2.デートに誘っていいですか?
兄と一緒に馬車に揺られながら、城へ向かうこと数十分。
たった数十分の距離が、今の私にはとても長く感じていた。
道中、クリストフ様へのお誘いの言葉を頭の中で巡らせていたが、やはりこんなに急に押しかけるのは非常識なのではないかという気持ちが湧いてくる。
非常識と思われてもいい!最後の思い出に!という気持ちでもあったが、それはそれとてクリストフ様の気持ちを全く考慮していなかった。
断られたらどうしよう…そんなことが頭をよぎり、城に着く頃には、私はたいへん怖気づいてしまっていたのだった。
「…待ってお兄様。私、やっぱりやめる」
「はぁ!?お前は兄を振り回して何がしたいんだ」
「だって、クリストフ様はお兄様と違って忙しい方だもの!こんな急なお願いなんて、最後の最後での印象が、『非常識な女』になってしまうわ。それも覚悟の上だったけど、やっぱり嫌だもの!」
「……」
呆れた顔で私を見つめ、深いため息をついた兄は、
私を無視して一人無言で馬車を降りていってしまった。
「…えっ、お兄様?え、え、ちょ、え?」
声をかけても返事がない。
御者もオロオロした様子で、私達は馬車乗り場で待ちぼうけることになった。
それから何分経っただろうか。
一向に戻ってこない兄に、
(もしかしてとんでもなく怒っているのでは…?)
と、当たり前の思考がよぎる。
さすがに探しに行こうと思い、と馬車を降りようとした瞬間──
ガタン。
馬車の扉が開かれた。
「お兄様、勝手にどこに行かれてたんですか!?やっぱりクリストフ様に会うのはやめる、って…」
「え、やめちゃうの?せっかく来たのに?」
「…え?」
兄と比べて優しくて少しテノールな声。
びっくりして反射的に顔を上げると、そこには、いつもと同じく優しげな笑顔を浮かべたクリストフ様がいた。
「ク、クリストフ様!?」
「うん。久しぶりだね、エマ」
「お、お久しぶりで…え?うそ、どうなってるの。え?お兄様は、あれ、もしかしてこれは、お兄様がお返事した?」
「正真正銘のクリストフだね。君の兄に見えるなら、僕の顔でもつねって確かめてみる?」
「や、やだ!そんなことできるわけありません!」
クリストフ様は楽しそうに笑いながら、勝手知ったる様子で、自然な動作で馬車へ乗り込んできた。
「えっえっ、クリストフ様っ、あの、」
「ん?どうしたの?」
「今日は僕とデートしに来たって聞いたけど、違った?」
笑いながら首を掲げる様すらもかっこいい。
─そんな場合ではなく。
「お!お兄様、全部バラしてるの!?」
「うん、君が僕とデートしに会いに来たから相手をしてほしいって」
「省略しすぎですわ!いや、そうなんですけど、そうではなくて。えっと、あの、迷惑をおかけするわけにはいかなくてっ」
慌てる私とは対象的に、ニコニコといつもと変わらぬ落ち着きでクリストフ様はとても楽しそうに私のことを眺めながら言った。
「今日の午後は非番だから大丈夫だよ?せっかく可愛くおしゃれして会いに来てくれたのに。デート、しないの?」
「しっ、して…くださるんですか?」
「うん」
「…事情は聞いたし、エマが嫌じゃなければ。デート、しようよ?」
そう言ったクリストフ様はとても楽しそうに、でもどこか寂しげな笑顔を浮かべていたが、その時の私は全く気づかなかったのだった。
「嫌なことないです!嫌なんて…むしろ、クリストフ様のほうが」
「僕も全然嫌じゃないよ、むしろ光栄だな。こんなにかわいいエマとデートできるなら」
「…っ」
クリストフ様とは長い付き合いで、いつもこういった優しい言葉を投げかけてくれるが、それは『妹』に対する言葉だった。
でも今日は。
いつもと違う、そんな空気に、私も照れることしかできなかった。
「じゃあ、時間も限られてるし、早速行こうか」
私が照れてワタワタしている間に、クリストフ様の自然な号令で御者が出発した。
ちなみにお兄様は別の馬車で家に帰ったらしい。
心の整理がつかないまま、無情にも進み出す馬車に揺られ、婚約前日の今日を、大好きなクリストフ様と過ごすことになったのだった。




