93 呪毒
人をアンデッドにしてしまう毒なんてシャレにもならない。
当然、解毒しようという流れになるのは言うまでもない訳で……
「本当に大丈夫なんでしょうか」
不安そうな面持ちでオリビアが聞いてくる。
「レイチェル殿下が健在であれば……」
父アルブレヒトが悔しげに唇を噛んでいる。
オリビアもガックリと肩を落としていた。
別にお姫様は亡くなった訳ではないのですがね。
完全に回復するまでは眠り続けるように魔法で眠ってもらっているだけだ。
そのせいで昏睡状態なのが不安をかき立てるのだろうか。
「父上、仮に殿下が目覚められても病み上がり同然のはずです」
「それでも殿下ならば」
エレオノーラが父をたしなめるが、簡単には聞き入れられないようだ。
「無茶を言わないでください」
「無茶なものか。あの方は常に薄く浄化魔法を放っているとすら言われているのだぞ」
眉唾物の噂だな。
ただ、それだけ強力な浄化が行えるという話が一人歩きした結果だとは思う。
問題は父がそれを信じてしまっていることだろう。
「論理的に考えてあり得ない話です。魔法を使い続ける限り魔力は消費します」
結界などになると少し話も変わってくるのだけど。
その点についての説明はまたの機会にしよう。
「わかっているさ。そのくらい強力な魔法の使い手ということだ」
これは俺の早とちりだったか。
「すみません」
「いや、構わん。とにかく殿下が目覚められるまで待つしかないということだ」
「別に待つ必要はないと思いますよ、父上」
自信満々のドヤ顔でそんなことを言ったのは俺ではなくエレオノーラである。
姉さんが得意なのは水属性じゃなかったっけ?
密かに特訓して光属性も実用に耐えうるレベルで使えるようになったのだろうか。
いやいや、それはないはずだ。
となると……
「いつの間に光魔法を習得していたのだ、エレオノーラよ」
驚きの目でエレオノーラを見るアルブレヒトだが、その認識は誤解だと思う。
「いえ、私ではありませんよ」
思いつきに等しい援護だと思ったけど、やはりか。
「なに?」
「シドならば、できるはずです」
そういった姉は俺の方へ顔を向け──
「もちろん、できるわよね?」
俺に問いかけてきた。
そういうのは先に聞いてからにしてもらえませんかね?
ダメだった時はどうするつもりなんだろうか。
できないなどと言われることは夢にも思っていないのかもしれないが。
「やってみないことには分かりませんね」
「そこは、はっきりできますと言ってほしいわね。様々な属性の魔法が使えるシドらしくないわよ」
無茶振りしてくると思ったら前にあれやこれやと実演したのが良くなかったようだ。
「光属性の魔法は使えますよ」
治癒の魔法を人前で使った俺ができないとは言えない。
「ほら、できるんじゃない」
「無茶言わないでくださいよ。解毒の呪文はデトックスでしたっけ? そんなの使う機会がなかったので試したことないですって」
「知ってるじゃない」
エレオノーラはそれで充分だと言わんばかりである。
ぶっつけ本番で部外者の人間に使えと?
「知ってるなら使えるわよね?」
どうやら本気らしい。
父も止めようとはしないし。
「その前に本当に毒に冒されているかを確認すべきでは?」
「当然よね。シドならできるでしょう?」
その信頼の根拠はどこから来るのかと問い詰めたい気分だ。
「わかりましたよ」
面倒なので室内全体にサーチの魔法をかける。
対象は毒と呪いだったのだけど、すぐにヒットした。
どちらも、ね。
「これは……」
「あら、もう分かったの? それで結果は? その様子だとなにかしら引っ掛かったのよね?」
エレオノーラは待ちきれないとばかりに矢継ぎ早に聞いてくる。
父も黙ってはいるが興味津々のようだ。
「毒と呪いの両方ですね」
「呪いも!?」
「なんだとっ?」
呪いと聞いては父もさすがに黙っていられなかったようだ。
「正確に言うなら呪いの込められた毒のようです。前に本で読んだのですが呪毒と言うそうですね」
「呪毒……、確か致死量に達するまで服用すると死んだ後に呪いが発動するのだったか」
父が記憶を掘り起こすように思案しながら言った。
「この呪毒の場合は死ぬと同時にアンデッドになってしまうものと思われます」
そして、上位のアンデッドか死霊術師の操り人形になってしまう訳だ。
死して屍、拾う者あり。
意図的に死体を作り出し利用するなど悪趣味極まりない。
どれだけの人間が犠牲になったことか。
近衛騎士たちも呪毒の被害者だろうし少し考えたくらいでは見当もつかない。
ろくでもない話に自然と義憤を覚えるというものだ。
などと考え事をしていると……
「しっかりなさい! あなたは見習いといえど近衛騎士でしょう」
姉がオリビアを叱咤している場面を目の当たりにすることになった。
「まだ、アンデッドになると決まった訳じゃないのよ」
「それはそうですが……」
オリビアの返事は弱々しく歯切れも悪い。
もしかしたら自分も死んでアンデッドになってしまうかもという懸念があるからだろう。
どんなに頭の中から追い出そうとしても近衛騎士たちの末路を見てきている彼女には至難の業だ。
オリビアは近衛騎士たちがアンデッドになる瞬間の姿を見ていないと言っていた。
甲冑で露出した肌の部分がなかったことは不幸中の幸いだろう。
今でさえ動揺が激しいのにアンデッド化する瞬間を部分的にでも目撃していたらトラウマになっていたかもしれない。
これは早々に不安を払拭するべきか。
とはいえ、呪毒を消し去るのは容易ではない。
呪いを浄化で消し去れても毒は残る。
ならばと先に治癒魔法で毒を中和しても呪いが残る。
質が悪いのはいずれかが残った場合、呪毒は元通りに戻ってしまうように仕立てられているようだ。
念のため呪毒に対して鑑定の魔法を使っておいて良かったよ。
つまり、どちらか一方だけを解消するだけではダメなのだ。
通常の二重詠唱であれば高度な制御を求められるものの難易度はそこまで高くはない。
が、強力な呪いを打ち消しつつ解毒の治癒行為をするとなると話は変わってくる。
数段は制御が難しくなるだろうね。
まったく、面倒なことをしてくれたものだ。
これを仕組んだ奴は何者なんだろうな。
っと、詮索は後回しでいいんだよ。
浄化と解毒をミックスした魔法を構築する。
壊すのと治すのを同時にというのは効果が相反するので厄介だ。
別々に同時使用する感じだと必要な魔力量が桁違いに多くなってしまうんだよね。
オリビアだけならゴリ押しでもいいんだけど、実は父アルブレヒトにも呪毒の反応があった。
それだけではない。
この屋敷内にも数十人の反応が見られたのだ。
おそらく父に同行してきた配下の騎士たちなんだろう。
護国大臣直属ともなれば精鋭中の精鋭のはず。
彼らが呪毒で失われてしまうのは大きな痛手だ。
ならば全員の呪毒を今すぐ消し去るべきである。
一度にとなると効果範囲の拡大は別にしても消費魔力量が半端ではない。
術式が複雑化してしまうが省エネでいこう。
魔力は余裕を持って残しておかないと何が起きるか分からないからね。
それに魔石に術式を書き込めば使い捨てにはなるものの誰でも呪毒を消し去ることができるようになる。
王宮内に無事な人間がまだ残っているなら必要になるときが来るかもしれない。
保険はかけておいて損はないはずだ。
読んでくれてありがとう。
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