなせないどころか枷になってしまうが、ヤマダの旦那のように道を究めた者は違う。能力アップの最後の手段だ」


「……」


「ま、暫くはここに逗留しろ。今、部下を使って情報を集めている所だ。武器がありそうなダンジョンや遺跡の情報をな」


「情報を?」


「そうだ。ウチのエリウちゃんに相応しい武具を探そうと思ってな。ほら、あの大鎧と巨剣じゃ無理だと判明したからね」

シングはクスクスと笑い、新しい酒瓶の蓋を切ったのだった。







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