99 不穏なる離宮
「存外に難しいものなのだな」
父アルブレヒトはそれと分かるほど落ち込んでいた。
「馬車とは桁違いに速いと言っても差し支えがない乗り物ですからね」
「それほどか」
唖然とした表情を見せる父。
模型自動車では、そこまでは分からなかったようだ。
「ぶつかったり横転したりせず走らせていた状態でも馬車より速いですよ」
「なんと……」
模型自動車を走らせた感触から実車の速度を推し量ることは困難なようだ。
「そのくらいで驚いていたら本物に乗ったときは、さすがに父さんでも腰を抜かすかもしれないわ」
そんな意地の悪いことを言いながらエレオノーラがクスクスと笑った。
「そんなことはない……と言いたいが、どうなるのか想像もつかんな」
父は肩をすくめ頭を振った。
「慣れるまでは無理な運転さえしないようにしてくれれば大丈夫です」
そのために模型自動車を使ったのだ。
場合によっては絶対に運転させないということもあり得た訳だけどね。
むしろそうなる可能性の方が高いと思っていた。
初見で流す程度に走らせる分には何の問題もなく模型自動車を運転できるなんて誰が予想できるのかって話だ。
アルブレヒトのことをよく知るエレオノーラであれば話も違ったのかもしれないが。
生憎と俺の中に父の情報はごく限られたものしかないので、どうにもならない。
何度も人生をリトライした先代の記憶のページをどれだけひっくり返しても結果は同じである。
なんにせよ父が天才肌であるのは確かなようだ。
少なくともコツをつかむのは上手い。
何度か練習すれば、車を手足のように操れるようになるだろう。
さすがに今日のところは無理だと思うけどね。
「ふむ、そうなのか。分かった。気をつけるとしよう」
重々しくうなずく父を見ると深刻に考えすぎじゃないかと思う。
模型自動車の運転は父が想像していた以上に難しかったのかもしれない。
俺とは逆の認識だ。
その差はしばらく埋まりそうにないけど最終的には一致するだろう。
そうは言っても、それはまだまだ先の話である。
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模型自動車の運転がウォーミングアップだとするなら実車は本番。
いよいよ、それを実行するときが来るのかと言いたいところだけれど残念ながらそうは問屋が卸してくれなかった。
父や姉には仕事があるからね。
結局、父を乗せて車を走らせることになるのは昼食後ということになった。
仕事は俺に割り振られるようなことはなかったので、途端に暇を持て余すこととなったのは仕方のないことだ。
というより好都合と言うべきなんだよな。
まだ国境近くにある離宮の潜入調査ができていないのだから。
という訳で、調査再開となったんだけど。
「こう来たか……」
仮想分体のフクロウで上空から偵察しただけで、ただ事でないことだけは判明した。
練兵場を兼ねていると思われる広場に巨大な魔法陣が描かれ、その内側には遠目にもそれと分かるサイズの骨と魔石が置かれている。
「ドラゴンのものか」
置き方が雑然としているため判然としないがサイズ的に見てほぼ間違いないと見ていいだろう。
魔法陣の方は骨や魔石のせいで伏せられた状態になっていて全容は把握できない。
それでも骨と魔石を触媒にして規模の大きな魔法を発動させようとしていることだけは分かる。
絶対にろくでもない代物だ。
魔法陣の可読範囲だけでも読み解いておくべきだな。
とはいえ明るいうちに離宮の上空を旋回し続けるのは離宮内にいる何者かに気付かれる恐れがあるだろう。
あんな大がかりな儀式をしようという奴が無警戒とは考えにくい。
仮想分体の視覚情報を己の脳裏に焼き付けて早々に撤退させる。
ただ、このまま中の様子を確認せず夜まで待つのはよろしくない気がしたので別の方法で潜入することにした。
上空から飛んで侵入すれば目立ってしょうがないので下から小さな生き物で侵入するのが良さそうだ。
リスタは様々な動物を捕食している。
当然のことながらフクロウより小さい生き物もいる訳で、そんな中から今回チョイスしたのはネズミである。
猫をチョイスしなかったのはサイズの問題だ。
機動性では猫の方が優れているかもしれないが見つかってしまっては意味がない。
隠れる上でも小さい方が有利だからね。
そんな訳でネズミ型の仮想分体を複数送り込んだのだけど……
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それは広めの応接室とおぼしき場所であった。
豪奢な服に身を包み傲岸不遜を絵に描いたような表情を見せる青年とローブ姿の陰気な雰囲気を漂わせた男が向かい合う形で座っている。
他に人影は見当たらないのは人払いをしているからだろうか。
「手こずっているようだな、タルファよ」
「申し訳ございません、バーディ殿下。思わぬ邪魔が入りましたので」
「それで目をやられたか」
「申し訳ございません。罰を受ける覚悟はできております」
タルファと呼ばれたローブ姿の根暗男が深々と頭を下げる。
「フン、貴様を始末するなら治療のためのポーションなど持ってくる訳がなかろう。それに貴様がいなくては計画が進められんことを承知で言っておるな」
バーディ殿下と呼ばれた青年は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ハハハハハ。お見通しとは、さすがですな」
さっさと態度を豹変させたタルファは乾いた笑い声を発して悪びれる様子も見せずにバーディの言葉を認めた。
陰気な男が目深に被ったローブの下でヘラヘラした表情を覗かせると実に不気味である。
だが、バーディは眉ひとつ動かさない。
この男の陰険そうな態度には慣れているのだろう。
「まあ、いい。貴様のその豪胆さは買っているつもりだ」
「お褒めにあずかり光栄です」
「思ってもいないことを口にするな」
タルファは先程よりも恭しく頭を下げたがバーディは塩対応だ。
「それよりも計画の進捗はどうだ」
その問いかけにタルファはスッと表情を消した。
「儀式に遅れが出ていますので予定通りとは行きませんな」
「思わぬ邪魔とやらの影響か」
「左様にございます。この国の第3王女がここまでやるとは思いもしませんでした」
この国と来ましたか。
コイツら他国の人間だったとはね。
考えられるとすれば、この離宮からほど近い国境の向こう側にある隣国ゲラルース王国だろう。
ただ、この連中が我が物顔でここにいる理由には説明がつけられない。
友好国ならいざ知らず、ゲラルースとは大きな戦をした後も数百年もの間ずっと小競り合いをしてきた仲の悪さだ。
今は休戦状態にあるものの国交がまともにあるはずがない。
いかに国境が近いとはいえ離宮に招かれるようなことは、たとえ天と地がひっくり返ってもありはしないだろう。
「奴を警戒するあまり最後に残したのは失敗か。他の王族を消してしまえば小娘など簡単に折れてしまうと判断したのはミスだったな」
「それについては私めからはなんとも……」
タルファの表情は変わらぬままだが言い淀むあたりバーディが口にしたことは彼よりも上の人間の判断だったのだろう。
「ただ、タイミングも悪かったようです」
「予定にない視察に出たそうだな」
「左様でございます。それもミューラー伯爵の差し金で手配されたようなのです」
「魔物退治専門の護国大臣とかいう野蛮な輩か。魔物と戯れておれば良いものを」
忌々しいという感情をあらわにしてバーディは吐き捨てるような口ぶりで言った。
「侮れませぬ。アンデッドに対抗する術もあると見るべきでしょう」
「ならば儀式が終わりしだい真っ先に奴の領地へアレを差し向けろ」
「はっ! 仰せのままに」
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