91 シド、呆れられる
帰路は何事もなく無事に屋敷へたどり着くことができた。
眠っているお姫様を乗せている都合上、往路ほどかっ飛ばすことはできなかったので野盗の類いは警戒していたんだけど。
まあ、それでも車内ではオリビアが驚きっぱなしだったみたい。
アンナはお姫様の看病に集中していて乗車後は静かなものだったと聞いている。
お姫様は眠ったままで目を覚ますことはなかった。
問題があったとすれば、真っ先に思い浮かぶのはうちの護衛たちか。
馬と自動車の速度差があるせいで引き離してしまったからね。
これも俺たちに遅れること半日ほどで無事に到着はするのだけど今は安否の確認をする術がない。
ただ、最大の問題は道中ではなく到着してからだった。
俺たちの到着が夜中になったとかいうことではない。
父アルブレヒト・ミューラー伯爵が帰宅していたことである。
自分の家なのだから帰宅して悪いことは何もないのだけど。
ただ、本来であれば護国大臣としての仕事に忙殺され本来の帰宅予定はまだまだ先のことだったはず。
そのために意表を突かれた訳だ。
さすがの姉も困惑していたさ。
「おかえり。馬も無く走る車とはずいぶんと珍妙なものに乗ってきたのだな」
まずは降車したエレオノーラに声がかけられた。
バイクで先導する形のまま走っていたなら、その相手は俺になっていただろうか。
領都が見えてきたあたりで自動車の魔力残量がギリギリになったので停車して俺が充填したんだよね。
その後は先導した俺が疲れているだろうからと姉が先行しれくれたのだ。
「父上!? ……当面は帰ってこられないはずではなかったのですか?」
予定にない帰宅だったことで姉が驚き動揺を見せている。
「ああ、すまない。そういうことにして裏をかく必要のある者が内部にいたのだ」
敵をあざむくにはまず味方からということか。
もしかすると今回の一件に関係あるかもね。
姉は父の説明を受けて事情を察したようで落ち着きを取り戻していた。
それで緊急事態が予想されるからか表情は硬い。
「詳しいことは屋敷で伺いましょう。今はそれよりも救護しなければならない方がいらっしゃいます」
そう言いながらエレオノーラが振り向くと、ちょうど車からベッドが降ろされた直後のタイミングであった。
「なんと!? レイチェル殿下ではないか!」
数々の修羅場をくぐってきた父でも驚きを隠せなかったみたいだね。
つい大きな声を発していたが、それでもお姫様は目を覚まさなかった。
移動中に目を覚ますのは体調に悪影響とは言わないまでもよろしくないのではと判断し魔法で眠りについてもらったためだ。
それにしてもお姫様はそういう名前だったんだな。
確か第3王女だったっけ?
姉の話では俺より5才上だそうだから15才か。
現代日本で言えば中学生か高校生の年齢だからまだまだ子供である。
にもかかわらず呪われたり命を狙われたりとハードモードな人生とは同情を禁じ得ないところだ。
俺もつい最近までは人のことを言えない状態だったんだけど。
大半が引き継いだ記憶の上での話なので実感はわかないが。
故にお姫様に同情する気持ちの方が勝ってしまうのだと思う。
「父上、事情は中でお話しします」
「そうだな。外で話せるような話ではないだろう」
その流れで皆は屋敷の方へ向かうことになった。
俺は車とバイクを書庫の脇にある畑を潰して作った車庫へと持っていけば、お仕事終了。
あとは書庫にこもってくつろごうと思っていたのだけど……
「何してるの、シド?」
屋敷の方へ向かっていたはずの姉が足を止めて呼び止められてしまった。
「車庫に車とバイクを格納しないと──」
そう言いながら上を指差しつつ空を見上げる。
そこには先程までは無かったはずの黒雲が立ち込め始めていた。
「濡れてしまいそうですから」
「わかったわ。それが終わったら貴方も来なさい」
口調は柔らかではあったものの有無を言わさぬ力のこもった目で見られている。
逃げるなってことか。
「わかりました」
俺が肯定の返事をすると姉は屋敷の方へ足早に去っていった。
一瞬、すっぽかそうかと思ったけれど後が怖いので言う通りにしよう。
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「遅いわよ」
屋敷の応接間に入室するなり姉に叱責されてしまった。
「申し訳ありません。バラバラだった車の資料をかき集めていたもので。必要ですよね?」
父に車やバイクのことを聞かれるだろうからという体で少しサボらせてもらいましたよ。
「そういうこと。それじゃあ仕方ないわね」
「綺麗にまとめる前のものなので確認してください」
「わかったわ」
資料を手渡すとエレオノーラはそちらに目を通し始めた。
俺は当然のように手持ち無沙汰になるのだけど。
「どうした、シド。座りなさい」
父が声をかけてきた。
この部屋にいるのは姉だけではないから当然だ。
姉の向かいと隣にはそれぞれ父とオリビア嬢が着座し、父の斜め後ろには執事の爺さんが控えるように立っている。
「あっ、はい」
姉の隣に腰を落としたけれどソファが柔らかすぎて跳ねそうになる。
ハッキリ言うと座り心地が悪い。
もっと体重があれば包み込むような感じになるのかもしれないけどね。
しょうがないので自分自身に軽く加重の魔法をかけて姿勢を安定させた。
「ほう、その年で無詠唱か」
さすがは魔法の名門ミューラー伯爵家の現当主。
俺が魔法を使ったことに気付いたようだ。
ここで変にとぼけるのも良くあるまい。
「ええ。ソファに上手く座れないのでグラビティを少々」
「………………」
鋭い眼光を俺に向けながらも沈黙してしまう父。
普通の10才児ならビビって失禁するか泣いてしまうかもしれないほど怖い顔になっている。
「ん?」
他にも視線を感じたので横に目を向けると、唖然とした顔のオリビアと視線が合った。
呆れられてしまうようなことを言った覚えはないんですが?
「父上、シドは規格外だと言ったではないですか」
資料に目を落としながらエレオノーラがボソッと言った。
「規格外ってなんですか」
俺はすかさず抗議したが姉には資料の確認に忙しいとばかりにスルーされてしまう。
周囲に目配りというか耳を傾ける余裕があるのに、それはどうなんだろう。
「よく分かった。本人が無自覚なことも含めてな」
アルブレヒトにもそんな風に言われてしまい不満は残るものの反論する気は失せてしまった。
「グラビティを使える魔法使いなど歴史上でも数えるほどしかおらん」
いくらなんでも盛りすぎというか過大評価だと思うのだが。
よくよく考えてみると重力という概念が定着していない異世界ならではの問題のような気がする。
教育水準も決して高いとは言えないし無理からぬことだろう。
「おまけに転移魔法まで使ったそうだな」
資料をかき集めるという名目のためにサボりすぎたせいか姉がかなりの情報を漏らしたようだ。
オリビアという部外者もいるのに不用心すぎやしないだろうかと思ったが、彼女の現状から外部に漏れないと判断されたのだろう。
それに情報が流出したところで内容が荒唐無稽すぎて誰も信じないのか。
我が事ながら実感がわかないというか何とも言い難いところである。
読んでくれてありがとう。
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