92 父との話
転移魔法の追究については、どうにか口八丁で逃れることができたと思う。
元々ガルフの罠によって跳ばされたのだ。
それを見てコピー&アレンジしたと言ったら呆れられてしまったけどね。
「病弱で魔法も使えぬという話はなんだったのだ」
それは俺の魔力量が桁違いなことに危機感を抱いたオルランが広めた真っ赤なウソなんだよなぁ。
「さあ? 噂とはそんなものじゃないでしょうか」
俺は首をかしげながら誤情報を否定する。
「病弱というのはともかく、魔法が使えないという点については心当たりも無いでは無いですし」
「心当たりだと?」
「僕は魔力量の多さに振り回されて魔法を制御するのに苦労しました。そのせいで魔法がなかなか使えなかったのは事実です」
ということにしておく。
先代と魂をトレードする形で魔法が使えるようになったなどとは言えるものじゃないからね。
「魔法が使えるようになった途端に千年に一度の才能が開花したか」
「そこまで言われるようなことではないと思いますが」
「謙遜するな。千年でも、かなり控えて言ったつもりなのだ」
桁が違うとでも?
冗談きついんですが?
それって伝説級だと言っているようなものじゃないか。
世界の管理者であるノーサムにはチートをもらったけど、そこまでだとは思わない。
少なくとも俺1人で万の軍勢を相手に戦って勝つことは無理ゲーだろう。
数を頼りに休む間もなく波状攻撃を仕掛けられると疲労が蓄積していくからね。
戦いは数だと言っていた強面の中将閣下がいるくらいだ。
我が国の規模では一度にそれだけの兵を動員できないとは思うけど。
「父上、これを御覧ください」
話の途中ではあったが、エレオノーラが割り込んできた。
父アルブレヒトに読み終わった資料を手渡す。
「これが例の珍妙な車の資料か」
珍妙って……
帰ってきた直後にも言っていたから、よほど印象深かったのかもしれないけど。
まあ、デザインからして箱馬車とは一線を画すから無理からぬことか。
現代日本の感覚で言えば博物館級の箱馬車もどきのクラシックカーと最新のSUV車を見比べるようなものだし。
父の視点ではクラシックカーの方が標準だからなぁ。
「父上、あの車の形には意味があるのですよ」
「そうなのか?」
資料に目を落としかけていたアルブレヒトだが、エレオノーラの指摘を受けて顔を上げる。
「あれは馬車よりもずっと速く走れます」
不敵な笑みを浮かべながら姉が言った。
「ほう、そうなのか」
「馬がひく馬車ではさして問題にならないかもしれませんが自動車では空気すら暴風のような抵抗になるのです」
「なんと、それほどか。にわかには信じられんな」
「それは乗車していただければ分かります」
「そうか。ならば後で乗せてもらうとしよう」
父は受け取った資料をテーブルの上に置いた。
俺が持ってきた資料のせいで脱線しかけていた話を本筋に戻すか。
それだけ重要な案件なら後で呼び出してくれた方が良かったのにと心底思う。
大人の面倒事を子供の俺に振ってこないでほしいものだ。
「シド、レイチェル殿下をこちらにお連れしたのは正解だったわ」
部外者でありたいと思っていたのに姉はそれを許してくれない。
「そうなんですか」
「ええ。王宮は伏魔殿と化しているそうよ」
「陰謀やらなんやらの政治的なあれこれはお任せしますよ。僕には荷が重いです」
「いいえ。比喩ではなくて本物の魔が横行する場になっているのよ」
にわかには信じ難いが、王宮が乗っ取られたということか。
父はそれに気付いて脱出してきたんだろうな。
「ガルフのような状態と言えば分かるかしら」
人の姿を保ったままであれば大半の者たちが異変に気付かなくても不思議ではない。
となると、アンデッドだらけにはなっていない?
殿下を襲っていた連中の黒幕とは別口?
それはそれで敵同士での争いが起こりそうなものだけど父からはそういう話はされていないようだ。
だとすれば襲撃の首謀者も敵の一員か。
父が逃げ出してくるくらいなのだから王宮内は右も左も敵だらけだとしても不思議ではない。
伏魔殿とはよく言ったものだ。
「敵は王族の中の誰かだと思っていたのですが、どうやら国全体を敵に回したようですね」
俺の言葉に父は驚きをあらわにした。
「どうしてそう思うのだ?」
「姉さんは王宮が伏魔殿と化していると言いました。これは父上からもたらされた情報ですよね」
「うむ、その通りだ」
「1人の王族だけでそんな状態になるとは思えません。王宮内の王侯貴族ほぼ全員が人ならざる者になったと見るべきでしょう」
「それで国全体が敵になったと言ったのだな」
俺はうなずく。
これを覆すのは一筋縄ではいかないと思う。
「思えばレイチェル殿下を襲撃していたのも一味にならなかったことで消そうとしていたのかもしれません」
「その側面はあるだろう」
俺の推測に同意する父だったが。
「それだけとも言えん」
「他に何があるというのですか、父上」
よほど気になったのかエレオノーラがここで割り込んできた。
「お前は知っているはずだぞ。殿下が光属性の魔法を得意としていることを」
その返答にハッとした表情を浮かべる姉。
光属性の魔法を使うお姫様を排除しようとしていた訳か。
となると敵は上位のアンデッドか死霊術の使い手ということになりそうだ。
殿下を襲撃していたのも何らかの方法でアンデッド化させられていた近衛騎士だった者たちだし。
もちろん、絶対ではない。
レイチェル殿下を襲撃したのも彼女のことを忌み嫌う王族の誰かだったということも考えられない訳ではない。
そういう輩的精神の持ち主が自分たちが仕える主人であるという点については非常に残念かつ腹立たしく思うのだが。
「やはり敵は人ならざる者ですか」
「うむ」
「よく御無事でしたね」
「食事に妙な毒が混ぜられていることに気付いたおかげで難を逃れることができたのだ」
「間一髪だったと?」
「うむ。仕事に忙殺されて食事を取る暇もないことが幸いしたな」
「父上……」
エレオノーラは父の言葉に安堵まじりの苦笑をしているが俺は引っ掛かるものを感じた。
「もしかして──」
そこで言葉を句切ると父や姉だけでなくオリビアの視線も俺に集中した。
「その妙な毒というのは人をアンデッドに変えてしまうのではありませんか」
俺の問いかけに父は目を丸くさせる。
「よく分かったな」
「殿下を襲っていた連中は召喚術者以外はアンデッドだったのです」
「なるほど。そういうことか」
「そんな簡単に……」
父や姉は納得していたが、オリビアはショックを受けている。
「オリビアさんは平気そうに見えるのだけど?」
エレオノーラが俺に視線を向けたまま聞いてきた。
「毒は何回かに分けて仕込まれていたのでしょう」
味とか色で気付かれると黒幕の目論見は台無しになるからね。
「そのうちの何回かを食べなかっただけだと思いますよ」
「そんなっ!」
オリビアは酷くショックを受けている。
紙一重でアンデッドになっていたかもしれないと言われたも同然なのだから当然の反応と言えよう。
父も何度かは毒を口にしてしまっただろうし、これは一肌脱がないといけないかな。
読んでくれてありがとう。
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