89 姉を引き寄せる方法
「という訳で姉が来ます」
「意味がわかんねえっす」
エレオノーラとの遠距離通話後、振り返って皆に告げるとチャラ護衛がすかさずツッコミを入れてきた。
「何がどうなって、という訳でなんすか」
いかん。姉との話を皆も聞いていた気になってしまっていた。
最初の方こそ俺も声に出して通話していたけど、よくよく考えたら送信も返信もリスタとの念話を介しているので喋る必要がなかったんだよね。
送信はリスタに喋るイメージを送るだけ。
後は向こうで猫に擬態したリスタの喉にコピーした俺の声帯から声が出る。
受信はもっと簡単だった。
リスタから送られてくる念話を受信するだけだったからね。
「僕がテイムした魔物を召喚するついでに自動車に乗った姉さんが来るだけの簡単な話だよ」
「どこが簡単な話っすか。ますます意味がわかんねえっすよ」
簡潔に話したつもりだったが端折りすぎただろうか。
他の護衛たちもチャラ護衛と同じような顔をしている。
俺がリスタをテイムしていることは知らないんだから無理もない。
ましてや、その召喚で使用する方法は俺のオリジナルだ。
スライムの特性を生かしただけだけど記録でも記憶でも誰も使ったことがないみたいなのでね。
単なる発想の転換なんだけど。
俺の場合もガルフを捕縛していなければ、この方法を思いつけたかは分からない。
そう考えると護衛たちが困惑しているのも当然なのか。
いや、彼らはまだマシかもしれない。
オリビアなどは彼らの困惑ぶりを通り越してしまったようで眉間にシワを寄せて首をひねっている有様だ。
ミューラー伯爵家で始めた自動車の開発なんて知らない訳だし。
これは言葉で説明して理解してもらうのは難しそうなんだよね。
理解できるのはスライムの召喚までだろう。
後は何を訳の分からないことを言っているのかと思われるのがオチだ。
前例がなければ想像するのも容易くはない。
となると、言葉を尽くすよりも実際にやって見せた方がいいだろう。
論より証拠という訳だ。
ただ、今すぐには実行できない。
お姫様の受け入れ準備を整える必要がある。
姉さんをリスタの召喚に合わせて連れてくる以上、その指示出しを待たねばならない。
待っている間にスライムをテイムしてリスタと名付けたことだけは説明しておく。
でないとリスタを召喚した直後に臨戦態勢を取られてしまう恐れがあるからね。
俺の説明を聞いた護衛たちの反応は「また坊ちゃんがやらかした」を声に出すか出さないかの差しかなかった。
生暖かい目で見られてモヤッとはしたけど拒絶されないなら良しとしよう。
テイムしたのがスライムでなかったら、こうはいかなかったかもしれないからね。
オリビアの方も拒絶的な受け止め方はされなかったみたいだ。
ただ、困惑はさせてしまったようで「何故スライム?」というような顔はされてしまったけれど。
何故と言われても他に手頃な魔物がいなかっただけの話である。
それをあえて説明する義理もないのでスルーさせてもらった。
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車をこちらに引き寄せる瞬間が近づいてきた。
姉はすでに家人の者たちへの指示出しを終えている。
「それじゃあ移動手段確保大作戦をスタートします」
大仰なネーミングだと思ったけど、そのおかげで根掘り葉掘り聞かれずにすんでいるので変更するつもりはない。
元々、思いつきで決めた作戦名なので他の名前にしろと言われても困るんだけどね。
事前に説明していたとおりエレオノーラが車に乗り込んだ。
こうしておかなければ引き寄せが完了するまで呼吸できないことになるからね。
何故かというと、それはリスタの次の行動で明らかになる。
リスタは姉が乗り込んだのを見届けると猫モードから通常の饅頭型へと戻る。
更には巨大化して車を包み込んだ。
これで準備完了だ。
「行きまーす」
まずは光魔法で魔法陣を構築。
それっぽく見せる演出のつもりだったんだけど、皆がささっと距離を取ってくれた。
事故の予防になる行動を取ってくれたのは想定外だ。
悪いことではないので、さも当然という顔をして続行する。
「我が求めに応じ出でよ、汝リスタ!」
やってることは普通の召喚魔法なので、こんな呪文じみた文言を唱えなくても良かったのだけどね。
これも演出の一環である。
次の瞬間、魔法陣からまばゆい光があふれ出す。
直視できない光が消えると同時に光の魔法陣は消え、その場には車を包み込んだリスタが姿を現していた。
それを目にした一同がどよめく。
パニックを起こされても困るので即座にリスタを通常サイズに戻し猫モードに移行させた。
誰も声を発さないのは動揺しているからか。
騒がれたり暴走してリスタに襲いかかられるよりはいいので下手に刺激しないよう放置決定。
最初に動いたのはエレオノーラだった。
この場にいる面子の中で誰よりも俺のやることに慣れているから当然と言えば当然か。
車から降りて来るなり──
「召喚にこんな使い方があるとは思いもしなかったわ」
そう言いながら苦笑するエレオノーラ。
「言っておきますがリスタだからこの芸当ができるんですよ」
この芸当とは召喚に合わせて車をこの場に引き寄せることであるのは言うまでもあるまい。
不定形のボディで車を完全に覆うことができるスライムならではである。
これが他の魔物であったなら隙間なく包み込むなどできなかった。
サイズの変更も普通のスライムでは難しい。
こうすることで召喚対象の体内であるという形にしたのだ。
もしかすると触れているだけでも車ごとの召喚は成し得たかもしれない。
そうしなかったのは失敗したときのリスクを考えたからだ。
ぶっつけ本番で試してリスタしか召喚されませんでしたというのは恥ずかしすぎるからね。
おまけに召喚のやり直しが必要となり魔力の無駄遣いは不可避だ。
「もちろんよ。今後、誰かが真似をしようとしても上手くいかないでしょうね」
どうやら姉は正しく理解してくれているようだ。
おそらく無人島に転移トラップで跳ばされた際にリスタを召喚した経験が大きいのだと思う。
あの時、一緒に召喚されたのは車ではなくガルフだったけど。
いずれにせよ経験のあるなしの差は顕著に出たと言える。
姉は驚きはしたものの、すぐに復帰して車から降りてきた。
一方で他の者たちは未だに固まったままだ。
これを復帰させ、どういうことなのか事情を説明するというのは結構な手間となりそうだ。
今から車に手を加えたいと思っている現状では面倒で仕方ない。
だからと言って放置もできないので──
「姉さん、僕は急ぎやらなければならないことがあるので皆に説明をお願いします」
エレオノーラに丸投げした。
「え?」
姉が呆気にとられている間に俺は車の後ろに回り込みハッチバックのドアを開ける。
そのまま車に乗り込んで術式の追加付与を開始した。
「あ、ちょっと」
呼びかけられるが作業に集中して聞こえない振りをする。
難易度が高めの作業になるので後で言い訳しても怪しまれはしないだろう。
何をしているのかというと空間拡張だ。
お姫様は眠ったままだし車に乗せるならベッドごとになる。
起こさずに座席へ座らせると首が安定しないからね。
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