78 待ち受けるのは
「で、あれは何?」
エレオノーラに問われた。
「キマイラですよ。獅子の頭にヤギの胴体、尻尾は毒蛇だとか」
「聞いたこともない魔物ね」
苦々しい表情で溜め息をつく姉である。
自分の経験から魔物の強さを推し量れないからだろう。
「そりゃそうでしょう。こんなのがゴブリンどものように自然繁殖なんてしていたら、とんでもないことになっていますって」
言うまでもないことだがかなりレアな魔物だ。
肉食獣と草食動物とハ虫類が混ざり合っているなど、こちらの世界でも非常識な存在である。
だからこそ魔物なのだと言われてしまうと反論の余地はないが。
とにかく、こんなのが人里に現れれば大騒ぎとなるのは目に見えている。
いや、騒ぎになるだけならマシな方か。
確実に大きな被害が出るはずだ。
「召喚された魔物ということね」
「もしくはダンジョンでポップすることもあると思いますよ」
「そうなの?」
「図鑑では召喚されるかダンジョンで重要な場所を防衛するために配されることがほとんどだと書かれていましたよ」
実際はアカシックレコードの情報だから後で魔物図鑑を作っておかないといけないな。
「そうなのね」
姉は腕組みをして考え込む。
「注意すべきは獅子の牙かしら。毒蛇は回り込まなければ噛まれることもないでしょうし」
「どうですかね。ヘビは伸縮自在らしいですよ」
「それを先に言ってよ。他にも注意しないといけないことはないの?」
「獅子が火を吹くとか。それも2種類」
「2種類ですって?」
「ブレスと火球だそうです」
「暗殺者と魔法使いと戦士を同時に相手するようなものね」
毒蛇が暗殺者で火を噴くのが魔法使い、戦士は獅子の牙ってところか。
「最悪だわ。どうやって倒すのよ」
エレオノーラは打つ手なしとばかりに閉口している。
「重要な場所を守るために利用される魔物ですから弱い訳はないです」
そう言うと姉にジロリとにらまれてしまった。
「アレをどうにかしないと帰れないのよ。わかってるの?」
帰れない訳ではなく時間がかかるだけだ。
結果として面倒なことになるのは避けられそうにないけど、そこはしょうがない。
まあ、姉はその面倒事も回避したいのだろう。
故にここで戦う以外の選択肢はない、と。
「急いで帰るならそうでしょう。ただ、場合によっては遠回りの方が短時間ですむこともあるかもしれません」
「キマイラだったっけ? あの魔物を仕留めるのに時間がかかると言いたいのね」
「真正面からぶつかって怪我なくという条件をつければ、そうなるんじゃないでしょうか」
「あら、からめ手なら倒せると言うつもりなのかしら」
ギロリと獰猛な肉食獣の目で睨み付けながら言われてしまった。
「完封は無理かもしれませんけど動きを封じるくらいなら不可能じゃないですよ」
「どうやって?」
姉には見当もつかないのか間髪おかずに聞かれてしまった。
手の内をまたひとつさらすことになるけど、これ以外に思いつかないんだからしょうがない。
「それはですね──」
俺は思いついた作戦を姉に説明した。
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「行くわよ」
「了解。いつでもどうぞ」
エレオノーラが上空に向けてファイヤーボールを放つ。
キマイラを攻撃するためのものではないので必要最小限の大きさだ。
そうは言っても熱気を放っているので本来であればキマイラが即座に感知したことだろう。
だが、奴は反応しなかった。
冷気の煙突は結構な高さまで伸びているからね。
これが冷気の煙突を抜けたところでキマイラの尾が鎌首をもたげて反応した。
よし、狙い通りだ。
続いて獅子の首が上空を旋回するリスタから視線を外す。
それを待ってたんだよ。
維持していた魔法を解除して影操作の魔法を使う。
キマイラの足下で影の一部が浮き上がった。
そのままキマイラの脚部にまとわりついていく。
まるで蔓草のように。
ただし、植物と違って絡みついた影は魔物の力をもってしても振りほどくことは困難だ。
俺がこの魔法に専念している限りは絶対に逃さない。
キマイラが脚の自由を奪われたことに気付いて不快だと言わんばかりに咆哮する。
だが、これで終わりではない。
むしろ始まりだ。
脚を動かそうとして思い通りに行かずキマイラは徐々に力を込めていく。
しかしながら、ビクともしない。
怒りの咆哮を上げるキマイラ。
「姉さん、来ます!」
「わかったわ!」
次の瞬間、獅子が大口を開いたもののブレスも火球も飛んで来なかった。
エレオノーラがウオーターボールをキマイラの口腔内に打ち込んだからだ。
ドンピシャのタイミングと言って良いだろう。
獅子の顎がドンという大きな音とともに弾けたように見えた。
キマイラが放とうとした火球と姉のウオーターボールがぶつかり合い爆発したようだ。
ブレスであれば、こうはならなかったはず。
彼我の距離がそれなりにあったからこその結果だろう。
「やったわ!」
とはいえ獅子の頭が吹き飛んだ訳ではない。
血まみれにこそなったものの獅子の頭部は健在だった。
「まだです、油断しないで!」
胴体はノーダメージ。
いま影操作を解けばキマイラは飛び跳ねて的を散らそうとするに違いない。
それが叶わぬ今、奴の手札は残り少ない。
何がなんでも触手化した影の束縛から逃れようとするか……
「姉さん、次が来ます!」
俺がキマイラなら攻撃の手を緩めない。
だからこそ、このタイミングだと信じて姉に合図を出した。
「任せて!」
姉の返事に合わせたかのようにキマイラの尻尾がこちらに目掛けて突進してきた。
足が動かないなら尻尾が来るよな。
しかもキマイラのそれは伸縮自在の毒蛇に置き換わっている。
この距離でも届くのだろう。
獅子の頭に大ダメージを負わせたことに勝利を確信し喜んでいたなら、どうなっていたか分からない。
俺か姉が毒蛇に噛みつかれていたとしても不思議ではないのだ。
が、それも姉の魔法によって封じられた。
低い位置から打ち出されたウィンドカッターが斜め下からヘビの首を切り落とす。
これがファイヤーボールであったなら熱源感知能力あるヘビに避けられていたかもしれない。
だから姉には事前に対処法を説明しておいたのだ。
もちろん、ヘビのしつこさも説明済みであるので油断せず追撃もする。
切り落とした頭が地面に落下する前にファイヤーボールで消し炭に。
残されたヘビの胴体はウィンドカッターの乱れ撃ちで細切れにした。
これで毒蛇の脅威はなくなったが、本体はまだ残っている。
今も自由になろうと頭を振りたくって藻掻いているから余力があるのは明らかだ。
もし解き放たれるようなことがあれば体力を生かして格闘戦を仕掛けてくるか。
あるいはボロボロの顎を酷使してダメージ覚悟で火球を吐き出してくるか。
「次は胴体ね」
「いえ、頭を潰しましょう。見た目ほどダメージを負ってないですよ、アレ」
自分で火を吐くだけあって耐性があるという訳だ。
「わかったわ」
姉の方針を否定したにもかかわらず俺の提案は即決で採用された。
一歩間違えば敵の逆襲もあり得るというのに10才児の意見をためらいなく受け入れるとはね。
一見するとワンサイドゲームのように思われるかもしれないが、もしもキマイラが影の束縛から逃れることができたなら形勢逆転してもおかしくない。
この信頼感はどこから来るんだろうと思ったさ。
豪胆な人だよ、姉さんは。
読んでくれてありがとう。
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