100 シド、怖じ気づく
その後も情報収集に努めたが敵に覚られなかったのは幸いだ。
結果として色々と判明したが雲行きが怪しいどころの話ではない。
誤解を恐れずに言うなら、ほぼ詰みである。
少なくともアルス国はすでに敵国の占領下にあると言っても過言ではない状態だ。
うちでかくまっているレイチェル殿下を除き我が国の王族はすべてアンデッドとして死霊術師の傀儡と化していた。
国のトップが操り人形じゃゲラルース王国にやりたい方題されるのが目に見えている。
死んでいるはずの王がそうであることを気付かない自国民に敵国の思わくに沿った命令を下す。
悪夢以外の何者でもない。
刺客に暗殺される方が、まだマシだったかもしれない。
現状は目に見える敵がいない状態だけど、殺されたという事実があれば暗殺の命を下した者が敵として周知できるからね。
なんなら反撃や報復を実行に移すことができる。
俺としては前面に立つのは勘弁願いたいところだけど。
向こうは周到に準備しているようだし、こちらは対抗できるだけの兵力をかき集めることすら困難なのは目に見えている。
仮に頭数がそろっても王のいない状態でまともに統率が取れるのか疑問だ。
なんにせよ国の中枢の実権を最悪の状態で握られてしまってはどうにもならない。
殿下を旗頭に国を取り戻すと宣言しづらくなったのが痛いんだよな。
仮に今の状況で声高に宣言したところで、こちらが簒奪を目論む反逆者の烙印を押されるのがオチだ。
ゾンビなら腐敗が進行して誰の目にも人ではないことが分かるのだが、その程度のことは敵も考えていたのだろう。
王族はグールにされていたので見た目は生前とそう変わらない。
違いなどせいぜいが血の気の失せた肌色をしているくらいだ。
その程度なら化粧をするだけで誤魔化せる。
奴らから国を奪還するなら綿密な計画の元に行われなければならない。
少なくとも今は無理だ。
こちらの手勢が少なすぎる。
他家に協力を要請するにしても、まず無理というもの。
向こうにいる王族はすでに死に絶えていることを証明しなければならないからね。
兵糧も充分に用意できるとは思えない。
今から集めるなど泥棒を捕らえて縄をなうようなものだ。
そして、敵はこちらを攻撃する気満々である。
離宮で進行中の儀式を完遂させてドラゴンをアンデッドとして復活させ、これをミューラー伯爵領へ差し向けようとしている。
アルス国における武力の象徴とも言える護国大臣を潰してしまえば大半の貴族家は沈黙してしまうと踏んでいるからだろう。
伯爵領を再起不能なまでに蹂躙してしまえば父アルブレヒトが健在でも戦は継続できない。
そんな訳で今のままでは我が領は滅亡待ったなしである。
本来であればドラゴンは国の全兵力で対抗すべき相手だからね。
復活するであろうアンデッドドラゴンも例外ではなく天災にも等しい化け物だ。
儀式場に置かれていたドラゴンの骨や魔石のサイズからの推測になるから正確な強さは推し量れないが国を滅ぼせるレベルであることだけは分かる。
父が連れて来た騎士たちと領軍だけでは、どう足掻いても太刀打ちできない。
この状況を覆し逆転するのは現時点では不可能だ。
よしんばアンデッドドラゴンをどうにか退けることができたとしても敵はアンデッドの軍勢を送り出してくるだろう。
俺が死霊術師ならそれくらいの下準備はする。
それを怠ったとしても敵の王子が死霊術師と一緒にいたところを見ると、普通にゲラルース王国の騎士や兵士も派遣されているに違いない。
それは国境近くの離宮が連中に占拠されていることからも明らかだ。
増援部隊も余裕で越境してくるだろう。
多勢に無勢、数で押し寄せられればどうにもならない。
残された道は一刻も早く敵の目の届かないところに落ち延びるくらいだろうか。
少なくとも俺には他にモアベターな案は思いつかない。
いや、儀式の妨害くらいはしておくべきだな。
儀式の完了を遅延させれば、こちらが次の手を打つまでの時間稼ぎにもなるだろう。
あわよくばアンデッドドラゴンが敵の目論む強さを得られないようにすれば、うちの領が襲われることになっても被害は小さく少なくできるはず。
できることならドラゴンの復活を阻止したいところだけど。
さすがにそこまで実行するのは極めて難しいと言わざるを得ない。
せっかく魔力供給の都合で中断する時間の方が長いことが判明したのに儀式を行う場所が人目につくのが恨めしい。
敵が地脈を利用する術を知らなくて助かったと言いたいところなんだがなぁ。
もっとコソコソ儀式をやってくれれば良かったのに。
そうすれば見張りの目が途切れるタイミングを見計らって儀式を妨害するような手を打つこともできたんだ。
今できることと言えば儀式場に雑然と置かれている骨の一部を抜き取るとかだろうか。
それとて見とがめられる恐れがあって相当リスクが高いと思う。
何しろ儀式場は離宮のどの場所からでも確認できるような場所だからね。
人目を避けようと思えば夜陰に紛れてということになるが、儀式を行う場所が暗がりのままな訳がないだろうし。
いっそのこと破壊工作を実行した方がマシかもしれん。
儀式が失敗したと思わせることができれば事故として認識させられるからね。
問題はどうやって近づくかだ。
光学迷彩の魔法を使ったとしても、魔力を感知されると警戒される恐れがある。
それでより近づきにくくなるのは勘弁願いたい。
おまけに破壊工作のための作業もやりにくくなるだろう。
運が良ければ気付かれないかもしれないが成功率が低いと分かっている時点で運任せの作戦を立案するのは抵抗がある。
それならいっそ穴を掘って地下から近づいた方が……
そうか! 地中なら魔力感知もしづらいんだよ。
地面という壁があるからね。
だったら俺が地脈を感知できるのは何故なんだという話になるかもしれないが、あれは誰でも知っているような技術ではない。
敵は地脈を利用していないから技術以前に知識もないと見て良いだろう。
ならば光学迷彩を使って正面から乗り込むより発見されるリスクはずっと小さいはずだ。
たとえ感知されても地面が敵を阻んでくれる。
深く潜れば物理的な攻撃だけでなく魔法も届きにくいから余裕を持って逃げられる。
普通ならその逃亡がしづらいのだが、おあつらえ向きの魔法があるんだよな。
感知されづらいのが分かっているなら最初からそれを使って素早く魔法陣の下まで移動してしまうのもありだ。
そもそも一矢も報いず落ち延びるなど性に合わない。
相手がアンデッドドラゴンだとしてもね。
その後に控えている数の暴力には抗いきれるものではないと分かっているからこそ、単体のドラゴンだけでもなんとかしたいと切望してしまう。
復活に手間と時間がかかるならば尚更だ。
そうして導き出した結論が、倒せないならアンデッドドラゴンを復活させなければいいというもの。
決意すれば単純明快な解決法なのだが、ドラゴンという超越した存在がそれを押し止めていた。
有り体に言ってしまえばビビって怖じ気づいていたのだ。
なんとも情けない話である。
「よしっ、やってやる!」
俺は自分に活を入れるべく両頬をはたいた。
読んでくれてありがとう。
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