5.デートの終わりと涙の思い出
帰りの馬車。
勝手に気まずい気持ちを抱えている私は、窓の外をずっと眺めていた。
クリストフ様も何かを感じ取っているのだろう。何かを言いたげにこちらを見ているようだったけれど、そのまま窓の方を向いたようだった。
カタカタと石畳を進む音だけが私達の間に流れる。
やがて、あっという間に見慣れた道へと視界が移り変わった。
「エマ?…やっぱり、元気ない気がするんだけど、何かあった?」
「えっ」
慌てて視線を車内の、クリストフ様の方へ移す。
「いえ、そんなことないです!…今日が終わるのが寂しくて、ちょっと考え事をしていただけで」
「それならいいけど…今日は、楽しかった?」
「はい!」
精一杯の笑顔で答える。それは本当だ。
一生憧れだけで終わる予定だったクリストフ様を独り占めして、デートができた。
夢のような時間だった。
「クリストフ様、改めてありがとうございました。お忙しいのに、当日のお誘いについてきてくださって」
「ううん、僕もいい気分転換になったからね。エマの良い思い出になったなら良かった」
穏やかに笑うクリストフ様と、二人で笑い合う。
その後は、私もクリストフ様も、なんとなく話し始めることもなく、馬車は静かなまま、あっという間に我が家へと到着した。
「…ついたみたいだね」
「…で、すね。」
ここを出たら、私は明日、誰かの婚約者となる。
ここを開けると、今日が終わってしまう。
彼も、誰かと結婚する。
もうきっと、このように二人で過ごせることは無いのだろう。
覚悟が決まらずドアの取っ手にかけたままだった手を、動かそうとしたその時だった。
「…エマ、ごめん。少しだけ時間もらえない?話したいことがあって」
「え?」
クリストフ様がそう言い、私の手を静止しようと立ち上がった瞬間。
二人の間に、コロン、と何かが転がった。
「…ん?これ、」
二人で同時に視線を落とすと、そこには、少し崩れたラッピングが施された袋があった。
「あ!あの、これは、」
見られた。
しかも、なんとも間の悪いことなのか。
無理やり隠していたからか、落ちた衝撃か、包装が少し破れてしまっており、中から、キラキラと輝くイヤリングとカフスが覗いていた。
「イヤリングとカフス?」
クリストフ様が、傷つかないようにゆっくりと拾い上げる。
「それに、この色って…」
「ちが、違うんです!」
「え?」
「えっと、あの、これ、プレゼントとかではなくて!あの、可愛いなって思ったイヤリングにカフスが付いてたんですけど、あの、」
焦って言葉が出てこない。
ただ、自分が気に入ったイヤリングを買っただけと、そう言えばいいのに。
うまく口から言葉が紡がれない。
「エマ、待って、落ち着いて少し話を」
焦る私を静止しようとクリストフ様が声をかける。
「あの、クリストフ様って、恋人がいらっしゃるんですよね…!?」
「…は!?待ってエマ、なんの話を」
「せっかくカフスもセットで貰ったのでクリストフ様にあげようと思ってたんですが!恋人のいる男性に渡す訳にはいかないと思いまして!」
「エマ、まって、お願い、話を」
「でも、私がこれを持っていても仕方ないので。クリストフ様、このイヤリングは恋人様にプレゼントして、お二人で使ってください。では、今日はありがとうございました!」
「ちょ、エマ!?待って──」
ほぼ言い逃げの形で、勢い良く馬車の扉を開け、ほとんど転げ落ちるように馬車を降りた。
「エマ!」
クリストフ様も降りようとしているのが見えたため、微力な腕で扉を抑え、勝手がすぎると思ったものの、公爵家の御者に、早く馬車を出すように叫びながら伝え、屋敷に逃げるように駆け込んだ。
戻った我が家には、お兄様だけがいた。
「あぁ、帰ってきたのか。どうだった?楽しかったか?」
「……ふっ」
「あれ、クリスは?もう帰ったのか?」
「うっ…うぅ…」
「え、泣いてる…?」
「お、お兄様のバカぁ!」
「は!?って、なんでそんな、おい、泣きすぎ、泣きすぎだろ!」
なんの涙なのか自分でもわからない。
「ちょ、誰か来てくれ!」
慌てた兄の声を聞きながら、私は子供のようにワンワンと泣き続け、そのままぐっすりと眠りについてしまったのだった──。




