76 使えないか使えるか
「そんなもの、どうするつもりなの?」
枯れ枝を拾った俺に怪訝な視線を向けてくるエレオノーラ。
「こうするんですよ」
枝を持ち手に見立てて結界を盾状に展開した。
警察とかが使っているポリカーボネート製のバリスティックシールドを参考にしたんだけど、こちらの方が圧倒的に軽くて使いやすい。
これを掲げてみせると姉はポカンと口を開き、そして驚きに目を見張った。
俺が使った魔法が結界であることには気付いているはずなんだけどね。
いや、だからこそ驚いたと言うべきか。
「まさか、こんな方法があったとは……」
その口ぶりから俺の推測通りであることは間違いなさそうだ。
よほど動揺したのか驚きの表情のままにもかかわらず、しばらく黙り込んでしまったけどね。
「結界の対象を場所から物に変えることで移動しながら使えるようにするとは思わなかったわ」
「そんなに意外なことですか?」
単なる発想の転換なんだけどな。
「結界を物に付与して持ち運べるようにするなんて見たことも聞いたこともないわ。ここまで来ると天才の発想ね」
ちょっとオリジナリティはあるかなとは思うけど天才は言い過ぎだ。
そのせいで居心地がよろしくない。
「大袈裟ですよ、姉さん」
「なにが大袈裟なものですか。前例がないのよ。誇っていいわ」
「そういうものですか」
とは返事をしたが内心ではドン引きである。
姉に対してではない。
この世界における魔法使いの魔法に対する認識というか姿勢があまりに甘いからだ。
型にはまりすぎて工夫しようとか改良しようという意思がまるで感じられないことが俺の錯覚ではないと今回のことで確信した。
魔道具に関しても書庫の本を読んで似たような傾向を感じていたんだけどね。
便利さが仇になっているのかもしれない。
よその世界から来た自分からすると足りてないと思うところは少なからずあるのだが。
自動車を作ったのが良い例だ。
「そうは言ってもこれは熱を遮断するためだけの工夫にすぎませんよ。音も匂いも遮ることはできません。もちろん透明ですから丸見えです」
「隠密行動をする以上は対策する必要があるわね」
すぐに反応したところからすると姉も浮かれている訳ではなさそうだ。
「それに──」
「まだ何かあるの!?」
目を丸くさせて驚きをあらわにするエレオノーラ。
「このシールド型結界には致命的な欠陥があります」
「なんですって?」
さらに目を大きく見張る姉であったが不意にハッとした顔になった。
「この森の中を進むには邪魔で仕方ないわね」
そう、シールド型結界は大人の全身を隠す大きさがあるため木々が邪魔になって森の中をまともに移動できないのだ。
自分でこういう手があると提案しておいてなんだが、あまりにもお粗末である。
魔法を発動させてから気付いたのだが……
正直、情けない。
「これは却下ということで」
結界をキャンセルして枯れ枝は放り捨てる。
「いっそのこと、このまま突入する?」
姉は大胆な提案をしてきたな。
要するにケンカ上等で突っ込むと言っているのだ。
ガルフじゃあるまいし、ちょっと脳筋すぎやしませんかね。
「相手の正体も実力も分からない状態でそれは無謀ですよ」
「そうかしら?」
「待ち構えているのがドラゴンだったら、どうするんです?」
「うっ、さすがにそれはないと思いたいけど……」
無いと言い切らないあたり姉も楽観視はしない方針のようで助かる。
言い淀んだのは、すぐには代替案を思いつけないからだろう。
「代案はあるにはありますが──」
「あるの!?」
「敵に発見される恐れはあるんですよ」
言葉で説明するより早いので代案の魔法を使う。
自分を起点にして直径1メートルあたりで冷気の層を幾重にも展開し空気の煙突を作り出す。
体から放射された熱は冷気の煙突が遮断してくれるという訳だ。
これなら結界と違って障害物に干渉しない。
「これは……、風魔法ね。体から出る熱を段階的に冷やして向こう側に届かなくさせるということかしら」
風邪を発生させた訳ではないのに、さほど時間をかけず見極めてしまうとは大したものだ。
いや、その認識はさすがに姉を舐めすぎか。
魔法の名門として知られるミューラー伯爵家の長女であることを忘れてはいけない。
「そうですよ。冷気のせいで違和感を持たれると思うので完璧とは言えませんが」
「何もしないよりマシだと思うわ」
「見た目の方はこんな感じで」
幻影魔法で背後の景色を空気の煙突の右半分に貼り付ける。
「消えた!?」
一瞬、驚愕の表情を見せたエレオノーラだったが。
「幻影魔法ね」
左半身を見えるようにしたのが幸いしたのか、すぐに看破された。
「ええ、そうです」
返事をすると呆れた様子で溜め息をつかれてしまったけどね。
「こうもポンポンと発想できるなんてね。我が弟ながら末恐ろしいわ」
頬に手を当てアンニュイな雰囲気を漂わせながら溜め息をつかれてしまう。
これ、完全に引かれてしまっているよね?
「なんでですか」
姉の引きっぷりに抗議するも。
「褒めているのよ。制御だけじゃなくて発想まで只者じゃないんだから」
そうまで言われては引っ込むしかない。
下手に抗弁して墓穴を掘るのは避けたいもんね。
「残る問題は音と匂いね。もし敵が獣系の魔物だったら見えてなくても気付かれてしまうわ」
「それなんですけどね。匂いは今使ってる魔法で外には流れ出ないようになってます」
この魔法は煙突部分である冷気の層で外から空気を取り込み煙突の内側で上へ排出するようにしているのだ。
「あと、音の方も少し手を加えるだけで解決しますよ」
「ええっ?」
困惑しつつ驚きの声を上げる姉である。
「論より証拠というのを御覧に入れましょう」
冷気の煙突に手を加える
「これでどうです? 聞こえますか?」
「ええ。でも、聞こえにくくなったわね」
「いったん戻しますね」
声が普通に伝わるように状態を戻した。
「いったい何をしたの?」
「言葉で説明するのは難しいですねえ」
音が空気の波であるなんて、この世界じゃ知られてないだろうし。
そんな訳で俺は足下の小石を拾った。
「何を?」
訝しげに問うてくるエレオノーラをよそに小石をヒョイと軽く放り投げる。
小石が落ちると同時に思い描いていたとおりの音がして水面に波紋が広がっていった。
「あの小石が声だと思ってください」
訳が分からないなりに姉はぎこちなくうなずく。
「石を水面に落とした瞬間が声を出した状態です。何が起きましたか?」
「波が起きたわね。それが──」
姉の言葉が途中で止まった。
どうしたというのかと聞いてくるつもりだったのだろうが、今は考え込んでいる。
待つことしばし。
「もしかして声や音も見えないけれど空気中を波として伝わっているとか?」
「そのようですね。太鼓を叩くと表面が震えるのを見たことはないですか?」
姉は質問に答えるより先に頭を振る。
「残念だけどないわね」
「では、帰還したら確かめてみてください。音が空気の振動であることがわかると思いますよ」
「そうさせてもらうわ」
姉はどこかスキッとした表情で肩をすくめた。
「それで本題に戻るけれど空気の波を邪魔することで音が伝わりにくくなるのね」
「そうです。さっきは効果を確認してもらうために、あえて音を聞こえにくくする程度にしましたけど、ほぼ消音することも可能ですよ」
「本当に抜け目がないわね」
そう言うと姉は苦笑した。
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