70 もはや家族ではない
「貴様は選択を間違えた」
抜剣したエレオノーラが横一線に剣を振るうと獣化ヨハンの首が宙を舞う。
地面に落ちた次の瞬間、首だったものが塵芥となって砕け散った。
飛び散ったはずの血さえも灰と化していき、その灰も風に流され消えていく。
「人を害する化け物に成り果てなければ更生の余地もあったのだがな」
「その論理で行くとガルフもアウトなんですけど」
「当然でしょう。化け物の製造元なんだから責任は取らせないといけないわ」
俺のつい出てしまったツッコミにエレオノーラは当然とばかりに処分すると断言した。
「ガルフがバンパイアだというのは僕の推論にすぎませんよ。眷属の証言はありますけど正体まで言及していませんでしたし」
「断定する必要なんてないわ」
姉は不機嫌そうにフンと鼻を鳴らす。
「あの愚弟は領民を化け物にしてしまった。それだけで断罪するには充分よ」
「そういうことですか」
「ずいぶんとあっさり引き下がるのね」
「確証もなく動くのを危険視しただけですよ。誰かさんをかばうつもりなんて、これっぽっちもありませんから」
俺の返答に姉は苦笑した。
「私が言うのもなんだけど、かなりドライじゃないの?」
「そうですか? あの男がバンパイアかどうかは別にして、人であることをやめたのは間違いないですよね」
「そうね。人の血をすすって化け物にしてしまうなんて人ならざる者になったと言わざるを得ないわ」
「そんなのが身内だと思いたくはないですね。それに奴が人をやめる時に向こうから家族の縁を切ったと僕は考えます」
「なるほど。言いたいことは、よく分かったわ」
フンフンとうなずく姉である。
「奴は愚弟ですらなくなったということね」
そう言うと、しばし考え込む様子を見せた。
「ダッジ」
「はっ」
エレオノーラに呼ばれた護衛の隊長が返事をする。
へえ。あの人そんな名前だったんだな。
「部下を連れて王都の父の元へ向かいなさい。そして、このことを報告するのです」
「何を仰いますか!? 誰がお二方をお守りすると言うのです?」
寝耳に水の命令にダッジは泡を食うが、姉はにべも無く流してしまう。
「魔力が高くないアナタたちでは守られるどころか敵になりかねないから言っているのよ」
困惑の色を見せるダッジ。
それは他の護衛たちも同じだ。
「シドの推測通りに敵がバンパイアであったなら、アナタたちは魅了されてしまうかもしれないの。そうなれば奴に血を吸われなくても逆らえなくなってしまうのよ」
操り人形のできあがりという訳だ。
ただ、俺はその点についてはあまり危惧していない。
バンパイアとして過ごしてきた期間が短いが故に大した力を発揮できないと踏んでいるからだ。
有り体に言えば新人だからできることも限られているということである。
「なんと!?」
「私やシドのように魔力が高ければ抗えるけど、強力な魔法が使えないアナタたちではね」
驚いた様子で固まってしまっていたダッジはどう足掻いても解決できない理由を聞かされて肩を落とした。
「だから、アナタたちは父に状況を報告して保護を求めなさい」
「ならば我々と一緒に王都へ向かいましょう」
「私が逃げれば、誰がこの領で日々の業務をこなすのかしら」
「ですが安全には変えられません」
「あのバカでは私には勝てないわ。加えてシドの援護があるなら確実に仕留められるでしょう」
処刑は確定のようだ。
そして、当然のように俺が戦力として当てにされているんだな。
後方支援という形でみたいだけど。
そうは言っても子供である俺を抜擢する形で残すとは姉も大胆だと言わざるを得ない。
俺の魔法を見て判断したんだとは思うけどね。
なんにせよ、あの馬鹿が尻尾を出した以上は抹殺しても誰も文句は言わないだろう。
遠慮なくこの世から消えてもらうまでだ。
「わかりました」
ダッジもどうにか納得してくれたようだ。
そんな訳で俺と姉だけで屋敷に帰ることになった。
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ゴーレムSUV車に乗って屋敷の前まで帰ってきた。
道中は目立たないよう幻影魔法をかけていたので領民には馬車で帰宅していると思われているはずだ。
車から降りて門の向こうの様子をうかがうが静かすぎて違和感があった。
「逃げられたかしら。眷属が始末されているのに気付かないはずはないものね」
「さあ、どうでしょうか。待ち伏せているかもしれませんよ」
「あり得るわね」
「とりあえず離れの方へ行って様子を見ましょうか」
ガルフを誘き寄せられれば屋敷で働く者たちが巻き込まれることもないはず。
あとは仕留め損なって逃げられることがないよう保険をかけておくべきかな。
「奴の出方を見るのね」
「そういうことです」
方針が決まれば行動あるのみ。
という訳で再び車に乗ってそろそろと徐行で門をくぐってみる。
が、何も反応はなかった。
「拍子抜けね。あの脳筋なら敷地に入ってすぐに襲撃してくると思ったのだけど」
その可能性は高いと俺も思っていたのだけど肩透かしを食らってしまったな。
「これは本当に逃げたかもしれないわね」
「どうでしょうか。それなら屋敷の方でもう少し騒ぎになっていてもおかしくないと思うのですが」
「そこは急用ができたとかの理由をつけて出ていけば時間は稼げるでしょう。それにアレがバンパイアだったら魅了の力を使えば、どうとでもなるんじゃない?」
「時間を稼いだのはあり得ると思いますが、魅了については微妙なところですね」
「あら、どうしてかしら」
「バンパイアとして若すぎるからですよ。あの弟子の男も眷属と言うには色々と中途半端でしたし」
実際、ヨハンは首をはねられるまでもなく長くは生きられなかったことは鑑定して判明している。
ガルフもそれが分かったから無闇に眷属を増やさないのだろう。
少なくとも屋敷の中で眷属になったり魅了されたりした者は誰もいない。
つまり、ヨハンは実験台にされた訳だ。
「魅了も満足に使いこなせないと?」
「おそらくは。屋敷内でガルフに心酔しているような者はいましたか?」
俺の問いかけに軽く考え込む様子を見せたエレオノーラだったが──
「言われてみれば、いないわね」
怪訝な顔をしつつも思い当たる節はないと答えた。
「やっぱりバンパイアじゃないんじゃないの?」
姉が怪訝な顔をしていたのは、その疑問があったからか。
とはいえ肝心なことを忘れてやいませんかね?
「血を吸われて眷属になった者がいたのに?」
「そうだったわね」
「でも、バンパイアであることが疑わしいと思われてしまうほど未成熟なのは確かです」
「なるほど。若いからハンパな訳ね」
そんな話をするうちに離れの前まで来たのだが、不穏な気配がひとつあった。
奴がいるな。
姿は見えないものの離れの方まで来れば隠れ潜むことのできる木々はいくらでもある。
多少の距離はあるから魔法で奇襲をかけてくると見るべきか。
「姉さん」
「ええ、いるわね」
姉の行動パターンをよく把握しているからこその待ち伏せだ。
降車して姿を見せてからが勝負だな。
「まずは結界で攻撃魔法を防ぎます。同時に飛び込んでくるでしょうから……」
「後は私の出番という訳ね」
「お願いします」
手短に決めた作戦だが、あまり時間をかけると向こうに警戒心を抱かれかねない。
「準備はいい?」
「いつでもどうぞ」
「行くわよ!」
車のドアを開け外に出た次の瞬間──
「「なっ!?」」
俺たちは地面から吹き出すような光に包まれていた。
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