85 病気じゃなかった?
「では診察させていただいてよろしいでしょうか」
「お願いします」
オリビアは深々と頭を下げた。
躊躇うことなく許可されるとは思いもしていなかったのだけど。
藁にもすがるほど深刻な状態なのかもしれない。
なんにせよ許可は得られたのでバイクは放置して馬車へと歩を進める。
護衛隊長であるダッジが何か言いたげにしているが急ぎでないのなら後回しだ。
「姫様、失礼します」
オリビアが声をかけてから馬車のドアを開け中に乗り込む。
向こうサイドの最後の護衛として立ち会うつもりなのだろう。
窮屈になるけど仕方あるまい。
「シド殿、どうぞ」
馬車の中はさぞかし狭くなっているだろうと思ったけれど、空間拡張の術式が施されており余裕を持って乗り込むことができた。
それどころかドレスを着込んだ女子高生くらいの少女が簡易ベッドに寝かされている。
もちろん長身のオリビアが立ったままでも頭が支えるようなことはない。
ベッドを中に入れるのはさぞかし苦労したことだろうなどと思ったが、今は治療が先だ。
ただ、少女の真横を陣取って離れようとしない年嵩のお姉さんがいる。
メイド服を着ているので専属の侍女なんだろう。
乗り込んできた俺を見て固まってしまっている。
「ミューラー伯爵家のシド殿だ。治癒魔法が使えるとのことでな」
オリビアの紹介と説明により我に返った侍女だが、その場を退こうとはしない。
「街の神官殿にお願いしてもダメだったじゃないですか」
「それを自分みたいな子供がどうにかできるものではないと?」
俺が会話に横入りしてくるとは思わなかったらしく、侍女は一瞬だがギョッとした目を向けてきた。
「失礼ですが、あなたに医療の心得はありますか?」
返答ができず声を詰まらせる侍女。
「僕にはあります」
前世のひとつで得た知識と経験でだけどね。
「アンナ」
オリビアが声をかけると侍女は渋々ではあるものの避けてくれた。
「ありがとうございます」
姫君の真横に陣取った俺は少女の顔色をまず確認した。
血色があまり良くない上に意識がない。
昏睡していたのか。
「では診察を始めます」
先に断りを入れてから少女の手を取る。
脈を取るためだったが予想していた以上に弱々しい脈だった。
睡眠時であれば1分間に40~60回程度のはずだが、その半分以下だろう。
よく生きているなと思ったほどだ。
事態は思っていた以上に深刻だ。
このままでは敵の襲撃がなくても王都にたどり着く前に死んでしまうのは間違いない。
問題は何が原因なのかということだ。
俺はそれを探るために掌に魔力を集めて王女の方へかざしてみた。
まあ、これは鑑定の魔法を使うためのカモフラージュなんだけどね。
そう思っていたのだが、鑑定する前に掌の魔力へ嫌な感触が伝わってくるのを感じた。
「これは……」
「どうしたのです、シド殿。何か分かったのですか?」
診察を始めてからは口出しせず静かに見守っていたオリビアが俺の動揺を見て取ると耐えきれずに尋ねてきた。
それはそうか。
今までは魔導師も神官も王女の病を見抜けなかったのだから。
「これは病ではありませんよ」
「そんなはずはありませんっ。現に姫様は顔色も悪く目を覚まされないじゃないですか!」
王女は病気ではないと俺が否定すると侍女アンナが険しい表情で抗議してきた。
「それは病気ではなく別の原因でそうなっているからですよ」
「デタラメを──」
「いや、待つんだ。シド殿の話を聞こう」
アンナは冷静さを失い感情にまかせたままの態度だったが、オリビアが落ち着いた様子で制してくれた。
幸いにも侍女はオリビアの言うことは渋々でも従ってくれるようだ。
というより俺が子供だから信用できずにあたりがキツいのだろう。
「別に長々と話をするつもりはありませんよ。呪いがかけられて病のような症状になっているだけですから」
「そんなバカな話がありますか! 神官にも診てもらっているんです。彼らが見抜けないはずがないでしょう」
「普通の状態ならね」
「それはどういうことですか?」
冷静さを失わずオリビアが聞いてくる。
「高度な隠蔽の魔法をかけられていました。それだけです」
とはいえ一朝一夕に呪いがかけられるはずもない。
でなければ専門外の神官はともかく魔法に詳しいはずの魔導師が隠蔽の魔法を見抜けないのはおかしい。
意図的に見逃しているのではない限りね。
もちろん、オリビアたちは信用がおける相手以外に依頼はしなかったはず。
それでも誰一人として見抜けなかったのは隠蔽が巧みであった証左と言えよう。
実際、俺も魔力を目視できるほど濃く放出してかざさなければ気付かなかったのだ。
今まで発覚しなかったのも無理はない。
「しかし、神官は念のために浄化をかけてくれました」
アンナがすがるような目をしながら言ってくる。
「にもかかわらず呪いが残るなど、にわかには信じ難い話です」
「大火は花瓶の水では消せない」
それは我がアルス国のことわざのひとつだ。
元日本人として言い換えるなら「焼け石に水」だろう。
「そんなに強力な呪いなのか?」
勢い込んで聞いてくるオリビア。
「少なくとも浄化を使った神官の手に負えないくらいには」
「そんなはずはありません!」
俺の返事を激しく否定してくるアンナ。
敬愛する姫様が得体の知れない強力な呪いに犯されているなど認めたくはあるまい。
「それだけ強力な呪いなら気付かないはずがありません!」
言いたいことは分からないでもない。
呪いが強ければ強いほど周囲の空気を侵食するように禍々しい邪気を放つものだ。
本職の神官が浄化できないほどの呪いともなれば常人など近寄ることすら困難だろう。
それを上回る隠蔽が使われていたと言っても受け入れまい。
人は認めがたい事実を前にすると己の信じたいものしか信じなくなる者が多くなる。
アンナもそうなってしまった訳だ。
説き伏せようとしても堂々巡りしてしまうのは明白であろう。
「これでも?」
パチンと指を弾くと同時に隠蔽の魔法を消去。
途端に隠されていた邪気があらわになり馬車の中の空気が一変した。
「「────────────────────っ!!」」
オリビアは戦慄しアンナは卒倒しそうになっている。
思った以上に高度な隠蔽だったみたいだ。
とりあえず馬車の外には漏れ出さないよう結界を展開したけど今更感はある。
「じゃあ、さっさと浄化しちゃいますね」
「できるのか!?」
オリビアが驚愕の目を向けてくる。
「できますよ」
「なにっ!?」
にわかには信じ難いらしくオリビアは驚愕を顔に貼り付けていた。
そんな彼女に構わず俺は──
「行きます」
本日2度目のフィンガースナップで指を鳴らしつつ浄化の魔法を強めにかけた。
ゴソッと魔力の減る感覚はあったものの、まだまだ余裕がある。
全魔力を一気に投入して浄化したらどうなるのか俺も想像がつかないほどだ。
魔力の総量からすれば手加減したようなものだが問題なく浄化は成功した。
それは呪いの起点となっていたネックレスにはめ込まれていた宝石が破損していることからも明らかだ。
面倒な術式が刻まれていたけど、それは馬車に乗り込む前に解決している。
「終わりました」
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。




