86 質の悪い呪いだと分かってもらえましたか?
お姫様にかけられていた呪いを完全に浄化したので完了を告げた。
邪気は微塵も残っていないので、わざわざ告げる必要もないだろうと思っていたのだけど。
「本当に……?」
信じ切れないのかオリビアは唖然とした表情で聞いてくる。
茫然自失の状態で失神したも同然のアンナよりはマシかもしれない。
「嘘なんてついても、すぐにバレますよ」
邪気のすさまじさは肌でわかっているはずなんだから。
「いや、そうなんだが。一瞬で終わったのが、どうにも……」
オリビアは言葉を濁したが信じられないと言いたかったのだろう。
もう少しそれっぽい視覚効果を入れた方が良かったか。
一瞬で浄化が終わることに変わりはないけど少しは反応が違ったかもしれない。
反省はこのくらいにして話を先に進める。
「ちなみに、この呪いは浄化されても復活するように術式が組まれていました」
「なっ!?」
驚愕するオリビア。
「そんなに質の悪いものだったのですか?」
「ええ。ただし、呪いを復活させるには魔力を供給する必要がありましたが」
「そこまで執拗だったとは……」
渋面を浮かべるオリビアだったが、すぐに表情を引き締めた。
「呪いが復活する様子がないようですが、どういうことですか?」
当然の疑問だ。
「供給源は先に潰してあったんですよ。偶然ですけどね」
「そうなのですか?」
「上空を飛んでいた使い魔の鳥が監視役も兼ねていたみたいなので」
「監視役ですって!?」
「襲撃が成功するか見届けたかったんでしょう」
ネックレスに刻まれた術式を見るまでは、そういうカラクリだとは思っていなかったのだけど。
「そんなものまで……」
オリビアは絶句している。
無理もない。
自分以外の護衛が裏切っただけでなく次から次へと襲いかかってくる魔物に囲まれた状態では気付く余裕もなかっただろうし。
「待ちなさい」
オリビアが固まってしまったのと入れ替わるようなタイミングでアンナが声をかけてきた。
待てというのが、どういう意味なのか分かりかねるが。
「呪いを解いたと言いますが、姫様が目を覚ますようには見受けられません。一体どういうことなのですかっ?」
叱責するような声音で厳しく追及してくるアンナ。
お姫様が何より大事ということなんだろうけど視野狭窄に陥ってませんかね。
「僕は呪いを解いただけですよ」
「だから、それが信用できないと言っているのです」
「思慮が浅いですね」
「なんですって!?」
子供に言われれば腹も立つだろうけど、感情にまかせた考えなしの発言をしていてはそう言われても仕方あるまい。
「強力な呪いをかけられていたんですよ」
「そんなことは分かっています!」
「では、どうして呪いのせいで衰弱したことに気付かないんですか?」
「くっ」
想定外の問いかけだったようでアンナは返答に詰まっている。
とはいえ納得はできないようで不服がすべて顔に出ていた。
それらが噴出しそうになったところで──
「やめておけ、アンナ」
オリビアに止められてしまう。
「誰が見ても難癖をつけているようにしか見えないぞ」
「うっ」
身内に指摘されたことでアンナはようやく沈黙した。
それまで浮かべていた渋面も憑き物が落ちたかのように消え去っている。
お姫様が目を覚まさないことに焦燥して冷静さを失っていたのをオリビアの言葉で我に返ったというところか。
「シド殿」
アンナに向けていた視線を俺の方へ切り替えたオリビアに呼びかけられた。
「なんですか?」
「姫様の具合はどうなのか?」
わずかではあるが不安を覗かせながら聞いてくる。
「呪いを解く前は命にかかわるくらい危険な状態でした」
「今はっ!?」
落ち着きを取り戻したはずのアンナが必死の形相で聞いてきた。
忠誠心の高さゆえに気になってしょうがないのだろう。
「徐々に回復するように魔法をかけてありますから大丈夫ですよ」
「治癒魔法を使っているなら安心だな」
ウンウンとうなずくオリビアだが、不意に怪訝な表情を見せた。
「徐々にというのはどうしてなのかしら」
「命にかかわるくらい危険な状態だったと言いましたよね」
「ええ」
「そこまで衰弱してしまうと一気に回復させるのは負担が大きくなってしまいます」
「なるほど。納得した」
鍛えている人間ならともかく、そうでないなら何処かに影響してしまう恐れは考慮すべきだろう。
あえてそこまで言わずともオリビアは察してくれたようだ。
最悪の場合は寿命が削られることも無いとは言えないからねえ。
そうでなかったとしても何日も昏睡し続けるくらいは普通に考えられる。
これを魔法で一気に解決しようとすると相応に強力な魔法を使わざるを得ない。
その場合は反動も大きくなるということを忘れてはいけない。
何でもかんでも魔法で解決しようとしても何処かでほころびが生まれてしまうのだ。
今回の場合だと本末転倒な結果になりかねない。
「もどかしく感じるが、あの呪いを解消した反動と考えるとリスクも大きそうだ。迂闊な真似はすべきではないな」
オリビアのこの言葉で何かを言いかけていたアンナも口をつぐんだ。
「では、今すべきことは近場で安全に休める場所を探すことか」
そうなるだろう。
いつまでも襲撃現場に留まっていると追撃の部隊が来てしまう恐れがある。
それにお姫様はベッドで横になって眠っている状態だけど、看病するアンナにかかる負担も考慮しなければなるまい。
いかに空間が拡張されているとはいえ通常の室内よりも狭く感じるのは事実。
看病していることも含めて考えれば心理的な負担は小さくなさそうだ。
「それなら先に進むのはお勧めできませんね。大変危険です」
「やはり、そうなりますか」
そう言っている割にオリビアの表情は落ち着いており苦悩しているようには見えない。
このまま王都に戻ることは完全に諦めたようだ。
ならば、こちらとしても誘いやすい。
「もしよろしければ当家にお越しください。ゆっくりと療養できる部屋を提供できると思います」
屋敷を追い出され長らく書庫住まいをしていた身でこういうことを言うのは妙な気分だが。
そういう気持ちになるのは自分がシドとして定着した証しかもね。
「申し訳ないですが、それしか選択肢はなさそうですね。よろしく頼みます」
オリビアが頭を下げた。
アンナが何か言ってくるかと思ったけれど、そういうこともなく深々とお辞儀した。
仕方なくといったようにも見えないので多少は信頼が得られたのかもしれない。
そんな訳でうちの護衛たちだけでなくお姫様たちを連れ帰ることになった訳だけれども。
移動手段をどうにかしなければならないんだよなぁ。
お姫様たちの馬車を引いていた馬は可哀想なことになっているからね。
それなら護衛が乗っていた馬で馬車を引けばいいというものでもない。
馬車には追跡用の術式が組み込まれている。
消したり封じたりできなくはないけど、それって誘拐が目的ですと言っているようなものだし避けたいところだ。
その点、乗り換えなら言い訳ができない訳でもない。
部外者に自動車のことを知られてしまうことになるけどね。
すでにオリビアにはバイクを見られているから今更かもしれないけど。
読んでくれてありがとう。
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