1.最後の思い出作り
この国の貴族は、古くから早くに婚約者を定める習慣がある。
昨今は感情を重視した恋愛結婚を取り入れる貴族も多くなり、政略結婚という風習は廃れてきているものの、
結婚とは、家同士の繋がりなどを強めるために利用する、という色が強かった。
そして、今でも風習に則ったままの家ももちろんある。
私の家、グレゴリオ侯爵家もその一つだ。
どちらかというと建国より古くから続く我が家は、長く政務にも携わっていることより、なるべく風習・慣習に従うというのが、先代を含めた父の意向だ。
おかげで、私──エマ・グレゴリオも、その例に漏れることなく、明日18歳になる日を機に、父の決めた結婚相手と婚約することになっていた。
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「お兄様!!お願いがあります!!」
「エマ!お前、何度言ったら返事がないときは勝手にお兄様の部屋に入らないってわかってくれるんだ」
「お兄様、レディに向かって『お前』なんて言ってはいけません。それに、そんなことよりもとっても大切なお願いがあるんです!」
「…はぁ、わかった。で、お願い?それはなに?」
「クリストフ様にデートのお願いをしてきてください!」
「……はぁ??」
クリストフ様こと、クリストフ・ルチアーニ様。
我が国有数の公爵家の跡取りであり、少し前にルチアーニ現公爵より宰相の位を引き継いだ、今、我が国で一番人気のある男性と言っても過言ではない方。
25歳の年齢ではあるものの、ご両親が恋愛結婚の先駆けだったため、クリストフ様ご自身も恋愛結婚を推奨されているそうで、現在もまだ婚約者や結婚の噂はないこともあり、より一層人気が白熱になっていた。
「クリスにデートのお願い?俺に男色の趣味はないけど」
「なんでお兄様がクリストフ様とデートするんですか!私とに決まってるでしょう?」
「だったら自分で誘え。というかエマ、お前は明日──」
「言わないでお兄様。言われなくてもわかってます。わかってるんですけど…」
「お兄様、私がずっとクリストフ様のことを好きなの、知ってますよね?」
「まぁさすがにな」
「お父様のお立場やお兄様の立場もあるので、明日の婚約を今からやめるなどと言うつもりはありません」
「ただ…私も、年頃の女として、憧れの男性と結婚前に1度くらいデートを経験してみたいんです」
「…いや。でも待て。言ってなかったんだけど、エマ、1回話をだな…」
「お願いですお兄様!!この通り!!」
「……はぁ」
クリストフ様と出会ったのは、私が8歳、クリストフ様が15歳のときだった。
クリストフ様のお父様と私の父は古くからの友人で、その子供である兄とクリストフ様も、幼い頃から友人として共に育ってきた。
その縁もあり、私も幼い頃からクリストフ様と顔を合わせる機会が多く、幼い私は、初めて会ったときから大人っぽくて優しいクリストフ様に憧れていた。
そして、その憧れは次第に恋心へと発展していった。
ただ、その気持ちには気づかないふりをして憧れのまま蓋をする予定だった。
私とクリストフ様の間には、7歳の年の差がある。
いずれ、私よりも先にクリストフ様が先に結婚すると思い、気持ちに蓋をしていたのに。
(──まさか、私が先に結婚することになるとはね)
私の婚約者が誰なのかは、まだ父から聞いていない。
聞いたところで、誰であってもクリストフ様に勝る方はいないから。
(それに、お父様も積極的に話そうとしないのよね…)
それでも婚約して嫁いだあとには、しっかりと旦那様を愛すると決めている。
だから、最後のワガママとして、思い出として、クリストフ様と一度だけデートをしてみたいと思ったのだ。
「それにしても、言うのがギリギリすぎるだろ?クリスも暇じゃないんだぞ」
「わかってます!お兄様よりよっぽど忙しいに決まってるじゃない。…これでタイミングが合わないなら、そこまでということにするの。それも含めてわざとギリギリに相談してるの。クリス様にも迷惑だってわかってはいるけど…」
「…はぁ。不幸なことに、クリスは確か今日の午後は休みって言ってたな。多分、今から行けばまだ城にいるんじゃないか?」
兄のその言葉に反射的に顔を上げる。
「…!いいの?」
「いいも何も、一度決めたら話を聞かないだろ?」
椅子から立ち上がり軽く身なりを整えながら続けて言った。
「エマは、兄の贔屓目に見ても顔はかわいいし、頭も良くて家柄もいい。なのに、なんでそんな勢いのある動物みたいな性格になっちゃったんだろうな…」
「きっとお兄様のせいです。ね、はやく、早く行きましょう!」
「…はぁ。可哀想な兄にも少しは気をかけてくれよな」
呆れながら部屋を出ていく兄に続き、足早に部屋を後にするのだった。




