71 シド、姉とともに……
「範囲魔法! 周辺ごと私たちを吹き飛ばすつもり!?」
光に包まれる中でエレオノーラはそんなことを言ったが、それは見当違いと言わざるを得ない。
「シド、全力で離れなさいっ!」
まばゆい光の中で姉はそう指示してきた。
だが、俺は動かない。
光を放っている魔法陣が攻撃魔法ではないことも、すでに魔法陣から出られなくなっていることも分かっていたからだ。
どういう結果になるかが分かっているので魔法が完全に発動するまでの間にすべきことをこなしておく。
魔法陣の魔法は強制介入してキャンセルしようとしても繊細で手間がかかるので手は出さない。
万が一にも時間切れになったりしたら暴走させかねないからね。
攻撃魔法なら暴走しても結界で防げばいいんだけど……
そんな訳で俺のすべきことは念話で指示を出すことと魔法陣の詳細を解析することの2点だけだ。
ちなみに指示を出す相手はスライムのリスタであるのは言うまでもない。
この魔法に巻き込まれた時点でしばらくはガルフがフリーになってしまうからね。
その間に奴を暗躍させたくない。
解析はチラ見で転移魔法だと判明していたものの転移場所は不明だったので、それを特定するためだ。
そんな訳で魔法陣の解読にかかったのだけど、何処にも座標に関する記述がなかった。
やられた……
思わず声に出そうになるのをどうにかこらえた。
本来であれば、座標の指定がない転移魔法陣など初歩のミスとも言えない致命的な欠陥である。
何しろ飛ばされる場所が何処になるのか魔法陣を刻んだ者にすらわからないのだから。
わかるとすれば魔法陣に流し込まれた魔力の量だけ遠くへ転移させられるということだけ。
それこそが奴の狙いだったのだ。
転移魔法は座標を指定するだけで大量の魔力が必要となる。
他の場所へ転移されることがないよう転移先までの道筋を確保するためだ。
これがないと何処に転移されるか分かったものではないので普通なら座標設定を省略するなどあり得ない。
が、場所など関係なくとにかく遠くへ転移させたいのであれば、これほど効果的なものもないだろう。
魔力をより多く確保できるのだから。
ただ、魔法陣のサイズによって許容できる魔力量が変化するので何処までも遠くへという訳にはいかないのだが。
今回のはそこまで大きなものではなかったものの、かわりに積層型の3重魔法陣が展開されていた。
多重魔法陣はその魔法陣ごとに別の魔法を発動させられるだけでなく、同じ魔法を連携させれば相乗効果を持たせられる。
当然、蓄積できる魔力の量も増大するのは言うまでもない。
3重ならばどれほどの距離を転移させられるのやら。
ただ、この魔法陣のひとつは魔力隠蔽のために使用されていたので転移用は残りの2層となる。
転移の距離が減るのはありがたい。
隠蔽用の魔法陣がなければ、近づく前に余裕で対処できただろうけど。
裏を返せば、それほどの魔力が込められている訳だ。
転移魔法が発動し始めた時点で隠蔽の魔法は徐々に効果を失っていった。
そうして明らかになってきた魔力は短時間で用意したにしては考えられないほど大量に魔法陣へ流れていた。
即座に転移されないことからも転移先は相当な遠方となるのは確実。
明らかに地脈と接続している。
ガルフにこんな高度な真似ができるとも思えないが、犯人は奴以外に考えられない。
そこまで考えたところで時間切れとなった。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
気がつけば森の中の少し開けた場所に立っていた。
すぐそばには泉がある。
野生動物たちの水飲み場になりそうだというのが俺の第一印象だ。
「なに!? どういうこと? どうしてこんな場所に?」
混乱しているエレオノーラの声が背後から聞こえてきた。
姉の方へ振り向くついでに周囲を見渡すが転移したのは俺たちだけのようだ。
車は向こうに残っているのだろう。
座標設定がないことに動揺したせいで、その先を確認しそびれたのはミスと言わざるを得ない。
距離しだいでは車で帰るという手も使えたというのに。
対象の絞り込みの術式で俺とエレオノーラだけが指定されていたのだろう。
余分なものを転移させないことで魔力の消費を軽減できるからね。
「落ち着いてくださいよ、姉さん。転移魔法で跳ばされただけですよ」
「転移魔法ですって!?」
驚愕の表情を浮かべるエレオノーラだったが、すぐ真顔に戻る。
「普通ならあり得ないと一蹴するところだけど、目の前の光景が事実だって証明しているわね」
すぐに立ち直ってくれたのはありがたい。
時間と労力を浪費せずにすむからね。
「けれど、あのガルフにこんな高度なことができるかしら」
姉もそこが引っ掛かったようだ。
脳筋の奴にその能力がないことは考えるまでもないことだからね。
「同感ではありますが客観的事実のみを考えましょう。僕たちが見覚えのない場所にいるのは事実ですから」
俺がそう言うと姉は短くうなって表情を渋らせる。
事実は否定できないが納得もできないのだろう。
気持ちは分かる。
「断定はできませんが……」
「何か心当たりがあるの?」
「なんの根拠もない推測ですよ」
「構わないわ。教えてちょうだい」
「僕が思うにオルランの研究資料を丸パクリしたんじゃないかと」
「あっ」
すっかり見落としていたようでエレオノーラは虚を突かれたような表情を見せた。
「あり得るわね」
忌々しいと言わんばかりに歯噛みする姉だったが、不意に両の瞳を見開いた。
まるで何かの事実に気付いたかのように。
「まさかオルランが消えたのも……」
そういうことを思いつくのは自然なことか。
「どうでしょうね?」
「他に何が考えられると言うの?」
「ガルフが家督を継ぐことにこだわっているのは知っていますが、だとしても一から画策したとは考えにくいというだけのことです」
俺の返事に姉は納得せざるを得なかったようだ。
「ガルフだもんね」
奴をよく知る人間であれば、脳筋と書いてガルフと読むと言われても否定はしないだろう。
むしろ大いに納得すると思う。
「でも、だとすると謎が深まるばかりだわ」
そりゃあ俺がオルランを消したとは夢にも思っていないだろうからね。
「そうでもないかもしれませんよ」
「何かわかったの!?」
「わかったと言うよりは、そういうこともあるかなと思っただけです」
「そういうこととは?」
「オルランの失踪は事故で、たまたまそれに気付いたガルフが利用したみたいな感じです」
俺の推測を聞いても姉は納得する様子を見せない。
「それは無理があるわよ。気付いたまでは分かるとしても、それを利用するにはオルランの研究内容を熟知していないと」
「熟知していなくても現場に居合わせたなら、あり得るんじゃないですかね」
「研究中の実験に付き合っていたと?」
「さあ、それはどうでしょう? 極秘の研究に付き合わせるほど仲が良かったというならあり得るかもしれませんが」
エレオノーラは頭を振った。
「それはないわね」
「おそらく単に居合わせただけでしょう」
「その方がまだ考えられるわ」
「転移魔法の失敗でオルランは帰ってこられなくなり現場に転移魔法の研究資料が残っていたとすれば……」
「それを隠匿して利用したかもしれない訳ね」
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。




