「始まりの出会い」
アスカが走るのをやめたとき、レレノはようやく顔を上げた。
さっきまで目の前にいた黒い怪物。その姿はもうどこにもない。代わりにいるのは、自分とそれほど変わらない年頃の少年だった。
けれど、レレノの心から恐怖が消えたわけではなかった。
「……どうして、私を助けたの?」
アスカはレレノを見た。
「目の前で襲われてたから」
「それだけ……?」
「それだけだよ」
あまりにもあっさりした返事だった。
レレノは言葉を失った。
両親を殺した六人は、街を滅ぼした。そんな相手に立ち向かい、二人を倒した化け物。あの姿を見れば、普通なら恐ろしいと思うはずだ。
それなのに、この少年はまるで何でもないことのように話している。
「あなた、本当に人間なの?」
「さっきも言っただろ。俺は人間だよ。化け物になれるだけだ」
「……化け物になれるだけって、そんな簡単に言わないでよ」
レレノの声が少し強くなった。
自分でも、なぜそんな言い方をしたのかわからなかった。
怖かったのかもしれない。目の前の少年が何者なのか、まるで理解できなかったから。
それとも、両親を失ったばかりなのに、彼がいつもどおりに話しているように見えたからだろうか。
アスカはレレノを責めなかった。
「……そっか」
短く答え、それ以上は何も言わなかった。
沈黙が流れた。
レレノはうつむいた。両親の顔が頭に浮かぶ。もう二度と会えない。その事実を考えるだけで、胸が苦しくなった。
「……私、これからどうすればいいの?」
小さな声だった。
誰かに答えを求めたところで、どうにもならない。そんなことはレレノ自身が一番よくわかっていた。
それでも、聞かずにはいられなかった。
アスカはすぐには答えなかった。
「これからのことは、これから考えればいいだろ」
「そんなの……」
「今すぐ全部決める必要なんてない。生きてれば、どうにかなることもある」
レレノは顔を上げた。
その言葉を、素直に信じることはできなかった。
街は滅ぼされた。両親も殺された。敵は日本全土を滅ぼすつもりだという。
どうにかなる。
そんな簡単な話ではない。
それでも――。
ほんの少しだけ、胸の奥に残っていた絶望が揺らいだ。
「……あなたの名前は?」
「プロスト・アスカ」
「アスカ……」
レレノはその名前を繰り返した。
「私はレレノ」
「レレノか」
アスカはうなずいた。
二人は、まだ互いのことをほとんど知らない。
アスカがどんな人間なのか。どうしてあのような怪物になれるのか。レレノがこれから何を望むのか。
何もわからない。
それでも、二人が出会ったという事実だけは変わらなかった。
やがてレレノは、ゆっくりと立ち上がった。
「……私、あいつらを許せない」
声には、まだ震えが残っていた。
「お父さんとお母さんを殺したことも、この街を滅ぼしたことも……絶対に許せない」
アスカは黙って聞いていた。
「でも、私一人じゃ何もできない。さっきだって、あなたがいなかったら……」
そこまで言うと、レレノは唇をかんだ。
悔しかった。
何もできなかった自分が。目の前で両親を失い、ただ立ち尽くすことしかできなかった自分が。
「だから……」
レレノはアスカを見た。
「あなたは、これからどうするの?」
アスカは前を向いた。
「決まってるだろ」
その声には、迷いがなかった。
「あいつらを止める」
街を滅ぼした六人。日本全土を滅ぼすと口にした敵。
まだ何も終わっていない。
レレノはアスカの横顔を見つめた。
この少年なら、何かを変えられるのかもしれない。
そんな考えが、ほんの一瞬だけ頭をよぎった。
「……私も行く」
アスカが振り返る。
「危ないぞ」
「わかってる。でも、何もしないまま逃げ続けるのは嫌なの」
レレノの足は震えていた。それでも、彼女は目をそらさなかった。
アスカは少しだけ考えたあと、答えた。
「……わかった」
こうして、二人は一緒に歩き始めた。
まだ目的地も、これから何が起きるのかもわからない。
出会ったばかりの二人に、強い絆があったわけでもない。
それでも、一人では踏み出せなかった一歩を、二人なら踏み出せた。
それが、すべての始まりだった。
プロスト・アスカとレレノ。
二人の小さな冒険が、今、始まった。
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