94 呪毒の処理は色々と面倒くさい
「シド、なんとかできるわよね」
エレオノーラが聞いてきた。
俺が考え込んでいる間もオリビアがネガティブ発言を繰り返すばかりで痺れを切らしたようだ。
「ちょっと待ってください」
姉は俺が即座に対応できるものと思っていたようだけど、ゴリ押しで儀式魔法クラスの魔力を一気に消費するのは避けたいところだ。
この後なにが起きるか分からないからね。
一刻を争う状況ならそれも辞さないけれど鑑定の結果では深刻な状態の者はいない。
「どうしたのよ。浄化するくらいなら問題ないでしょう?」
エレオノーラは怪訝な顔をして聞いてくる。
「この呪毒、質が悪いんですよね」
呪文の構築を進めながら応対するのは難しいね。
並列処理とかできれば助かるんだけど、無い物ねだりをしてもしょうがない。
「どういうこと?」
「浄化しただけだと元に戻ってしまうみたいですよ」
「ええっ!? なんなのよ、それ」
「呪いの副次的な効果のようですね」
「多機能すぎない?」
「そんなことを僕に言われても困りますね。作った奴に言ってください」
「シドはよくそんなことまで分かったな」
それまで黙って聞いていた父が俺たちの会話に入ってきた。
適当な出任せを言っているのではないかと疑われているのだろうか。
「呪毒の存在が明らかになれば、それを調べたり排除しようとするのが普通の人間の反応だと思いますが?」
「ああ、疑っている訳ではないのだ」
その言葉が額面通りのものであるなら、俺が子供らしからぬ対応力を見せたことに感心したというところなんだろう。
「すまない。続けてくれ」
「浄化しただけでは元通りになるところまで話したと思いますが解毒を先にしても同じです」
「ちょっと、それって……」
「同時に処理しないとダメなのだな」
今度は父アルブレヒトが聞いてきた。
「そうですね。割と面倒なんで呪文の構築に手間取ってます」
「なっ!?」
短く驚きの声を発したのは父だ。
「え?」
オリビアが訳が分からないという顔をしている。
「……」
何も言わなかったエレオノーラは俺にジトッとした視線を向けてくる。
が、俺は皆の様子をずっと気にしている余裕などない。
集中を切らすと呪文の構築をしくじりかねないからだ。
失敗すると一からやり直した方がマシなくらい訳が分からないことになるのが目に見えている。
今の応対でギリギリだったと思う。
敵さんは厄介極まりないものを作ってくれたものだ。
それでもなんとか呪毒を完全に打ち破る呪文の構築を成功させた。
どれくらいの時間を費やしただろうか。
俺が手間取っていると告白した以降は皆が気を遣ってくれたようで沈黙の間が長く続いたけれど、そのせいか時間の感覚があやふやだ。
深く集中していたせいか数分程度のような気もするし何時間も経過したような疲労感もある。
いずれにせよ、仕上げてしまえばこちらのもの。
次からは今回のように苦労させられることはない。
完成した魔法を記憶の中から呼び起こすだけだからさ。
制御は多少難しくはあるけれど、構築時のそれとは比べるべくもなかったりする。
やたらと部品点数の多い高級プラモデルを仕上げた時の気分に似ているかもしれない。
作っている間は苦行を思わせるけど、仕上げた後は好きなときに鑑賞できるあたりとか。
棚から引っ張り出す際に神経を使うのも魔法を使うために集中する感覚に近いものがあると思うのだ。
いかんな。構築に苦心させられたせいで、つい感慨にふけってしまった。
今はそれよりも呪毒を処理することの方が大事だ。
「できました。今から呪毒を処理します」
俺の宣言に、全員が唖然として固まってしまった。
ちょっと意味が分からない。
慣れているはずの姉はおろか、それまで微動だにしなかった執事さえも大きく目を見開いて驚愕の表情を浮かべているのだ。
手間取っているとは言ったが不可能だとは言ってないにもかかわらずこれか。
まあ、いい。皆の反応を気にするのは後回しだ。
集中する。深く深く……
オリビアだけを対象にするならサクッと終わらせられるんだけどね。
呪毒を受けているのは彼女だけではない。
この部屋にいる父だけならともかく、姿の見えない父の部下たちも呪毒の処理対象なので少しだけ神経を使う。
幸いなことに激しく動いている者はいないようだ。
これなら2回以上に分けて処理するよりも魔力の消費が抑えられるぞ。
単に面倒だから今ここで全部処理しようとしている訳ではないのだ。
3Dレーダーの魔法と連動させて対象者をロックオン。
新魔法ハイデトックス発動!
「んっ!」
呪いが強力なせいか結構な抵抗がある。
さすがに一瞬で処理できたりはしないようだ。
とはいえ、まだ慌てるような状況ではない。
この抵抗は術式を構築している時点で予測できていたことだ。
故に構築で手こずることになったのだから。
呪毒の濃い部分に魔法を丁寧に重ねていくだけで抵抗が弱まっていった。
それは刻一刻と呪毒の処理が進んでいくことに他ならない。
ただ、呪毒もまるで生きているかのように消えていくことを良しとはしなかった。
罠にかかった野生の獣のように形振り構わず暴れようとする。
もちろん、これも織り込み済みだ。
手間をかけて構築した新魔法から逃れることなど出来はしない。
むしろ抵抗しようとすればするほどハイデトックスという名の罠が食い込んでいく。
外から妨害されて魔法の制御が甘くでもならない限り消滅を早めるだけである。
そして、ここには邪魔をする者などいるはずもない。
粘られはしたものの結局は俺の方が押し切った。
念のため呪毒が残っていないかサーチの魔法で探索する。
残滓さえも見逃さぬよう丁寧に探してみたけれど結果はシロ。
呪毒は何処にも残っていないことが確認できた。
これで一安心。
ということで肩の力を抜いてふぅと息を吐き出す。
「終わりましたよ」
固唾をのんで見守っていた一同も力みがあったのか俺の言葉を受けて深く息を吐き出していた。
「呪毒って質が悪いわね。シドがこんなに手こずるとは思わなかったわよ」
エレオノーラが呆れ顔で独りごちる。
「この調子じゃ護国騎士団員たちの呪毒を処理し終わるのは明日以降になりそうね」
姉の言葉に父もうなずいている。
ちょっと何言ってるかわかんないですね。
というか、どうにも誤解があるようだ。
終わったと言ったはずなんだけどなぁ。
「姉さん」
「なにかしら? もしかして疲れたの?」
「そんな訳ないじゃないですか」
「じゃあ、何?」
「僕は終わりましたと言ったはずですが」
「ええ。だから父上とオリビア殿の呪毒を消し去ったのよね」
何を当たり前のことを聞くのかと言わんばかりの顔で言われてしまいましたよ。
「それだけでは終わったとは言いませんよ」
「え?」
一瞬で怪訝な表情になったエレオノーラ。
他の面々も似たような顔で困惑していた。
俺が全員の呪毒を処理し終えたとは夢にも思っていないことが判明した瞬間である。
またしても、やり過ぎてしまったか。
今更これを無かったことにはできないし途方に暮れたい気分だけど、スルーできるような状況じゃないのが頭の痛いところだ。
「この魔法、何回も繰り返すのは効率が悪いんですよね」
もう開き直るしかないだろう。
面倒なことにならないといいなぁ。
読んでくれてありがとう。
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