98 呆れられたり驚かれたり
「姫様がしばらく目を覚まされないのは理解した」
父アルブレヒトはそう言うと瞑目した。
沈思黙考の態勢に入ったのであろうことは重苦しさを感じさせる表情を見れば明らかだ。
どれだけ時間がかかるか分からないので気にせず食事を進める。
そんな俺の姿を見て姉エレオノーラはニヨニヨしていた。
「なんです、姉さん?」
生温かな視線に耐えかねて尋ねるも──
「別に~」
と軽い調子ではぐらかされる。
これは追及しても答えてはもらえないだろうな。
そう思ったので無視することにした。
ただ、姉のニヨニヨは続いているので居心地が悪いったらありゃしない。
それでも構わず食事をするのだが、やたらと時間が長く感じる。
沈黙が続いているせいもあるとは思うけど大部分が姉の視線のせいなのは言うまでもない。
何がしたいんだか、まったく……
「シド」
不意に父から声をかけられた。
姉の視線ばかり気にしていたせいで父が思考の海から帰還していることに気付けなかったよ。
「はい。なんでしょうか?」
「食べ終わったら自動車というものに乗せてもらえるか」
「分かりました」
躊躇いもなく乗ることを希望するとは、ちょっと驚きだ。
昨日のうちに現物を見ているとはいえ父からすれば得体の知れないものだと思うんだけどね。
その程度で物怖じするようでは護国大臣は務まらないということか。
じっくり観察できた訳ではないから興味が勝ったというのもあるかもしれないが。
後は姫様の馬車が襲われているところへ俺が途中参戦した状況も詳細を聞かれた。
うちの護衛たちやレイチェル殿下の護衛である近衛騎士見習いのオリビアからも話を聞いたそうだけど。
隠すようなことは何もないのでちゃんと話したけど何故か唖然とされてしまった。
解せぬ。
「エリーからも聞いていたが、こうも多彩な魔法を操れるとはな」
一瞬、エリーって誰だ? と思ったけれど姉エレオノーラの愛称なのだとすぐに気付いた。
「そうですか?」
俺としては呆れられるほどのすごい魔法を披露した覚えはないつもりなのだが。
「シドが魔法を使えないという報告はなんだったのかと言いたいよ」
その先入観があったからギャップに驚いているのか。
だったら仕方ないかな。
「そう言われても魔力を制御しきれなかったから魔法を使わなかっただけとしか言えないです。多彩なように見えるのは、その反動があるからじゃないですかね」
「冗談だろう」
再び呆れた目を向けられてしまった。
やはり解せぬ。
「うちの私兵たちからも聞いたぞ。見たこともない魔法まで使うと」
あ……
お姫様が襲撃されている現場では調子に乗りすぎたかもしれない。
それ以前にも魔法を使うところは見せているからなぁ。
指摘されて初めて気付くとか情けないにも程がある。
「そう言われても、僕にとって魔法の創出は魔力制御よりも楽ですからね」
ということにして制御がとにかく大変だったということにしておく。
本当は魂が馴染まぬ異世界で数えきれぬほど転生を繰り返したことで鍛えられた結果だなどと言えるはずがない。
言えば頭がおかしくなったと思われるのがオチだ。
あるいは偽物として断罪される恐れすらある。
俺が生きるべき世界はこちらだが、10年間こちらで生きてきたのは先代のシドだからね。
「だとしても新魔法を思いつくかどうかは別の問題だろう」
そう来たか。
俺の妄想力を甘く見てもらっちゃ困るな。
「僕はずっとこの書庫で暮らしてきたのですよ。大きすぎる魔力に振り回されて魔法が使えない間に頭の中であれこれ考える時間はいくらでもあったということをお忘れなく」
「ううむ」
唸り声を上げる父は今ひとつ納得がいかない様子だ。
「父さん、シドは独創的な発想をするのが得意なんですよ」
見かねた姉がフォローに入る。
「そうなのか?」
「でなければ馬なしで車を走らせようなんて考えつくと思いますか」
姉にそう言われて失念していたと言わんばかりのハッとした表情を見せる父。
「言われてみれば、そうだったな」
ようやく納得がいったようだ。
ただ、把握のためか使いたくなったのかは不明ながら新魔法の解説は求められたけどね。
そして、朝食後。
使用人たちが食器を引き上げた後も俺たちは外には出ず書庫の中にいた。
テーブルの高さを落として父と姉の前に大型モニターを設置し、俺の席の前には魔道具を適切な高さで配置していく。
足下にはペダル型、手元にはハンドル型を。
更にはゴーグルを装着。
「何を始めるつもりだ?」
設置が終わったところで訝しげな顔をした父に尋ねられた。
事前に細かな説明はしていないので、もっともな疑問である。
「言葉で説明するより見た方が早いですよ」
俺はハンドルを握りアクセルを踏み込んだ。
ゴーグル型魔道具から投影される映像は暗いため連動させているモニターも一見すると何も映っていないように見えてしまう。
だが、書庫の奥から明かりのあるこちらに向かってくると徐々に視界が明るさを増していく。
当然のごとくモニターに映し出される映像も光量を増してきた。
「おおっ!? これは一体……?」
低いアングルでモニターに映し出される書庫の映像に父は困惑と驚きが入り交じった表情を見せる。
「父さん、あれよ」
それまで黙って見ていた姉が隣に座る父の腕に触れつつ反対の手で指差しながら声をかけた。
「む? うおっ!?」
父が指差された方へ視線を動かしたタイミングで模型の車が本棚の間から飛び出してくる。
この瞬間を狙って教えたな。
書庫の中で熱心に運転の練習をしていたから周囲の景色に見覚えがあったのだろう。
「とりあえず、これで車の運転方法を覚えてもらいます」
実車で事故なんて起こされたら乗っている人間が怪我をしてしまうかもしれないんだし。
ならば運転させなければいいと言う者も出てくるかとは思うが、父ならば運転してみたいと言い出すだろうと俺は踏んでいる。
エレオノーラも暇を見つけては、模型で練習してるし。
姉の気性は父譲りだという話を聞いているからなぁ。
実車に同乗させれば運転を強く希望して押し切られてしまってもおかしくはない。
阻止するのが困難ならば、せめて実車で事故を起こさないようにしたいところだ。
という訳で模型自動車を使っての自動車教習である。
幸いにして父は素直に説明を受けてくれた。
最初にドライバーの運転の仕方ひとつで乗っている人間の命を左右すると言ったのが効いたのかもしれない。
一通りの説明を終えたところで父と交代。
最初は操作方法を確かめるようにゆっくりした動きだったが、すぐに慣れたようだ。
父はコツをつかむのが上手いようで普通に走る分には何の問題もないレベルに達したのはさすがである。
前世で自動車の教習所に通っていた頃のことを思い返してみても、この短時間で危なげなく運転できるようになった生徒を見た覚えがない。
これだから天才は……
ただ、それも無理をせずに走っているからこそとも言えた。
街中で流れに乗って走っているような状態からレースでもするような加速やコーナリングを要求されると衝突や横転を連発。
結局、模型自動車が魔力切れになるまで走らせても事故は続いた。
これで実車に乗っても無茶をしなくなるかな?
だったら良いなぁ。
読んでくれてありがとう。
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