79 休むのは大事
「やっと終わった……」
姉は疲労困憊で片膝をついた。
情けないと言わんばかりに頭を振っているが、その姿も弱々しい。
仕方あるまい。
キマイラの頭を潰すのに攻撃力の高い魔法を何発も叩き込んだのだし。
手こずったのは獅子のたてがみが自在に動いて防御したからだ。
思った以上に頑丈で耐性のないはずの水属性魔法でも上級とされるアイスランスを用いたにもかかわらず数発当ててかすり傷しか負わせられなかった。
中級のウオーターボールと違ってアイスランスは消費魔力量が大きい。
属性が同じでも等級がひとつ上がれば制御が困難になるか必要な魔力量が増加する。
今回の場合はその両方だった。
キマイラを沈黙させるまで撃ちまくったとなれば姉の魔力が枯渇寸前になっただけでなく精神的に疲弊したとしても仕方あるまい。
「お疲れ様です」
「シドは、疲れてないのね。情けないわ」
労いの言葉をかけたはずなのに落ち込むエレオノーラ。
「僕はキマイラを縛り付けただけですからね」
「そっちの方が大変じゃない。まさか影を自在に操れるなんて普通じゃ考えられないわよ」
「姉さんが言うほどのことはありませんでしたが」
謙遜ではなく本当に思った通りのことを言ったつもりだったのだけど姉にはジトッとした目で見られてしまいましたよ?
どうしてそうなる。
「まあ、いいわ」
何がいいのかわからない。
わからないが追及されたり責められたりするのでなければ問題はない。
「それよりも──」
姉が話題を変えようとしている。
なんだろう?
「あのキマイラとかいう魔物、死んだと思ったら消えてしまったわよね。どういうことか分かる?」
「あー、あれですね」
確かに姉の言うような結果になった。
「召喚された魔物だったからだと思いますよ」
「召喚されると、ああなるの!?」
「テイムしていない魔物だと死んだら消えてしまうようですね」
「テイムしているかどうかで違いが出ると言うの!?」
「例えばですが調教された馬と野生の馬みたいなものですよ」
「馬は馬でしょう?」
姉は不思議そうに首をかしげながら聞いてくる。
「野生の馬に人が乗ることができますか? 乗ることができても思い通りに操ることができますか?」
「あ……」
俺の問いかけで何が言いたかったのか気付いてくれたようだ。
「違いがあるのは分かったけど、キマイラが消滅したこととどう繋がるのかしら?」
どうやら俺の早とちりだったみたい。
「テイムしているということは信頼関係や絆のような精神的なつながりがあります」
でなくてはテイムすることができない。
契約内容に納得せずサインをする者はいないということだ。
「そうね」
「そのようなつながり無しの状態で無理やり縄張りから引っ張り出されたままにされたら、どう思いますか?」
言ってみれば無理やり契約書にサインさせられるようなものである。
「それは……、怒らない方がおかしいわよね」
その怒りは常に契約解除を願うということにつながる。
「そうです。でも、キマイラはこの遺跡を守るように強制されていたとしたらどうです?」
「だから遺跡から出ようとしなかったのね」
リスタが偵察に向かったときの話のことを言っているのか。
それもあるな。
「その強制力が生きているときのみに限られていたら、どうです?」
「意地でも帰りたいって思うんじゃないかしら」
そう言ってからエレオノーラは軽く手を叩いて乾いた音を響かせた。
「そっか」
俺の拙いたとえ話でも気付いてもらえたか。
「今回のことは飼い慣らされることを拒否した馬が無理やり捕らわれてしまったようなものだったということね」
「まあ、そんな感じです」
「召喚はできたけど手懐けられず力尽くで言うことをきかせたと」
「そうです」
召喚者は一方的な契約をキマイラに押しつけこの地に縛り付けたものと思われる。
推測ではあるが、おそらく間違いないだろう。
契約の強制力がキマイラの帰還を阻んでいたと考えれば遺跡に居座っていたのもうなずけるというものだ。
召喚魔法というのは魔力を維持している間だけ引き寄せているにすぎないからね。
魔力が消費されて召喚を維持できなくなったら自動的に帰還する。
これが召喚魔法だ。
イメージとしては召喚対象が弓の弦に固定された感じかな。
弓を引き絞る行為が召喚とするなら弦を放せば元の位置に戻ろうとする。
この反動が召喚終了後に帰還するメカニズムだ。
つまり、召喚魔法で呼び込んだ相手をその場にとどめようとするなら弦を引き絞り続ける必要がある。
それがテイムであったり強制契約だったりするわけだ。
テイムは解除されない限り生死に関係なくその状態が続く。
対して強制契約における固定は召喚対象が生存している間だけに限定されてしまう。
召喚対象が死ねば固定が解除されて帰還する。
質が悪いのは召喚者が死んでも固定が解除されない点にある。
何かを守らせたいがために召喚すると考えれば、そうなるように術式が構築されるのもむしろ当然なのか。
今回の場合は遺跡の場所が守る対象だったのだろう。
維持管理までは契約に含まれなかった結果、荒れ放題の遺跡の主と化してしまった訳だが。
ちなみに弦を切断して召喚対象を帰還させない方法も無いではないが代償が大きい。
どうなるかは召喚者にも読めないはずだ。
場合によっては召喚対象を制御できずに暴走したり消滅することもあり得るので現実的ではないだろう。
そのあたりのことすべてを姉に説明すると……
「転移魔法とは根本的に違うのね。放っておいても帰還するなんて今の私たちにこそ必要なことだと思うのだけど?」
なかば八つ当たり気味にそんなことを言われてしまった。
「とにかく、いつまでもこうしていられないわ。帰りましょう」
姉はそう言うが、魔力切れを起こしてヘロヘロの状態で転移したら転移酔いしかねないんですがね。
しかも距離があるからなぁ。
「無茶、言わないでくださいよ。帰還と同時に胃の中のものをぶちまけたくないでしょ」
「うっ……」
この指摘はさすがに効果があったようで姉も休んでくれる気にはなったようだ。
という訳で姉の魔力を回復させるために試作したポーションガムを食べてもらう。
「シド、これは何だ?」
小さな板状のポーションガムを渡された姉が困惑している。
元日本人である自分にとっては板ガムは馴染みのあるものだけど姉はそうではない。
「疲労回復用の成分を染み込ませたガムです」
「ガム?」
「染み込ませた果汁なんかを噛んで味わう菓子だそうです。これには果汁ではなく疲労と魔力を回復させる成分を染み込ませてあります」
「ポーションのようなものか」
「そうですね。長期保存できないかと思って試作してみました」
効力はともかく即効性に乏しいのが現状における一番の課題である。
あとは味かな。
「それは助かる」
姉はためらいなく口にしたが……
「酸っぱ!」
顔をシワシワにして耐えていた。
「味がなくなるまで噛んでください。でないと効果はありません」
耐えつつも食べきった姉が涙目になっていた。
「シド、あまり効いた気がしないのだが」
「試作品なので時間がかかるんです」
姉が少しばかり渋い表情を覗かせる。
「それでも何もせずに休憩するのとは違うはずですよ」
「だとしても味がなぁ」
「疲労回復の成分ですから抜くことはできません」
「むう」
俺の言葉に姉は短くうなって悩ましい顔つきになった。
酸っぱいのがよほど堪えたのだろう。
読んでくれてありがとう。
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