6.婚約者様とご対面
「…さま、お嬢様……エマお嬢様!起きてください、もう準備をしないと、婚約者様がいらっしゃいますよ!」
「……っ、ねぇマリーお願い。お父様にお願いして、延期にしてもらってきて」
「流石に遅いです、間に合いません。…というかお嬢様!目が腫れすぎています!もう〜」
朝から元気に気心のしれた様子で文句を言いながら、私の目元に冷えたタオルと温かいタオルを交互に当てて、テキパキと準備を進めていくマリー。
長年私の専属侍女を努めているだけあって、私の扱いも百点満点と言ったところだった。
…一方の私はというと、あんなにも、
『婚約したら、しっかりと婚約者の方を愛するから!』
と意気込んでいたにも関わらず、何一つ気持ちに折り合いがつかないまま、今日を迎えてしまったのであった。
(クリストフ様とも、意味のわからない別れ方をしてしまって、本当に最悪だわ)
本当に、もう、何もかも最悪なのである。
目も腫れているし、昨夜泣き腫らした顔もひどい。
今日が18歳の誕生日なんて、夢であってほしいレベルだ。
できることならもう一度0歳に戻り、すべてをやり直した。
そんな戯言を考えながら、無言の抵抗を続けていたものの、マリーは我感せず、といった様子でテキパキと準備を勧めていく。
本当に流石にである。
私がここからどれだけ抵抗しても、マリーの次には、お兄様、お父様、最後にはお母様が私を引っ張って行くのだろう。
折り合いのつかない心でウジウジと考え事をしていたら、気づけば腫れた目元も落ち着き、いつの間にかほぼいつも通りの私が完成していた。
「あんなに目が晴れてたのに、マリーの手技は素晴らしいわね…」
「ありがとうございます。ではお嬢様。もう応接室に婚約者の方がお見えになってるそうなので、すぐに向かいますよ」
「…マリー、私の代わりに出てみない?」
「お嬢様…」
じっとマリーを見つめても、彼女にはこんな技は通用しない。
呆れた顔で扉を開けながら、私を部屋の入り口へ促した。
「もう覚悟を決めてください。昨日、デートをしてすべてを忘れて新しい私になる!って意気込んでたじゃないですか」
「無理だったの。わかるでしょ?」
「それはまぁ…。同じ女性として、お嬢様の気持ちはわかりますが…。でも、もう相手の方来られてるみたいですので、早く行かないと当主様が、」
「エマ!早く来なさい!もうお客様がいらっしゃってるぞ!」
「最悪だわ…」
お父様が私を呼ぶ声が聞こえる。
行くんじゃなかった。デートなんて。
クリストフ様以上の男性なんていない。
でも、そのクリストフ様ももう結婚されるのだ。
それでも、その光景を見てしまった今でも、昨日の今日で気持ちを切り替えられるほど、私は大人でもなく、さっぱりした性格でもなかったようだ。
───それでも、すべてを受け入れるしかない。
政略的な色が強いといえども、お父様が私のことを考えながら探してくれた相手だ。
きっと、変な方ではないと思う。
穏やかな笑い声が漏れでている応接室の扉前に立ち、覚悟を決めて、一つ、大きな深呼吸をした。
目を閉じ、下を向いたままではあったが、扉を開ける。
大丈夫、そう自分に言い聞かせて。
「お待たせして申し訳ありません。エマ・グレゴリオと申します」
そうして顔を上げた瞬間だった。
「…昨日ぶりだね、エマ」
「…え、」
聞き間違えるはずがない。
昨日、そして、それよりも前から何度も聞いた、大好きな人の声がした。
「え!?な、え、え!?」
思わず目を見開き、上から下まで何度も視線を動かす。
「はは。可愛い顔が、すごい顔になっちゃってるよ」
「やだ、見ないでください…!じゃなくて、な、なんでクリストフ様がここに…」
そこには、いつもと変わらずかっこいいけれど、どこか少し気まずそうな顔をした、クリストフ様がいた。




