気になる点
沼津において、鷹の餌場という名目で下北・鹿角の利権まで勝ち取った津軽為信。しかし、天下人を騙しおおせた勝利の余韻に浸る彼らの前に、新たなる暗雲が立ち込めていました。
「殿、のんびり白鷹に肉を食わせている場合ではございませぬ!」
豊臣秀吉が本陣を構える石垣山から少し離れた仮宿に、沼田祐光が血相を変えて飛び込んできた。
「南部信直が五大老の筆頭格・前田利家をまた動かした模様にございます! 利家を通じて、『津軽の言い分はあまりに不当、惣無事令の精神に反する。』と、関白殿下へ猛烈な巻き返しを図り始めておりますぞ!」
為信は左腕の白鷹を据えたまま、漆黒の髭をなぞって目を細めた。
「ふん……前田の犬千代か。あの生真面目な槍の又左を抱き込むとは、南部も必死だな。秀吉公がいくら俺を気に入ったとはいえ、豊臣政権の重鎮たちから次々と『待った』をかけられれば、あの移り気な天下人の事。いつ決定が覆るか分からん。」
「左様! 今後、南部が他の有力大名に陳情を繰り返せば、我が津軽の朱印状はただの紙屑に戻りかねません。……治部少輔様も、さすがにこれ以上の露骨な肩入れは、政権内での立場を危うくすると苦慮されておりました。」
万策尽きたかと思われたその時、為信は不敵に、どこかぬけぬけとした笑みを浮かべた。
「祐光。危機は好機よ。 今、この小田原の地には、国中のありとあらゆる大名が揃っている。南部が動くなら、俺はさらにその『上』を行く巨頭を味方に引き込むまでよ。」
「……上、と仰いますと? 殿下以上の者など……。」
「おるではないか。豊臣の懐刀たる三成が、最もその動向を警戒し、恐れている男が。」
為信が口にしたその名に、祐光は息を呑んだ。
「まさか……徳川家康公でございますか!?」
「そうだ。あの東海を統べる狸よ。豊臣政権において秀吉公に次ぐ実力者でありながら、常に次の時代を見据えている男。あの大狸の太鼓判さえあれば、前田が騒ごうが南部が泣きつこうが、誰も殿下の決定を覆せなくなる。」
しかし、戦国屈指の知略家であり、慎重に物事を進める徳川家康。一介の北国の新興大名が「鷹が、鰊が」と持ちかけたところで、まともに取り合うはずがない。下手をすれば「豊臣の法を乱す不届き者」として、秀吉への点数稼ぎに突き出される危険すらあった。
「……殿、家康公にどのような『大嘘』を仕掛けるおつもりで?」
祐光が恐る恐る尋ねると、為信は白鷹の目隠しをそっと撫でながら、楽しげに呟いた。
「家康に芝居を打っても無駄だ。全て見抜かれるに決まっておる。」
「しかしそれでは!」
「まぁ見ておれ。」




