兄とクリストフの関係
エマがクリストフをデートに誘いに来たときの、エマの兄とクリストフのやり取りを単話としてまとめました☆
兄の名前が初登場です(笑)
その日は僕にしては珍しく、仕事もつつがなく終了し、元々予定していた午後の休みのために、さっさとここを離れて家に帰ろうとしていたところだった。
荷物をまとめ、迎えの馬車が来ているかを確認しようとしたところ、部屋の扉が叩かれた。
「はい?」
「どうも。悪いな、午後休みのところ」
「なんだ、お前か…びっくりした。また面倒くさい仕事が降ってきたのかと思った」
遠慮なく開けられた扉の前には、僕の婚約者の兄であるノードが立っていた。
「おい、まだなんにも言ってないのに部屋に入るなって」
「お前にとっての緊急事態だよ。しかも、多分あんまり他の人に聞かれないほうがいい」
「はぁ?なんだそれ」
ノードはそう言いながら、執務室に遠慮なく入って来るやいなや、室内にある応接用のソファーにどかっと座り込んだ。
「…なにか飲む?」
「いらないいらない、急ぎだし。…用件だけ単刀直入に言う、エマがお前をデートに誘いに来た」
「…えっ、エマが?」
エマというのは、この男──ノードの妹であり、僕の婚約者でもあるエマ・グレゴリオのことだ。
エマとの出会いは彼女が生まれた頃まで遡る。
僕とノードの父親同士が古くからの友人で、その関係もあって、僕らも幼馴染のように育ってきた。
そんな中、ノードの妹として、エマが誕生した。
最初の頃は、赤ちゃんを見るのが初めてだった僕にとって、ふにゃふにゃしているだけの赤子は、得体のしれない小さな生き物だと思っていた。
けれど、成長するにつれて、エマは彼女の母親に似て美しく育ち、活発な性格なのに、頭も良くて、つまるところ、聡明で素敵な女性に成長した。
僕の名前を呼びながら、小さい足で必死に追いかけてくる彼女がかわいくて。…このふてぶてしい男と、なぜ血縁の関係があるのだろうと何度思ったことだろうか。
そして僕は、エマを他の男に取られたくない一心で、彼女の父親である侯爵に頼み込み、エマとの婚約にこぎつけた。
ちなみに、その時もこいつは
『エマなんて子供のどこが好きなんだ?なんかそういう趣味なのか?お前は』
とかふざけたことを言ってきたせいで、大喧嘩になったのを覚えている。
そんなエマが、僕に、デートのお誘いをしに来た。
これがなぜ緊急事態なのか。
それは、僕らの関係性にある。
婚約を申し込んだときにノードと喧嘩をした際、さすがに僕も、彼女が小さいのに未来を縛り付けるのは良くないのではないかと、こいつの考えに一理あると思った。
だから、彼女にはまだ、婚約の話を伝えていないのだ。
そして、こいつの話のよると、エマとエマの父親とのすれ違いによって、彼女は明日、僕ではない見知らぬ男と婚約をすると思い込んでいるらしい。
「エマは、僕が婚約相手だって気付いたってこと?」
「いや、気付いてない。明日、どこぞの知らない男と婚約するから、今日最後に大好きなクリストフ様とデートして一生の思い出にする!!って意気込んでた」
「反応に困るな…」
かわいい。可愛いけど複雑だ。
婚約するの僕だし。
婚約のことを、エマにだけ秘密にしているみたいなのも正直嫌だ。
…元をたどると、僕のせいではあるけれど。
「…まぁ、どうせ今日は、エマと住む家に飾る絵画を買いにいく予定だったしな」
小さくため息を吐いて、ラックにかけていたコートを手に取る。
「せっかくのお誘いだから、デートはぜひエスコートさせてもらおうかな」
「じゃあそのままうちの馬車の方に向かってくれ、エマが乗ってるから」
「ノードはどうするんだよ」
「そっちの馬車に乗って家に帰る。適当なタイミングで迎えに行くように伝えておくから任せろ」
「人の家の馬車を勝手に自分のもののように使うな」
呆れた顔をした僕に、こいつはまたニヤニヤとした顔を向けてきた。
「でもお前、エマとデートできるって内心嬉しいだろ?俺のおかげ──っうわ!バカ、危な!クッション投げるな!」
「断じてお前のおかげではない。くそ、エマの兄じゃなかったら、絶対に縁を切ってたのに…」
投げたクッションを拾いながら、精一杯の呆れた顔を向ける。
「それは良かった。俺はクリスのこと結構好きだからな。エマの兄であることに初めて感謝したよ」
「おい、気持ち悪いことを言うな。お前に好きとか言われても嬉しくない」
「俺も自分で言っていてなんだが、ちょっと寒気がした」
思わず二人で顔を合わせて呆れ笑いをする。
本当にどこが兄弟なんだ。
似てなさすぎるだろう、主に性格が。
そんなことを考えながら、可愛い婚約者の夢を叶えるために、エマの馬車へと足を進めた。
…できることなら、今日こそ、本当の事を伝えるために。




