97 父が来た
最前線の離宮に王族がいるはずがないと決めつけるのは早計だ。
何事もイレギュラーはある。
もしかしたら、なにかしらの事情によって来ている可能性だって無くはない。
現状では限りなくゼロに近い確率ではあるけれど事情によってはパーセンテージも変化するだろう。
微々たるものだとは思うけど。
なんにせよ偵察してみないことには王族がいるのかいないのか判然としない。
さっそくリスタの仮想分体を乗り込ませようと言いたいところだったが時間切れだ。
そろそろ姉が朝食を持ってくる時間だからね。
別に俺がリンクで監視してなくても潜入させることはできるのだけど何かあった場合に対処が遅れる恐れがある。
それが致命的なミスにつながるのは避けたいところだ。
という訳でリスタには離宮には近寄らないように指示を出して待機させた。
俺もエレオノーラが来るまでの時間は休むとしよう。
昨晩は離宮に到着するたびにリンクを介して入念に調査したから細切れにしか寝ていないんだよね。
残りの時間で寝不足が解消できるかは怪しいところだけど、仮眠を取れば多少はマシだと思う。
少なくとも寝ぼけた顔をさらして姉に訝しまれることだけは避けたい。
リスタのことは教えたから問題にならないのだけど別の問題がある。
俺が寝不足になっていることを知られると過保護な心配をされかねないのだ。
姉と一緒に修羅場をくぐってきたとはいえ、10才児の俺が夜更かしをして無理をしていたと思われれば、あり得ない話ではないだろう。
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どうしてこうなった!?
思わず大声で叫んでしまいそうになったさ。
エレオノーラが朝食の時間に訪れるところまではいつも通りだったのだが。
今日は手ぶらだったのには少し驚かされたものの驚愕には値しない。
ちょっと意表を突かれた程度のことである。
それも姉の後ろから父アルブレヒトが、そして数名の使用人が3人分の朝食を持参しなければの話だ。
「おはよう、シド。今日は父さんも一緒よ」
プライベートタイムでは父のことを父上とは呼ばないのか。
どうやらアルブレヒトはそこまで厳格な性格ではないようだ。
先代の頃にはついぞ知ることができなかった情報である。
いずれにせよ、名指しせずに挨拶するなら特に問題にはならないだろう。
「おはようございます」
「うむ、おはよう」
予想通り機嫌を損ねることなく普通に挨拶がかえってきた。
「3人分だと、いつものテーブルでは心許ないわね」
「あ、大丈夫です」
いつものテーブルに向けて枕元に置いてあった薄く細長い箱を向ける。
「なにをするつもり?」
姉も初めて見る物だったために質問してきたが説明するより実際にどうなるのかを見せた方が手っ取り早い。
俺は箱の上に並んでいるいくつもの突起のひとつを押し込んだ。
するといつものテーブルがひとりでに動き出す。
天板がスルスルと縦横に広がり、それに合わせて脚部が位置を変えていく。
ゴーレムの技術を応用したものなので画期的と言うほどのものではない。
リモコンの方はもしかしたらそんな風に言われる可能性もあるけど慣れ親しんだ俺には何とも言えないところだ。
「おっと、椅子がいりますよね」
父がいるということを忘れてはいけない。
書庫の奥の方へリモコンを向けて先程とは違うボタンを押した。
すると向こうの方から乾いた足音が響いてくる。
「なに?」
怪訝な表情で姉が聞いてきた。
「あ、椅子をゴーレム化してるんですよ。それを呼び出しました」
4本の足で歩いてくる椅子というのは奇妙に感じるかもしれない。
が、ゴーレムとして考えれば珍しいものでもないはずだ。
椅子が机の近くまで来たところで再びリモコンのボタンを押すと停止する。
「椅子もテーブルもいつの間にかゴーレムにしていたのね」
「そんなの、ずいぶんと前の話ですよ」
「呆れた」
「ゴーレムなんて言うほどレアなものじゃないと思うんですが」
「そんな訳ないでしょう。使用人たちを見てご覧なさいよ」
エレオノーラに促され使用人たちの方を見ると持参した朝食を取り落としそうになるほど驚いていた。
どうにか持参した朝食をひっくり返すような事故にはならなかったみたいだけれど。
こちらの世界には魔道具やゴーレムが存在するのに驚きすぎじゃないか?
そう思って父の方を見ると頬を引きつらせている。
どうやらアルブレヒトも驚いていたようだ。
「おや?」
「おや? じゃないわよ」
平常運転なのは姉だけである。
「いきなり大がかりな仕掛けの魔道具を見せられたら誰でも驚くでしょう」
叱られてしまったが、いまひとつピンとこない。
「大がかりって言うほどのものじゃないですよ」
たかがテーブルと椅子だけで注意されてもなぁという思いがあるせいだ。
「アンタにとってはでしょうがっ」
どうやら俺が非常識だったようだ。
「そうですか。すみませんでした」
自分が悪いとなれば素直に謝る。
使用人たちは恐縮していたので俺に対する隔意はないようだ。
オルランからあれこれと吹き込まれていた悪評は姉が払拭してくれたのだろう。
「気にすることはない。少し驚かされはしたがな」
父の方は特に気にしていない様子だ。
で、何事もなかったように朝食となるあたり本当に気にしていないのだろう。
今世の父はそれなりの場数を踏んできているようで驚いても立ち直るのが早い。
何はともあれ朝食だ。
使用人が給仕をするために残るのかと思ったけど、それはないようで持ってきた料理を並べ終えると書庫から退出していく。
これは、どうやら内密の話がありそうな予感。
しばらくは黙々と食事が続いたけどね。
姉と食事するときはもっと話をするので、どうも居心地がよろしくない。
これは無理やりにでも俺の方から話題を振るかと考えていると……
「姫様に魔法をかけたのはシドだったな」
父アルブレヒトの方から話しかけてきた。
「はい。何か問題があったでしょうか」
「いいや、それはない。ただ……」
「ただ?」
「いつ頃、目を覚まされるかは分からないものだろうか」
父は悩ましげな顔で独白するような語り口で話をする。
さすがにそこまでは分からないだろうと思っているように見受けられる。
「あれだけ弱ってらっしゃると3日は無理ですね。下手をすると1週間以上ということもあるかもしれません」
「なんと……」
テーブルや椅子の時とは異なり今度こそ驚愕の表情を浮かべる父である。
「父さん、シドは規格外だと言ったじゃない」
エレオノーラが柔らかい笑みを浮かべながら砕けた口調でアルブレヒトに話しかけている。
使用人がいたときのような引き締まった空気感がない。
家族以外の余人がいないからだろうか。
ミューラー伯爵家の家族って本来はこんな感じなんだな。
これは先代の記憶には無かった情報だが無理もない。
家族のプライベートな時間を共有するなんてことは先代がループし続けた人生の中で一度たりとて経験していないのだから。
俺も姉にならうべきかとは思うのだけど自然にそうできる自信が無い。
今まで重ねてきた前世で家族に恵まれたことは、そう多くないんだよね。
誰にだって苦手なものはあるってことだ。
読んでくれてありがとう。
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