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もし津軽為信が豊臣秀吉から南部征伐の許可を取り付けるため上洛を目指したら  作者: 俣彦『短編ぼくのまち』


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3/8

披露

 大坂城。

 五月晴れの高い空の下、絢爛豪華な天幕が張られ、金色の陣羽織を羽織った関白・豊臣秀吉が、うたた寝でもしそうな退屈顔で床几に腰掛けていた。

「治部、陸奥の田舎大名が目通りしたいと言うから時間を空けたが……。どうせ持ってくるのは、錆びた刀か、干からびた鮭の干物か、面白みのない黄金の塊であろう?」

秀吉の言葉に、周囲の小姓たちが声を押さえ静かに笑う。しかし、その傍らに控える石田三成は、不敵な笑みを崩さなかった。

「殿下、どうぞご期待くだされ。津軽右京亮為信、ただいま参上であります!」

三成が声を張り上げると同時に、馬場の向こうから、奇妙な格好をした一団が粛々と進み出てきた。

先頭を行くのは、沼田祐光をはじめとする津軽の家臣たち。彼らはみな、純白の衣装を身にまとい、手には真っ白な御幣を持っている。まるで雪の精霊が這い出てきたかのような異様な光景に、秀吉が反応。

「ほう……? 何だ、あの白づくめは。葬式でもあるまいし。」

「殿下、あれは津軽の『雪』を模した演出にございます。そして、その後ろを!」

三成が指差した先。一際大きな白馬にまたがり、漆黒の甲冑をまとった津軽為信が悠然と姿を現した。その左腕には、目の粗い頑丈な麻布が何重にも巻かれ、その上に巨大な鳥が据えられていた。

「……! あれは……白鷹か!?」

鷹狩をこよなく愛する秀吉の身体が、思わず床几から浮き上がった。

為信が据えていたのは、ただの鷹ではなかった。陸奥の峻厳な雪山で育ち、混じり気のない純白の羽毛をまとった、大坂では絶対にお目にかかれない伝説の巨鷹。しかも、その頭部には、秀吉の好む金糸で編まれた豪奢な「目隠し」が被せられていた。

馬から降りた為信は、秀吉の前でがっしりと平伏した。

「津軽右京亮為信にございます! 殿下の天下統一の御祝いに、我が津軽の命そのものである『白き神の使い』を献上しに参りました!」

「面白い! 為信とやら、その鷹、いまここで飛ばしてみせよ!」

好奇心を抑えきれない秀吉が叫ぶ。これこそが、三成と為信が夜通し練り上げた「仕掛け」の本番であった。

「ははっ。殿下、どうかあの青空を仰ぎご覧くだされ!」

為信が叫ぶと同時に、祐光たちが一斉に太鼓を激しく打ち鳴らした。地響きのような音が鳴り響く。

為信は左腕の鷹の頭巾をむしり取ると、一気に大空へ向けて突き上げた。

「往けい!」

鋭い鳴き声とともに、白鷹が大坂城の空へと飛び立った。その瞬間、秀吉や周囲の大名たちから「おおおっ!」と地鳴りのような歓声が上がる。

白鷹は、ただ飛んだのではなかった。その両足には、三成が事前に用意させた五色の鮮やかな長紐が結び付けられていたのだ。

青空を背景に、純白の巨躯が、赤、黄、青、白、紫の五色の帯をなびかせながら、一条の虹のように急上昇していく。大坂城の天守閣をも超える高さまで上り詰めた白鷹は、まるで天下を睥睨するかのように大きく旋回。

「見事だ……! 何という美しさ、何という力強さじゃ!」

秀吉は子供のように目を輝かせ、天を仰いで拍手喝采した。

「これだけではございませぬ、殿下! 戻れ、白神!」

為信が口に当てた笛を鋭く吹く。

すると、遥か上空で旋回していた白鷹は、急激に反転。五色の帯をきらめかせながら、弾丸のような速度で秀吉のほうへと急降下してきた。

周囲の旗本たちが「殿下をお守りせよ!」と刀に手をかけたが、秀吉はそれを手で制した。

白鷹は、秀吉の目の前、わずか数歩手前で大きな羽を広げて風をはらみ、為信の差し出した左腕の上へと静かに着地した。その足元の五色の紐が、まるで秀吉への献上物の長紐を解くかのように、綺麗に為信の足元へとしだれた。

場内は静まり返り、次の瞬間、秀吉の豪快な大笑いが響き渡った。

「ハハハハハ! 痛快、痛快じゃ! 為信、お前はただの田舎大名ではないな。この秀吉の心をこれほど躍らせたのは、久方ぶりじゃ!」

秀吉は床几から転げ落ちんばかりに身を乗り出し、為信を指差した。

「治部! すぐに朱印状を用意せよ! 津軽右京亮の奮闘、誠に天晴れである。南部が何と言おうと、あの津軽の地は、本日ただいまを以てこの為信のものと認める!」

「ははっ! 畏まりました!」

三成が、誰よりも嬉しそうに、そしてこれ以上ない大真面目な顔で頭を下げた。

平伏する為信の隣で、沼田祐光は、あまりの劇的な大成功に涙を流さんばかりに震えていた。為信は頭を下げたまま、心の中で、あの蝦夷地の荒涼とした浜辺を思い出していた。

(冬の荒海に流され、『鰊を買いに来た』と大嘘をぶっこいてから4年……。まさか、鷹の紐一本で天下人の心を釣るとはな。)

為信の顔には、やはりあの、ぬけぬけとした不敵な笑みが浮かんでいた。

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