75 海か廃墟か
「どうなの、シド?」
おっと、海に気を取られすぎたか。
「明らかに開けた場所は遠いですね。ちなみに砂浜です」
「砂浜? 海があるの!?」
姉が驚きの声を上げる。
ミューラー伯爵領は内陸だからその反応もうなずける。
「海があるというか、海に囲まれてます」
「ええっ!? ここって島なの?」
「そのようですよ。地続きになっている所はありませんから」
俺の言葉に絶句するエレオノーラ。
目を閉じてリスタと視覚供給しているため姉がどんな様子なのかは確認できないがショックを受けているのは間違いなさそうだ。
「別に転移魔法で帰るんだから、ここが島かどうかは関係ないんじゃないですか」
「転移魔法で帰れなかったら絶望的じゃない。海を渡らなきゃならないのよ」
「転移がダメなら陸続きでも同じことです。帰り着くのに何年かかることやら」
それくらいの距離があるということを姉は失念している。
というより、せいぜい国境を跨ぐ程度くらいという認識だったのかもしれないな。
それを裏付けるように短くうめき声を漏らす姉である。
「ちなみに陸地は見えているの?」
「ええ、まあ」
「それってどのくらいの距離がありそうかしら?」
あまり意味のある質問に思えないんだけど答えない訳にもいかないか。
「さて、どうでしょう。フクロウの視力は人間より良さそうですし距離感がつかみづらいんですよね」
そう前置きして少しの間、俺はうなった。
「具体的な距離は分かりませんけど、ここから砂浜に出るよりは何倍もありそうですよ」
「え?」
ずいぶんと間の抜けた「え?」だ。
そんなに意外なことを言ったつもりはないのだが何かヘマをしただろうか。
「この島、そんなに広いの?」
ちなみに徒歩だと砂浜まで出るのに野宿を何度かしなければならないのは確実である。
「少なくとも小島ではないですね」
「海まで何日かかるかしら」
「砂浜まで出るなら数日は覚悟しないとダメだと思います」
俺の口ぶりに姉は何かを感じ取ったらしい。
「他に開けた場所があると?」
そんな風に聞いてきた。
「石造りの廃墟のような場所があるにはあるんですけど、開けているかは微妙なところです」
「なによ? 歯切れが悪いわね」
「ずいぶんと昔に打ち捨てられたみたいで森に浸食されてしまっているんですよ」
「そちらは近いの?」
「砂浜と比べれば、すぐそこですよ」
「じゃあ、そこに行って確かめてから次の行動を決めましょう」
即断即決である。
優柔不断でいつまでも考え込むよりは好感が持てるが、もう少し注意深さを持ってほしいところだ。
「ちょっと待ってください、姉さん。念のために廃墟の状況を確認します」
「そう。任せるわ」
ということでフクロウに擬態したリスタの分体が廃墟に近づくべく高度を下げていく。
が、しかし──
「っ!?」
かなり近づいたところで不意に殺気を感じた。
下からだ。廃墟のいずこからかであるのは間違いない。
慌てて離脱させるべく念話を送った時にはリスタが自己判断で廃墟から距離を取っていた。
回避しなければ攻撃されていたと思う。
「どうしたの、シド?」
俺がビクリと体を震わせたことで何かあったことを察した姉が聞いてくる。
「どうやら廃墟内に敵がいるようですよ」
「やられたの!?」
見えていないので、そう思ってしまうのも無理からぬところだ。
「いえ、殺気を感じただけですのでリスタには離脱させました」
「追ってくる様子は?」
姉が問いかけてきたように、まずはそこを気にすべきだろう。
「距離を取ったら殺気が消えたので何とも言えませんね。ただ、おそらくですけど向こうは動かないかと」
「その根拠は?」
「明確な殺意を感じましたが飢えた獣が獲物を狙うのとは違う感じがするんですよね」
殺意の質が違うとでも言えばいいだろうか。
感覚的なものなので違うかもしれないのだが意思と本能の差があるように思うのだ。
「ガルフに転移トラップで跳ばされた時と似てます。こっちの方が殺意は高いですけど」
「人がいると言うの?」
「そこまでは分かりませんよ。姿を見た訳じゃないですから」
だが、人であったとしても魔物を相手にした時と変わらない。
話が通じるとは到底思えないほどの殺意だったからだ。
「確かめられる?」
「お勧めできませんね」
「どうして? 殺気を放っていたとはいえ対話の余地があるかもしれないじゃない」
「リスタが緊急回避したほどの殺気ですよ。不用意に近づけば問答無用だと思いますけどね」
エレオノーラは微妙に渋面を浮かべながら短くうなった。
「廃墟に何かあるということかしら」
もしくは廃墟そのものが、その何かであることも考えられる。
要するにガーディアンだね。
単に縄張り意識が強いだけかもしれないけど。
「それなら尚のこと上空からの偵察はできませんよ。すでに警戒されてしまっていますからね」
「そうなると選択肢はふたつね。私たちが歩いて廃墟に向かうか、廃墟は無かったものとして海に向かうか」
安全第一で考えるなら後者と言いたいところだけど、この島の危険度が未知数であることを忘れてはいけない。
廃墟にいる何者かと島にいる魔物の強さに大きな差がなければ結局は同じことだ。
「廃墟の確認だけでもしておいた方がいいと思いますけど」
「リスクをひとつ確実に減らす選択もありだと思わない?」
「廃墟なら近いですけど海に出るなら何日かは野宿する必要がありますよ?」
「うっ」
そこまでは考慮していなかったらしい姉が悔しそうに短くうめいた。
「廃墟に行った方が良さそうね。もしかしたら私たちだけで倒せる魔物かもしれないし」
あの殺気を放ってきた相手が雑魚であるはずはないが太刀打ちできないとは限らない。
上手く立ち回ることで完封することもできるかもしれない、というのはさすがに楽観的すぎるとは思うが。
「それならリスタに注意を引きつけておいて我々で対処しましょう」
「大丈夫なの?」
「捕捉されるギリギリの距離を保てば回避も難しくないですよ」
不意の攻撃に不覚を取るようなことがないよう細心の注意を払う必要はあるけれど。
「それでも私たちが発見されてしまう恐れはあるわ」
「そうですね。魔物が相手なら匂いや熱に反応されることも考えられますし」
気配についてはあえて言及しなかった。
そうそう感知できる魔物はいないし、仮に感知可能な相手だったらどうしようもない。
俺だけ気配を消しても意味はないからね。
姉が気配を消せるかは未知数だけど望み薄だと思っている。
先代の知識にも書庫の本にもそれらしい情報がなかったからだ。
この世界では気配というものが重要視されていないかもしれない。
「熱? 熱ってどういうこと?」
「一部の魔物や動物には生き物の体温を感知する能力があると言われているんですよ」
「ええっ、そうなのぉ!?」
よほど驚いたのか、姉は目も口も大きく開いてしまっている。
「そういう手合いは霧みたいな見通しの悪いところでも獲物を見逃しません」
光学迷彩の魔法もそれ単体だけでは通用しない。
「厄介ね」
「そうでもないですよ。熱源を用意したり熱を通さない盾を用意すればいいだけですから」
「そんなことできるの? 熱は火を使えばどうにかなるかもしれないけど」
「簡単ですよ」
言いながら俺は枯れ枝を拾った。
我に秘策ありってね。
読んでくれてありがとう。
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