参陣
秀吉から朱印状を勝ち取り、勝利の美酒に酔う間もなく、津軽為信の元に衝撃の報せが届きました。激怒した南部信直が猛烈な巻き返しを図り、豊臣政権内で「津軽の領有権を再考すべき」との声が上がり始めたのです。
これを危惧した石田三成が、為信に極秘の策を授けます。
「南部の軍勢が小田原に到着するより前に、関白殿下の本陣へ直行し、既成事実を固めるべし。」
為信は三成の手引きによって、秀吉が小田原攻めの途上で滞在していた東海道の要衝、沼津での緊急謁見を取り付けることに成功。しかし、当日になって、更なる難題が浮き彫りとなります。
沼津の本陣、その控室にて。
為信は、急ぎ駆けつけてくれた石田三成の胸元を掴まんばかりの勢いで問い詰めていた。
「治部少輔様、話が違いますぞ! 今日の謁見、関白殿下お一人ではなかったのですか!?」
三成は真面目な顔のまま、為信の手を静かに退けた。
「落ち着かれよ、為信殿。殿下の御前に、副将の豊臣秀次様、そして織田信雄様が同席される事になった。急な予定変更だ。」
横で聞いていた沼田祐光が、青ざめた顔で声を上げる。
「何と言う事だ……。織田信雄様といえば、あの織田信長公の御次男。誇り高き、我らの如き北国の新興大名を『田舎の骨肉の争い』と一蹴しかねんお方。秀次様も関白殿下の後継者として、お身内贔屓が激しいと聞く。御三方が揃って南部を支持すれば、我が津軽の命運は尽きます!」
為信は漆黒の髭をギリリと噛んだ。
「治部少輔様、何か、何かこの三者の心を一網打尽にできる良い策は無いか!?」
三成はふっと口元を緩め、懐から一本の精巧な笛を取り出した。
「為信殿。この三者には、立場や性格こそ違えど、共通して『狂うほどに愛している物』がある」
「……まさか」
「そうだ。鷹狩よ。殿下はもちろん、秀次様も若き身ながら鷹に並々ならぬ執着をお持ちだ。そして織田信雄様に至っては、父・信長公に勝るとも劣らない、日ノ本一の鷹狂いとして知られておる。」
三成は為信の目を真っ直ぐに見据えた。
「今回は大坂城のようなド派手な舞台は作れぬ。なれば、この沼津の地で、三者の『鷹狩への拘り』を刺激するのだ」
――そして、謁見の刻が訪れた。
沼津本陣の大広間。
中央に豊臣秀吉、その右隣に若々しくも威厳をまとう豊臣秀次、そして左隣には、いかにも名門の出といった風貌で退屈そうに扇子を弄ぶ織田信雄が並んでいた。
「津軽右京亮為信、平伏して御挨拶申し上げます!」
為信が頭を下げると、まず織田信雄が冷ややかに声を放った。
「面を上げよ、津軽。小田原の戦の最中に、わざわざ沼津まで押し通るとは。南部との領地争いの弁明か? 殿下もお優しい事よ、このような田舎の諍いに時間を割かれるとはな。」
棘のある言葉に、広間の空気が凍りつく。しかし、為信は顔を上げると、堂々とした口調で言い放った。
「信雄様、お言葉ながら、弁明などという退屈な話をしに来たのではございませぬ。実は……ここ沼津の空の風を読みましたところ、織田家に伝わる『信長公の鷹法』を試すには、これ以上ない絶好の機会かと存じ、参上いたしました。」
「……何だと?」
信雄の扇子が止まる。
「父上の、鷹法だと?」
「はっ。我が津軽の白鷹は、ただ美しく舞うだけではございませぬ。かつて織田信長公が尾張の荒野で編み出されたとされる、風を切り裂き、獲物の退路を完全に断つ『一文字の据え』。これを完全に再現できるよう、仕込んで参りました」
この一言に、信雄の目が見開く。信雄にとって、偉大な父・信長が愛した鷹狩の技を褒められ、それを田舎の大名が再現すると言われては、黙っていられるはずがなかった。
「面白い事を言う。秀次、お前はどう思う?」
秀吉が楽しげに、隣の甥に話を振る。
秀次は身を乗り出し、鋭い眼光を為信に向けた。
「津軽殿。一文字の据えは、鷹の羽を傷めぬよう、風の抵抗を極限まで計算せねば成し得ぬ至高の技。言葉だけであれば、この秀次、騙されませぬぞ。我が愛鷹とどちらが鋭く空を掴むか、試してみたくなった」
「秀次様、受けて立ちましょう! 我が白鷹の爪は、厳冬の荒波をも引き裂く鋭さ。若き名将たる秀次様の御眼に、必ずや敵うものと確信しております!」
為信の力強い言葉に、秀次は「ほう……!」と満足げに頷いた。
広間の空気が、政治の場から、完全に「最高峰の鷹狂いたちのサロン」へと変貌していく。
秀吉は、自分の愛する鷹狩の話題で、息子同然の秀次と、気難しい信雄の二人がこれほど盛り上がっている姿を見て、嬉しくてたまらない様子で大笑いした。
「ハハハハハ! 良いぞ、良いぞ! 信雄も秀次も、すっかり津軽の術中に嵌まったな! 治部、この沼津の陣が終わったら、すぐに全員で鷹狩の宴を催すぞ。為信、お前の白鷹、存分に見せてもらおうではないか!」
「ははっ! ありがたき幸せに存じます!」
為信が深く頭を下げると、傍らに控える石田三成が、これ以上ないドヤ顔で小さく頷いてみせた。




