3.画廊デートとクリストフ様
あっという間に王都についた馬車は、私達を下ろすと足早に去っていった。
用が済んだらクリストフ様のお家の馬車が迎えに来てくれるそうだ。
「さて、エマ。どんなデートがしたい?」
横に立ち、しれっと手を取りエスコートをしたクリストフ様が私の顔を覗き込む。
「どこか行きたいところはあるの?今日は君の希望を全部叶えるよ」
「えっ、えーっと、えっと…」
(どうしよう、デートに来た後のことを全く考えてなかったわ…!)
正直断られると思っていたのだ。
勢いだけにもほどがある。いつの日かに言われた兄の言葉を思い出し、少しだけ反省した。
「申し訳ありません、クリストフ様…」
「ん?」
「私、デートなんてしたこともなくて…。その、行きたいところもぱっと思い浮かばないようです」
その言葉に少し驚いた様子をみせたクリストフ様だったが、その後すぐに何かを考えるかのように顔に手を当て黙り込んでしまった。
やはり今からでも帰ったほうがいいのではないか。
忙しいクリストフ様のお休みを、こんなところで使っていただくわけにはいかない。
そう提案しようとしたときだった。
「じゃあ、僕の行きたいところについてきてもらってもいい?」
「…えっ」
「ん?だめかな?」
「ち、違います!行きます、行きたいです!」
慌てて首を横に振り、少し勢い良く答えすぎた私を見て、クリストフ様は少し笑った。
「じゃあ決まりだね」
少し歩くけど、疲れたら言ってね?
その言葉と、クリストフ様のエスコートを受けて辿り着いた場所は、王都の一角にあるどなたかの邸宅のような場所だった。
その立派な入り口と外壁に、何かの看板が掲げられていた。
「ここは…」
「画廊だね」
「画廊」
「実は、近々引っ越しの予定があってね」
「引っ越し?といいますと…」
「ちょっと色々とね」
「父も宰相の位は辞したけど、今も領地と王都を行き来しているし、母も王都の家にいるから。ちょうどいいと思って、自分用の家を買ったんだ」
「なるほど…?」
軽くお洋服を買うみたいな雰囲気で、とても規模の大きな話をされている気がする。
「そこで、家に飾る家具やらを今調達中なんだけどね」
話しながら自然の手つきで私をエスコートし、画廊の扉を開けるクリストフ様。
「その中で、壁に掛ける絵画を買いたくて。どうせならエマに選んでもらおうかなって」
「わ、私にですか?」
「うん。エマは、確か芸術面にも長けてたよね?」
「長けているかはわかりませんが…絵を見るのは好きです」
こう見えても小さい頃から絵画を見たり、舞台のお芝居を見たり、人並みにご令嬢らしいことは好きだった。
そして、クリストフ様はいつも私の見る絵や、選ぶ題材を褒めてくれていた。
「でも、クリストフ様のお家に飾る絵画を私が選んでいいんですか?」
「もちろん。エマの美的センスは僕と似通ってるしね、せっかくだしエマに選んでほしいんだ」
「なるほど…?」
「さ、時間は有限だよ。行こうか」
やや強引に押し切られた気もするが、クリストフ様に続いて私も画廊の中へ入った。
結論から言うと、クリストフ様の言葉通り、その画廊に飾られていた絵画はどれも私の好みにピッタリのものばかりだった。
どれも素敵で、クリストフ様の家に飾る絵画、ということを忘れてしまうくらいには、私の好みで選んでしまったと思う。
クリストフ様はクリストフ様で、値段も気にせず選んでほしい、エマの好みを尊重したいと私の意見をすべて肯定してくるため、結局私が折れるかたちで画廊での買い物を後にすることになった。
出かけた時間も遅かったこと、思っていたよりも画廊でのお買い物に時間がかかっていたこともあり、
少し早めの夕食をとることとなった私達は、近くのレストランへ移動することになった。
その道すがら、ふと、クリストフ様の家を買う、という発言が思い返された。
(お家を買うってことは、流石に、どなたかそういうお相手もいる…のよね?)
ご家族で引っ越す訳ではなく、あくまでクリストフ様が暮らされる家を買ったという言い方だったと思う。
もちろん公爵家にもなれば、本当に一人で暮らされるようのお家を買われたのかもしれないが、順当に考えると、婚約者や、結婚相手などの『愛しい相手』と暮らすための準備と考えるのが、妥当だろう。
今、クリストフ様にそういうお相手はいないと聞いていたが、国中のご令嬢達の嫉妬の渦から守るために秘密裏に愛を育む相手がいるのだろうか。
(もし、そうなのだとしたら…幼馴染の妹とはいえ、知らない女の選んだ絵画の飾っている家って、どうなのかしら)
私の旦那様が、自分の恋人に選んでもらった絵画を家に飾っていたら嫌かもしれない。
そんなことを考えていたからか、顔に出てしまっていたのだろう。
「エマ?」
「…えっ、」
「考え事?随分険しい顔をしてたけど」
「いえそんな!えっと…あの、絵画、買いすぎてしまったかと思って。…お兄様からクリストフ様へ返金するように伝えておこうかと」
「僕の私財だし気にしなくていいよ、そんな大した量でもなかったしね。絵、飾ったら見に来てね」
そう言って笑うクリストフ様は
──今だけは私のもの、と、錯覚するくらい素敵だった。
画廊でのデートは一般的なご令嬢はあまりしないのかもしれない。ましてや、クリストフ様がどなたかと暮らす新居に飾る絵を選ぶだなんて。
それでも私にとっての初めてのデートは、穏やかで心地よく、とても幸せな時間だった。




