69 変貌
「破門? 破門だと!?」
ヨハンは驚愕し怒りをあらわにする。
「当然だろう。ここが他領であれば最初の不敬で断罪されておっても不思議ではないのだぞ」
師匠であるボッシュが淡々と語る。
弟子を持ったことのない身としては、その心中を察することは難しい。
それでも無理に感情を押し殺しているのだけは分かった。
ただ、その複雑な心境を今まで身近にいたはずの男は理解しようとしない。
「フン、尻尾を出したな。どいつもこいつもガルフ様に仇なしやがって」
コイツはやたらとガルフにこだわるな。
もしかしてリアルでBLな奴なのか?
生憎とこっちはそういう腐の趣味は持ち合わせていないんだよ。
「どうやらバカ愚弟にある事ない事を吹き込まれたようね」
エレオノーラが嘆息しながら言った。
ガルフのつまらない画策に怒りと呆れを同時に感じているようだ。
「ある意味、被害者かもしれないけど同情はしない。せいぜい、その道を選んだことを後悔するがいいわ」
怒りの矛先はヨハンにも向いたままだ。
むしろ、メインはこちらかもしれないほど鋭い視線を向けている。
これは今この場で手打ちにされても不思議ではないな。
だが、先に動いたのはヨハンの方だった。
姉から漏れ出しているかすかな殺気を敏感に感じ取ったせいだろうか。
いつの間にか歯をむき出しにして獣のように唸り声を上げている。
「ばか愚弟ダト!? がるふ様ヲ愚弄スルナド万死ニ値スル!!」
再び喋ったかと思ったら何か様子がおかしい。
声の質が明らかに変わったし、目が血走って口からはヨダレを垂らしている。
まるで本当に獣になったかのようだ。
これは拘束しておいた方が良さそうだ。
そう思った次の瞬間、ヨハンの姿が変貌し始めた。
体が一回り大きくなったかと思うと顔や手に獣のような毛が生え始めジワジワと素肌を覆い隠していく。
おそらく衣服で隠れている部分も獣毛で覆われていくのだろう。
ただ、顔の輪郭は人のそれを保っていた。
牙が鋭く伸びはしたものの頭部は狼などの獣の形にはなっていないし尻尾も生える様子がない。
実に中途半端な変貌だがガルフが何かしたからとしか思えなかった。
そういや奴はバンパイアに成り果て魅了の魔眼と眷属化が使えたはず。
ヨハンがガルフを心酔していたのも人ならざる者に変化してしまったのも、きっとそのせいだろう。
ずいぶんと不格好で、とてもバンパイアの眷属には見えないけどな。
念のため確認しておこう。
「シド、下がりなさい!」
姉が強い口調で命じてきた。
「何故です?」
「目の前に魔物に転じた奴がいるのよ!」
「問題ありませんよ。コイツ、動けませんから」
「はあっ!?」
素っ頓狂な声を上げたエレオノーラが目を見開いて俺を見ている。
「獣化するのに時間かけすぎなんですよ。その間に結界で覆ってしまえば身動きなんてとれるはずありませんから」
せめて走りながら変身するとかだったら別の対応を求められたとは思うけどね。
特撮の変身ヒーローじゃないんだから悠長に変身し終わるまで待ってくれると思ったら大間違いである。
「ガアアアアアァァァァァァァァ───────────ッ!!」
獣化ヨハンが苛立ちを発散するように頭を振りながら吠えた。
しかしながら首から下の体の方は少しも動かせないでいる。
この形にしたのは誰の目にも動けないのが分かるようにするためと尋問する必要があるからだ。
「吠えたって無駄だよ」
「くそがきガァッ!」
どうにか動こうと首を振り回す獣化ヨハン。
「どうやら本当に動けないようね」
姉が呆れた様子で俺の方を見てくる。
解せぬ。周囲に被害が出ないよう先手を打ったというのに褒められず呆れられてしまうとは。
「それで、この結界はどのくらい持つのかしら?」
「強度ですか? それとも日数ですか?」
「……両方よ」
姉が返事をするまでに妙な間があった。
おまけに呆れの視線がさらに色濃くなった気がするんですがね?
思い当たる節は何処にもないのだけど変なことを聞いてしまっただろうか。
が、そればかりを考えている訳にはいかない。
「毎日ファイヤーボールを数十発当てても1週間は壊れないよう強度を持たせましたよ」
俺の返事を聞いて唖然とするエレオノーラ。
周囲の面々も静まりかえっている。
あれ? また、やり過ぎちゃいました?
「子供ダマシノ嘘ニ決マッテル!」
獣化ヨハンが吠えるように否定した。
確かにある意味では嘘だ。
かなり控えめに言ったからね。
「そう思うんなら破壊すればいいじゃないか。無理だと思うけどね」
「言ッタナ! くそがきガァッ!」
今まで以上に暴れようとする獣化ヨハン。
だが、首だけが激しく動くばかりで下の方はまったく動く気配が見られない。
「所詮はそんなものさ。ガルフが半端ものだから眷属のお前はもっと中途半端な存在になるんだよ」
「くそがきィィィィィィィィ─────────────────────ッ!!」
憤怒の形相で殺意を向けてくる獣化ヨハン。
急激に増した殺気に周囲の護衛たちが緊張の色を濃くした。
「さっきから人のことをクソガキクソガキと鬱陶しいな。そのクソガキに封じられて手も足も出ないのは何処のどいつなんだ?」
「黙レッ黙レッ黙レエエエエエェェェェェェェェェェェッ!!」
ここまでサクッと挑発に乗ってくれるとはね。
チョロすぎだろう。
「がるふ様ヲ愚弄スルナド万死ニ値スルッ!」
「その親玉がショボいと言っているんだよ」
獣化ヨハンが絶叫するかのように咆哮した。
「訂正シロッ! がるふ様ハ偉大デ尊キオ方ダッ」
「そこから抜け出せない奴に言われてもねえ」
「ガァッ!」
獣化ヨハンが再び激しく頭を振り始めるが結果は変わらない。
「がるふ様ノ忠実ナル下部ニシテ眷属デアル俺ガコレシキノコトデッ」
自分で眷属って言っちゃったよ。
先に素知らぬふりで言っておいたことも効いているとは思うけど、ここらが自白の決め所かな。
「本当に眷属なのか疑わしくなってきたな。ガルフが直接お前を変身できるようにした訳じゃなさそうだ」
「ソンナ訳ガアルカッ! がるふ様ガ俺ノ血ヲ吸ッテ魔物スラ片手デヒネリ潰セル力ヲクダサッタノダゾ!」
「はい、証言いただきましたー」
「どういうことなの?」
それまで成り行きを見守っていたエレオノーラが険しい表情で聞いてきた。
「人が人ならざる者になるなんて普通じゃないでしょ」
「ええ、そうね」
「最初はワーウルフにでもなるのかと思ったけど毛むくじゃらになって牙が伸びるだけだった」
「中途半端だと?」
「ええ。だからバンパイアの眷属かもしれないなって。獣毛に覆われるという記述は本には載ってなかったので確証はありませんでしたけど」
「それで挑発して誘導尋問したと」
「そんなところです」
とは言ったけど苦しい言い訳みたいなものだ。
奴が獣化した直後に鑑定して最初から答えは知っていたので無理やり誘導しただけである。
「ガルフめっ!」
エレオノーラは吐き捨てるように言った。
「もしかすると長兄はその秘密を知ってしまったんじゃないですかね」
「っ!?」
ギョッとして俺を見てくる姉である。
「知られてしまったから消してしまったと?」
「証拠はないですが無いとは言えないんじゃないですか」
我ながらズルいとは思うがガルフに泥をかぶせて幕引きを図れるようにするための誘導だ。
とはいうものの、これ以上のことはしない。
疑念が残るだけで充分だ。
人は都合の良い話を信じたがるからね。
読んでくれてありがとう。
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