魔王漂流・またもや流されて
「いやぁ~……本当にまぁ、次から次へと色んな事が起こりますな。実に退屈しない人生ですねぇ」
そんな事を呟いていると、
「なに呑気なこと言ってんのよ」
眉を顰め、どこか呆れた口調で酒井さん。
黒兵衛も自分の股座を舐め回しながら、
「せやで。自分、状況が分かってんのかいな」
「や、そうは言ってもなぁ」
途方に暮れていても、この状況なら仕方が無いではないか。
しかしまぁ、本当に何が何だか……
話はほんの数分前に遡る。
聖騎士どもの魔法により、淡い光に包まれた俺は次の瞬間、漆黒の闇の中を落下していた。
や、周りが真っ暗だったので、実際にどうなっているのかは分からないが、垂直に落下していると言うような感覚を味わっていたのだ。
あ~……参ったなぁ。僕ちゃん、何処へ行くんだろう……
って、間違いなく、自分の生まれた世界だろうなぁ。
こ、困った。実に困ったですねぇ……このままだと、間違いなく死んじゃうんじゃないか?
だって僕チン、亡国の王ですよ?
名ばかりだったとは言え、一応は国のトップだったわけで……
謀反を起こした連中からすれば、間違いなく抹殺対象ですよ。
例え殺されなくても、捕らえられてからの幽閉は確定ですよ。
や、普通さぁ、そう言う悲しい設定だと、俺を担ぎ上げて王国復活を叶えてくれる忠臣とかがいる筈なんだけど……自信を持って言えるのは、俺にそんな仲間はいないって事だ。
断言できるね。
しかし、本当にどうしよう?
ん~……と、待てよ?待てよ待てよ?
良く考えたら、まだ望みはあるぞ。
元の世界(人間界)に戻る方法があるではないか。
それは……
その時、不意に頭上から声が響いて来た。
「シングさぁ~ん」
「シング!!」
「こ、この声は……摩耶さん?それに酒井さんの声も……」
顔を上げ、目を凝らすと……頭上方面から急速に接近する光体を発見。
やっぱり摩耶さんだ。
その頭上には酒井さん。
肩にしがみ付いているのは黒兵衛。
更に摩耶さんの両の足には、芹沢博士とラピスがくっ付いている。
「ま、摩耶さん。まさか助けに来てくれたのか?……なんてこったい」
「シングさん!!」
摩耶さんが手を伸ばし、俺の腕を掴んだ。
「だだ、大丈夫ですか?」
「い、いやぁ~……状況からして、大丈夫ではないんですけど」
僕チン、ちょいと苦笑いだ。
「けど、一体どうやってここまで……」
「シングさんが消えそうになった瞬間、私も魔法陣に飛び込んだのです」
「全く、摩耶がいきなり駆け出すから……」
酒井さんが溜息を吐きながら俺の頭上に飛び移った。
黒兵衛も、
「せやで。慌てて摩耶姉ちゃんにしがみ付いたんや」
そう言いながら摩耶さんの腕を伝わり、何時もの定位置である俺の肩へとやって来る。
「ま、ここまで来たら一蓮托生やで」
「そ、そっか。何か知らんが、ありがとう。本当にありがとう。けど、摩耶さん。な、何と言うか……今、この場でこんな事を言うのは非常に心苦しいのですが……」
「何でしょうかシングさん?」
「や、その……出来れば、残っていて欲しかったな、と。人間世界でもう一度召喚魔法を使って呼び出してくれたら、僕ちゃんは楽に戻れたのではなかろうかと……ちょっと思いまして」
「……え?」
摩耶さんがキョトンとした顔で、瞳をパチクリとさせる。
頭上からはピシャンと何か叩く音と共に、酒井さんのどこか投げやりな溜息が聞こえてきた。
「い、いや、そう言う手もあったかなぁ~と言うことで、助けに来てくれて本当に嬉しいんですよ?これで寂しくないし……いや、本当に感謝してますです。それに芹沢博士やラピスも来てくれて……」
「ふっふっふ……私の場合は、自ら望んで来たのだよシング君。これはチャンスだと思ってね」
「チャンス?」
「そうだよ。何しろこの目で、直にシング君の世界を見ることが出来るのだよ?異世界の知的生命体にも会えるのだよ?これはもう、魔法研究者にとっては千載一遇の好機だとは思わないかい?」
博士は鼻息も荒く、少年のように瞳をキラキラさせながら言った。
何てポジティブな……
下手すりゃ命の危険にも関わるのですぞ?
だがある意味、その探究心は素直に尊敬する。
さすが心の師匠だ。
俺も見習わなくては。
「な、なるほど。さすが博士ですね。ちょっと無謀な気もしますけど……それでラピスは?もしかして、何となく魔法陣に入っちゃった?」
「馬鹿な事を言ってるんれす。ラピスはシングしゃんのメイドれすよ。シングしゃんのお側に仕えるのが仕事なんでしゅ。シングしゃんの行く所に常にラピスありなんでしゅ」
「そ、そうなのか。道理でいつもコンビニに行くだけなのに付いて来ると思った」
「ラピスが付いてないと、シングしゃんは何も出来ないれす。ゆで卵の殻も自分で取れないでしゅ」
「……初耳だ。俺はそこまで残念な男だったのか。ま、良く分からんが、ともかく有難うラピス。何が出来るか知らんけど、取り敢えず頑張ってくれぃ」
「任せるが良いでしゅ。ラピス、頑張るでしゅ」
博士謹製のダメ系メイドロボ(魂入り)は、グッと両の拳を握って頑張るぞのポーズ。
うむ、中々に可愛い。
可愛いが……今、手を離しても良いのか?
そう思った矢先、
「ふぇぇぇッ!?」
ラピスが謎空間の中を素っ飛んで行った。
しかもあろう事か、
「ラピスちゃん!?」
摩耶さんがラピスに向かって手を伸ばす。
けど、僕の腕から離れてますよ?
「え?あ、あれ?」
摩耶さんも吹っ飛んで行った。
もちろん彼女の足には博士。
博士は高笑いしながら、
「こ、これは凄いぞ。未知の体験だ!!」
さすがである。
「うぉぉぉいッ!?摩耶さん!!博士にラピス!!ちくしょぅぅぅ……黒兵衛!!こんな時、俺は何て言えば良いんだ!!」
「アイヤーや」
「そうか。アイヤーーーッ!!」
……
…
「で、気付いたら離れ離れと……本当に、ワンダフルだなぁ」
辺りを見渡し、俺は頭をボリボリと掻いた。
俺と酒井さん、黒兵衛は、気が付くと何やら狭くて暗い場所にいた。
魔法で明かりを灯すと……どこだここは?
天井に床、左右の壁は全て少し朽ちた石造り。
高さは約3メートル。幅は大人二人分ぐらいである。
空気は少し淀んではいるが、微かに風も感じる事から、どこかに出口などがある筈だ。
回廊……と言うか、古代遺跡の水路みたいな場所だなぁ……
「一体、ここは何処でしょうねぇ」
「先ずは状況の確認よ」
と酒井さん。
「ですね」
俺は頷き、背負っている小さなリュックを下ろすと、
「んじゃ、取り敢えず飯にしましょう」
屋敷の料理人が作ったお握りの包みを取り出した。
あとペットボトルのお茶も。
「……なに考えているのよ、アンタは」
「何って、昼御飯ですよ?餓鬼吸血鬼のドタバタで食べそびれたじゃないですかぁ。食べる時間があれば、その時に食べておく。次にいつ食べる事が出来るか分からないですからね。これ、冒険の基本ですよ」
「……ま、そうね。言いたい事は分かるわ。少し呑気な気もするけど……じゃ、食事を摂りながら状況確認よ」
「はい酒井さん。お茶をどうぞ」
「ありがと。で、先ずは摩耶達の行方だけど……どう、黒ちゃん?」
「んぁ?」
おかか入りお握りに齧り付いている黒兵衛は顔を上げ、
「ワテとの契約魔法は切れとらん。ちゅー事は、今も同じ世界に居るっちゅーこっちゃな」
「ほほぅ……魔女と使い魔の間にある契約から、そんな事が分かるのか」
「場所は分かる?」
「や、そこまでは分からへん。ある程度近付けば分かるんやが……」
「ん~……転移の最中に離れちゃいましたからね。下手すりゃ世界の端と端に分かれてたりして」
「縁起の悪い事を言わないでよ、シング」
「や、そう言う可能性もあると言う事で。でも同じ世界に辿り着けたのは幸運でしたよ。それにあまり危険は無いと僕チンは思うんですが……」
「その根拠はなに?」
「ん~なんちゅうか……あの聖騎士どもとの戦闘中に、僕チンの危険察知スキルが反応しなかったからですよ。危険察知スキルって、ある意味予知的な能力も兼ね備えていて……転移の魔法陣が展開した時も無反応でしたからね。つまり、転移しても危険は無いと、スキルは判断したワケですよ」
「アンタには危険じゃないけど、摩耶には危険かも知れないでしょ?黒ちゃんはどう思う?」
「今の所は無事やな。危機的状況なら、契約魔法で距離を無視して通信が入る筈やし」
「ほぅ、そりゃまた凄いな。俺も使い魔とか欲しいなぁ」
可愛いケモ耳娘ちゃんを絶賛募集中だ。
「アンタにはラピスがいるでしょ。それにしても、通信系の魔法を扱えるのがこっちに固まっているってのが問題ね。私や黒ちゃん、どちらかが摩耶の方に付いていれば、少しは楽だったんでしょうけど……」
「あ~……ですね」
距離的な問題もあるが、やはりピンポイントで他者と出会うとしたら、何かしらの連絡手段は必要だろう。
普通の街で、何の連絡手段も持たずに友人と出会うのだって難しいのだし……それが世界規模なら尚更だ。
何もせず、ただ歩いて出会う確率は……0コンマの後に更に0がいっぱい並ぶ数字になるだろう。
つまり、摩耶さん達を見つけ出すのには何かしらの手段が必要だと言う事だ。
が、それは追々考えるとしよう。
何しろ今は自分達の置かれた状況を整理するだけで手一杯なのだ。
既に脳のキャパを超えているしね。
「ところでシング。一つ、確認しておきたいんだけど……」
「何です。そんな超真剣な顔で……あ、お握り、もしかして梅干より鮭の方が良かったですか?」
焼きタラコもあるけど、これは僕チンのだ。
「そんな事を言いたいんじゃないわよ。あとお握りは昆布が良いわ。早く寄越しなさい」
「へぇへぇ。で、何を聞きたいんで……」
「この世界の事よ」
酒井さんはそう言いながら、お握りを包んであるアルミホイルを剥がす。
「ここはアンタの住んでた世界なの?」
「ん~……それがですねぇ……多分、違うと思うんですよ。いえ、多分じゃなくて、間違いなく俺の住んでた世界じゃありませんね」
「そうなの?」
「そうなんか?」
「そうなんです。なんちゅうか、魔力の濃さが違うんですよねぇ」
「じゃあ、もしかして……ここは人間の世界?実は場所を転移しただけとか?」
「いえ、人間界じゃないです。人間界より魔力は濃いです。けど、俺の世界ほどでは……」
「気のせいとちゃうんか?」
飯を食べ終え、毛繕いを始めてる黒兵衛が言った。
「久し振りに戻って来たから、そう感じるとちゃうんか?」
「その場合だったら、逆に魔力が濃過ぎると感じるんじゃね?例えて言うなら、他所の家の薄味に慣れて来た頃に、自分の家へ戻った時の味の濃さにビックリしたっちゅうか……」
「あ~……長期入院した後でファストフードを食った感じやな。もしくはム所帰り」
「それは良く分からんけど、この世界の魔力をそれほど濃いと感じないからねぇ。確かに人間界よりは濃いんだけどさぁ」
「じゃ、ここは全く知らない別世界って事ね」
「ま、そうなりますね。ここは未知の異世界ですね」
と言うか、俺の世界、そして人間界以外にも更に別世界が存在していたと言う事実に、僕チンは驚きを隠せないよ。
世界と言うのは、一体幾つぐらいあるのじゃろうか……
「それはそれで困ったわね」
「ですねぇ」
何しろ情報が全く無いと言うのが実に致命的だ。
この世界がどう言う世界なのかサッパリ分からんと言うのは、行動に制限を伴なってしまう。
人間界では何気ない事でも、この世界では重犯罪とかだったら目も当てられん。
そもそもこの世界に文明は?文化レベルは?それに住んでいる種族は?
今この時、世界中を巻き込んだ大戦争が勃発中と言う可能性もある。
「摩耶さん達の行方を捜すのが最優先ですが、先ずは様々な情報が欲しいですね」
「そうね。取り敢えず詳細な地図とかが欲しいわ」
「ん~……そこまで文明が発展しているかどうか分かりませんぞ。詳しい地図って、それなりに高度な知識とかが必要ですし……」
「動物しか住んでないって可能性もあるで」
「いや、黒兵衛、この場所を見ろよ。どう見ても人工的な建造物だぞ?多少なりとも文明は……いや、古代遺跡って可能性もあるか」
「ともかく行動を起こしましょ」
そう言って酒井さんが万歳のポーズを取る。
俺は彼女を担ぎ、肩に乗せ、もう片方の肩に黒兵衛を乗せる。
「ん~……それじゃ、先ずはここを出ないと。取り敢えず進みましょうか?ま、進むしか選択肢が無いんですけど」
「そうね」
「しかし摩耶さん達は何処へ転移したのやら。今の所は無事そうだけど……食料と水と寝る場所さえ確保できれば、どうにか生きては行けると思うんですがねぇ」
砂漠とか極寒の地とか、過酷な場所でなければ良いのだが……
「芹沢が付いているから何とかなるわよ。ちょっと心配だけど……ま、これも良い経験よね」
「そうなんで?確かに博士は知識は豊富そうですが……大丈夫なんですかね?」
あの人、肝心な所で何か余計な事をしでかしそうな予感がするんだよなぁ。
いや、確かに出来る人で、心の師匠ではあるんだけど……いまいち信用が……
「その辺は大丈夫。摩耶は沙紅耶の娘ですもの。何かあれば芹沢は命懸けで守るわよ」
「沙紅耶さんて摩耶さんの母君ですよね?そう言えば前に、博士とは昔からの知り合いだとか聞いた覚えが……」
「そうよ。学生時代からの知り合い。何となく分かるでしょ?魔法に造詣の深い若い男と才能ある若い魔女が出会って……ま、芹沢の一方通行な想いだったんだけどね。沙紅耶はその辺、疎かったから」
「ほへぇ……あの博士にそんな青春ロマンティックな思い出が」
それはそれで、いつか詳しく聞きたいぞ。
「そう言うこと。だから余程最悪な状況じゃない限り、摩耶の身は大丈夫だと思うわ。アンタもさっき、それほど危険じゃないって言ってたしね」
「ま、そうですね。ただ、危険と言っても色々ありますからね。純粋に敵性生物だけなら何とかなると思うんですけど、未知の病気も怖いですし……何より、精神的に大丈夫かなと」
ホームシックを拗らせると酷い鬱になったりするし……その辺がちと心配だ。
「ん~……摩耶はああ見えて、結構神経は太いから大丈夫じゃない。むしろそう言う意味では、芹沢の方が心配よ」
「博士ですか?むっちゃノリノリな感じでしたけど……期待と興奮で瞳もキラキラしていたし」
「女より男の方が、その辺は繊細だったりするのよ。そう言うシングはどうなの?アンタ、私達の世界に来た時はどーだったのよ?」
「ここは天国かと思いました」
何しろ飯は美味いし娯楽も多いし、毎日が楽しくてしょうがないよ。
「あ、あらそう」
「ってか、自分個人の特殊能力……固有アビリティで、順応とサバイバルって奴を持ってるんですよ。だからどんな環境にも慣れるのが早いんです。何処でも住めば都って奴で……って、ん?んん?」
「どうしたのシング?」
「ん~……黒兵衛」
「ワテも感じた」
肩に乗ってる黒猫が、耳とヒゲを小刻みに動かす。
「や、僅かですけど、この先に移動物体を感知。あと、魔力反応も」
「魔法を使う何者かがいるってこと?」
「ですね。動物の類じゃなく、知的生命体の感覚ですね。取り敢えず進んでみましょう」




