リアルMMORPG
乾燥した石造りの狭い通路を慎重に進んで行くと、魔力の反応が強まると同時に、何やら金属を叩き合うような音も響いて来た。
「鍛冶屋でもあるのかにゃ?」
「ちゃうやろ」
と、肩にぶら下がっている黒兵衛。
少しだけ爪を立てながら、
「どう聞いても、剣がぶつかってる音や。戦いの音やで」
「分かってるよ。冗談だよぅ」
俺は笑いながら腰に下げた剣の柄に指を掛ける。
しかし……ふむ、何者かが戦っている、それも武器を用いて……と言うことは、ここはまぁ普通の世界って事だな。
戦いは舌戦のみとかナゾナゾで勝負だ、等と言う特殊なルールは採用されていないから一安心だ。
や、別に安心じゃないんだけども……
さて、俺の武装は……左腰にロングソードの七星剣とセミロングの瑠璃洸剣。
腰の後ろには魔除の小槌改とも言うべきショートソードの羅洸剣と……ま、一応はフル装備だ。
「酒井さん。術札などのリソースは?」
「聖騎士との戦いで殆ど使っちゃったわ。どこかで補充するか作らないと……」
「なるほど」
俺は足を止め、石を積み上げて造られた壁に手を添えるや、そのまま意識を集中する。
「この壁の向こう辺りで……何か起こってますね。あ、爆発音も聞こえるよ……これは魔法かな?」
「何や声も聞こえるで。何言うてんのか分からんけど」
「ん?分からんのか……ふむ」
俺はおもむろに肩に腰掛けている酒井さんを持ち上げると、その額に軽くキス。
刹那、物凄い勢いで頭突きを喰らった。
「な゛…ななな何すんのよ!!この色魔!!」
「え?え~……」
「お、乙女に向かっていきなりキスなんて……何考えているのよ!!この破廉恥魔王!!」
「いやいやいや、乙女って……酒井さんもまた面白い冗談を」
「何ですって!!」
今度は鼻の頭にパンチを喰らった。
物凄く痛い。
「や、ちょっと落ち着いてって……別に俺はキスしたわけじゃなく、言語翻訳の魔法を掛けただけでして……」
「は?言語翻訳?」
「そうですよぅ」
俺は鼻頭を擦りながら、黒兵衛のおでこにも軽い口付け。
「情報を集めるのなら、先ず言葉が通じないとダメでしょ?」
「……ならやる前にそう言いなさいよ!!」
またもや殴られた。
り、理不尽過ぎる。
「うぇぇぇん……僕チンの世界では普通だし、人間だって挨拶代わりにハグしたりホッペにチュウとかしてるのにぃぃぃ」
「日本人は違うのよ!!」
「まぁ、文化の違いって事やな」
黒兵衛がククク…と、どこか嫌な笑みを溢す。
「せやけど自分、摩耶姉ちゃんにはせん方がエエで?」
「え?なんで?もしかして摩耶さん、翻訳系の魔法が使えるの?」
「や、そうやなくて……」
「するんなら、事前に、丹念に、詳しく説明してからにしなさい。いきなりキスなんかしたら、その場で婚姻届を書き出しかねないわ」
「ふへ?良く分らんし、そもそもキスじゃないんだけども……」
「ま、良いわ。それでこの魔法の持続時間は?」
「ん~……どうでしょう?あまり試した事が無いから何とも言えませんけど、数週間は持つんじゃないでしょうか」
「そうなの」
「あと文字も解読できますよ。ただ、書く事は出来ませんけど」
俺はそう言って腰から羅洸剣を引き抜き、それを積み重なっている石の溝に沿って削るように剣を突き立てて行く。
壁を構成している石は、レンガのように大きさや形が均一化された物ではないが、ある程度は形が整えられているので思ったよりもスムーズに刃が入る。
「何してんのよシング?」
「この石壁の向こうで戦闘が始まってますからね。その様子を見つつ、情報を集めようかと」
「なるほど。良いアイディアね」
「せやけど、壁が崩れたりせんか?」
「石を一つ抜いたぐらいなら大丈夫だろ」
切れ味鋭い羅洸剣で、石の形状に合わせて剣を滑らせる。
「良し、刃が通ったな」
そして剣を斜めにし、梃の要領で積み重なっている石の一つを引き出す。
ボゴッと鈍い音を立て、拳五個分ぐらいの大きさの石が地面に落ちた。
「さてさて、一体この向こうで何が起きてるのやら……」
僅かに腰を屈め、壁に出来た穴から向こう側の様子を窺う。
……
想像していた以上の光景が広がっていた。
思わず「うわ…」と呟いてしまう程だ。
壁の向こうは、どこかの遺跡のようであった。
かつては神殿のような場所であったのだろう。
宗教と言うものに造詣は深く無いが、確か人間界のドキュメンタリー番組で見たパンテオンとか言う古代の建築物に何となく似ている。
ま、それは良いのだが……
問題は、そこでバトルを繰り広げている連中だ。
中二階辺りの高さに居るであろう俺達から見下ろす形で、開けたホールのような場所で謎の連中が戦っている。
先ず、俺達から見て左下方にいるのは、どこから見ても『悪』と言わんばかりの漆黒のトゲトゲ付き全身鎧に身を包んだ暗黒騎士。
取り敢えず反抗する。理由も無く反抗する。誰に反抗するか知らんけど。と言った具合の、まさに悪の首領感バリバリの偉丈夫だ。
フルフェイスの兜を装備しているので素顔は分らんが、世の全てが憎い、と言う負のオーラを発しているので、きっと顔もそう言った感じのラスボスに相応しいバイオレンスな風貌をしているのだろう。
ちなみに武器もまた、巨大化したノコギリのような、見た目の禍々しい迫力とは裏腹に実用性に乏しいであろう武器を構えている。
そしてそれに対峙するのは、7人パーティーの集団だ。
こっちもまぁ……一言で言えば、説明不要の正義の軍団と言った様である。
特に中央に陣取る勇者らしき男は、装飾過剰で動き難いであろう光り輝く鎧に、どうやって攻撃するんだよ、と突っ込みを入れたくなるような曲がりくねった巨大な剣を装備している。
そして周りを囲むは個性溢れる愉快な仲間達。
まさに魔王VS勇者様御一行(熱血)と言う、往年の和製RPGの最終場面を再現しているかのような光景が目の前で展開しているのだ。
「……どんな世界だよ。もしかしてオンラインRPGの世界にでも迷い込んじまったか?」
それとも僕チン、実は夢を見ているとか……
「ベタな世界観やなぁ」
黒兵衛も呆れた声を上げる。
「なんや、中学生が夏休みに脊髄反射で書いたファンタジー小説に出て来るような世界設定やないけ」
「あ、分かる。後で読み返して悶絶する系の小説な」
「けど、一目でこの世界がどう言う世界なのか分かるのは凄いわよ」
酒井さんも少し呆れた口調で言った。
「それだけド定番のファンタジィ世界って奴ですよ。超ベタなゲームやラノベの世界ですよ。見て下さいよ、あの勇者パーティーにいる魔法使いの爺さん。まるで摩耶さんばりにコテコテの魔法使い衣装ですよ」
一目見ただけで、どんな職業を持っているのかが分かるよ。
「しかし、うぅ~ん……」
「どないしたんや、魔王?」
「や、他に第三者はいないかな、と思って気配を探ってた」
「あ?何でや?」
「いや、あまりにもベタ過ぎて現実感が……ねぇ?だからさ、もしかしてここは映画やドラマの撮影現場じゃなかろうかと思って……分かるだろ?」
「あぁ……せやな。けど、魔法はホンマもんやし、ガチでバトルをしとるで」
「そうね。それに殺気も伝わって来るし……これは本当の戦いよ」
「つまり撮影の類ではないと。これは現実だと。ふむ……ならばここは、色々とあるツッコミどころは一先ず置いといて、情報を収集しますか。……笑ってしまいそうだけど」
俺は目の前で繰り広げられているバトルを壁の穴から注視する。
ふむふむ……悪の親玉はともかく、正義の味方軍団は……前衛が3人。
タンク役の全身鎧の巨漢を中心に、左右に二刀の剣術使いと忍者だか盗賊だかの素早さが売りの小さい奴。
んで、中央が我等の勇者ちゃんだ。
性能より見た目重視であろう黄金と白金で出来たセレブな鎧と、物理法則を無視したかのような巨大な剣を構えている。
まさに、世界の中心は俺だ、と言わんばかりの堂々とした立ち振る舞いだ。
で、後方も3人。
森精霊族系だろうか、耳の長い金髪碧眼の美人の姉ちゃんが矢を番えており、その左右に魔法使いの爺さんと、回復役であろう若い姉ちゃんが控えている。
「ふ~ん……パーティー構成としては無難と言うか実にオーソドックスですねぇ。何か定番過ぎてツマランな。俺だったら全員盗賊とか魔法使いにするんだけど……」
「リアルで縛りプレイなんかせんやろ。全滅したらそれでお仕舞いなんやで」
「ま、そりゃそうか。しかし……うぅ~ん、これはまた……」
「なんや?どないしたんや?」
「見て気付かんか、黒兵衛」
俺は壁の向こうを指差し、
「あの前衛の巨漢男は多分鬼系統の種族だろ。んで、隣の小さい奴は妖精系か……ホビットの類じゃね。んで、弓使いのエルフに回復役の女の子にはケモ耳が付いてるよ」
「せやなぁ」
「分かるだろ?この世界は人間とその他の種族が共存してるんだぜ?まさに王道ファンタジィの世界なんだよ」
「ちゅー事は……なんや?」
「分からない、黒ちゃん?」
と酒井さん。
「この世界は、私達の世界とシングの住んでた世界の丁度中間に位置するような世界なのよ」
「そう言うことだ。中途半端な魔力の濃度もこれで説明できる。それに多種多様な種族がいると言う事は、それなりに文明があり、それぞれの種族が支配する国家もあるかも。それに何か特殊な文化もあるかも知れんなぁ……種族毎に嫁を娶る事が出来るハーレムOK制度とか」
「……博士は大喜びやろうな。その辺の異種族を捕まえて解剖しているかも知れへんで」
「な、なんて恐ろしい……」
けど、本当にやりかねんぞ。
「しかし勇者軍団は何やってんだ?7人も居て未だボスを倒せんとは……あまつさえ押され気味だぞ」
「レベルが足らんのや。セーブポイントに戻って雑魚狩りせんとアカンとちゃうか」
「そうだな。ってか、ボスの暗黒系騎士も、何で一人で戦ってるんだ?ゲームなら演出と言う意味で分かるんだけど、リアル世界なんだぜ?何で一人で立ち向かうわけ?馬鹿なの?」
「既に全滅したんやないか?」
「雑魚モンスター程度なら用意出来るだろ」
俺なら雑魚を前衛に並べて、先ずは相手の魔法やアイテム等のリソースを削れるだけ削るぞ。
「ってか、チンタラやってんなぁ。単調な戦闘と言うか、互いに決め手を欠くと言うか……うぅ~ん……酒井さん、どう思います?」
「弱いわね」
「ですよねぇ」
見た感じ、両者とも総じてレベルが低いと感じる。
正義軍団は、先に戦った聖騎士達よりは強いが、それでも高が知れていると言った程度のレベルだ。
そしてボスらしき黒騎士も、押しているとは言えレベル的には……俺の世界で例えるなら、城の警備兵が務まるかな?と言った程度だ。
「うぅ~ん……この世界の最高峰がこの程度の強さとは。魔法レベルも魔力の濃度の割には低いし……もしかして平和過ぎる世界なのかな?平和過ぎて戦闘における文化……軍事的なドクトリンがが発展していないとか」
「ワテ等、もしかして勘違いしとるんとちゃうか?」
「ん?どう言う意味だ黒兵衛?」
「や、アイツ等は魔王や勇者やなく、単に雑魚キャラと初心者パーティーやないかって事や」
「ふむ……なるほど。や、俺も少しはそれを考えたけど……装備品の類を見る限り、決して素人じゃないぞ。それにここからだと良く聞き取れんけど、魔王とか勇者とか痛いワードが響いて来るし……く、笑ってしまうではないか」
「お前も魔王やないけ」
「俺は本物だから良いんだよ。あっちはパチ物だ」
しかし、魔王と勇者か……
ん~……何かこの状況を上手く使う方法はないかなぁ……
「って、閃いたナリ!!」
「あ?急にどうしたんや魔王?」
「どうしたのよシング?」
「いや、面白いアイディアを思い付いたので御座る」
「な、なんや?どうせまた、しょーも無い事でも思い付いたんやろ」
「そうね。で、何を考えたのよ?」
「いや、あいつ等を叩きのめ…もとい説得して、俺様の手下にしようかと」
「……は?」
「何言ってんの、アンタ?」
「う~わ~……これまた超呆れた顔で。ま、手下って言うのは冗談ですけど、ともかくアイツ等を一時休戦させて、ちょいと摩耶さん達を探すのを手伝って貰おうかと思いまして。だってほら、魔王と勇者ですよ?魔王と言えば、世界中のモンスターの親分ですよ?彼方此方に情報網だって持っているでしょう。それに勇者の方は、国家の代表みたいな所があるじゃないですか。各地の王族にも顔が利くでしょ?魔王と勇者が協力してくれれば、摩耶さん達を見つけ出すのはそれほど難しくはないと思うんですよ」
「は~……なるほどな。せやけど、そない上手く行くか?」
「そうねぇ……魔王や勇者って、何か我が強そうじゃない。素直に頼み事を聞いてくれるかしら?」
「頼みじゃなくて、命令するんです。俺から見れば、魔王も勇者も立場は違えどどちらも物事を力のみで解決しようと言う馬鹿な連中です。そんな奴等にはガツンと一発、本物の力を見せ付けてやれば良いんです。そうすりゃ本能的に、僕チンに従うでしょう」
「ま、何となく言いたい事は分かるな」
「そうね。ダメ元で試してみるのも良いかもね。上手く行けば摩耶やラピスは保護できるかも……」
「一人抜けてますけど、そう言うことです。もちろん、それでも従わないと言うのなら、その場で始末しますけどね」
「うわ……マジか、自分」
「……あのねぇ」
「や、俺だってさぁ……そこまではしたくないけどさぁ……正直、こんな事を摩耶さんの前で言ったら物凄く怒られると思いますけど……この世界って、俺や酒井さん達の世界じゃないじゃないですか。だからね、その……一言で言えば、どうなろうと知ったこっちゃない、って奴ですよ」
「……凄いな、自分。超身勝手や。せやけど……ま、少しは分かるな」
「そうね。確かに摩耶が聞いたら物凄く怒ると思うけど……ある意味、シングの言う事は真理よ。酷薄な言い方だけど、この世界で混乱が起きたとしても、私達には何の関係も無い事だわ」
「もちろん、好き好んで世界を滅茶苦茶にしようとは思ってないですよ?俺も出来れば平和的に行きたいんですけどねぇ……ま、その辺は相手の出方次第って事で。もし仮に世界に何か大不幸が訪れたら、その時は天災だと思って諦めてくれぃ」
「ホンマにお前は……情に篤い癖に、妙な所でドライなんやな」
「極端なのよシングは。守るべき物とそれ以外と、はっきり区別してるのよ」
「そう言うこと。俺が守るべき物ベスト3は、俺自身と摩耶さん達。そしてゲーム機。以上だ」
「自分の住んでた世界とかはどーなってんねん」
「99位だ。部屋に置いてある孫の手より順位は低いよ」




