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68 頑なに認めない

 車外に放り出されたことでヨハンが目を覚ます。


「うっ、ぐぅっ」


 落下のダメージが入っているようで苦しそうな顔でうめいてはいたが。

 それでも叩きつけるような投げでなかったのは不幸中の幸いと言うべきか。

 もしも、そんなことになっていたら胃の中のものを地面にぶちまけることになっていただろう。


 なんにせよ話のできる状態ではないので待つしかない。

 治癒の魔法を使えば待たなくても良いのだが、この男にそこまでする義理など微塵もない。

 ただ待つだけの方が無駄だと言われそうだが無為に過ごすわけじゃない。

 少し派手めにやった試乗デモンストレーションも終わったし撤収準備を進めていくだけだが。


 コースは埋め立てて平らな土地にしたので、その気になれば農地として使えるだろう。

 街からは離れていて寂しい場所だから当面は誰も使わないとは思うけど。

 周辺の開墾が進めば、ここも使われるようになるかもしれない。


「もったいないっすねー」


 護衛の1人がボソッと呟くように言った。


「しょうがないだろう。あんなものが我々以外に知られてしまう訳にはいかんからな」


 護衛の隊長が律儀に答えている。


「えーっ、なんでなんすかー?」


 理由が分からず疑問を口にした護衛に隊長は冷めた目を向けた。


「少しは自分の頭で考えろ」


「考えても分かんなかったから聞いてるんす」


 その割にはシンキングタイムが短すぎるんじゃないか?

 当然、皆も同じことを思ったようで白けきった空気が周囲に漂った。


「普通の馬車では走れないであろうあの道を初めて見た奴は、どんな反応をするかという話だ」


 隊長だけは辛抱強く話を続ける。

 ただし、己の頭で考えさせることは諦めていないようでヒントを出すにとどめたけれど。


「そりゃあ、初めて見たんなら変だなぁと思うんじゃないすか? 無駄に上下したり曲がりくねってますからねえ。自転車で走れば足腰が鍛えられそうっすけど」


「それだけじゃない。何処にもつながってないんだ。なんの目的で、と考えそうなものだろう」


「あー、言われてみればそっすね。気付かなかったっすよ」


 指摘されて初めて気付いたとばかりに目を丸くさせた護衛はアハハと笑った。

 脳天気な奴だ。


「それで、そこから先はどうなると思う」


「衛兵の詰め所に駆け込んで不審な道を発見したと報告しますかね。それか街中で噂を広めるとか……」


 そこまで言葉にした護衛は急にそれまでのヘラヘラ顔を引っ込めた。


「騒ぎになるじゃないっすか!」


 ようやく気付いたか。


「そういうことだ。騒ぎになれば嗅ぎ回る連中も出てくるだろう。わざわざ人目を避けていたというのに、おじゃんにするバカがいるか?」


「いないっすよねー。すんませーん。バカなことを言いましたー」


 それが反省している人間の口調なのかと言いたくなったが暴言を吐く失礼な輩よりはずっとマシというもの。

 その失礼な輩がこのタイミングでのろのろと立ち上がる。


 さて、失神するほどビビっていた男がどんな態度を取るのか興味津々だね。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



「どうだ? これでも我が弟の実力を疑うか」


 エレオノーラの第一声がこれとは少しばかり予想と違っていた。

 もっとヨハンのことを叱責するものだとばかり思っていたからね。


 おまけに俺を引き合いに出してくれているし。

 先程、姉が抜剣しそうになるほど怒ったのも俺のことをディスられたからか?

 もしそうならブラコンここに極まれりってところだな。


「フン、何が弟の実力だ。笑わせるな」


 反抗心に満ちあふれたヨハンの返答。


「そんな年端もいかねえガキにこれほどのものを作れるはずがないんだよ」


 この一言でエレオノーラのこめかみに青筋が立つ。

 俺自身は、そんなものだろうなと思った。

 常識的に考えて何年もかけて修行をした職人でなければ作り得ない代物だからね。

 そんな風に言われても特に腹立たしくはならない。


「どうせ貴族の箔づけで他人の手柄を横取りしようってんだろ。俺は騙されないぞ」


 むしろ、これが普通の反応だろう。

 年端もいかない子供が熟練の鍛冶師に負けない仕事ができるなど誰が想像できるだろうか。

 貴族を相手にしてその言葉遣いは命知らずと言う他ないけれど。


 ただ、姉は怒りの気を放ちながらも落ち着いている。

 先程と違って剣の柄に手をかける様子がないことからもそれは明らかだ。


「エドガー、うちのシドは誰かの実績を奪わねばならないほど才がないかしら?」


 姉に問われたゴーレム職人は自分に話が振られるとは予期していなかったようで、しばし泡を食うことになった。


「へあっ、あのっ、そのっ」


 まともに喋れずあたふたしているのはエレオノーラが怒っていることも影響しているものと思われる。


「取って食おうという訳じゃないから落ち着きなさい」


「は、はい……。申し訳ありません」


 落ち着いた口調で諭されたことで、どうにか冷静さを取り戻せたようだ。


「謝る必要はないわ。何も悪いことをしていないんだもの。それで、どうなの?」


「そ、そうですね。えっと、ゴーレムを仕上げる才能はすばらしいものがあると思います。私などより遙かに優れておられるかと」


 最初はつかえるように答え始めたエドガーであったが、途中から急に早口になってまくし立てていた。

 威圧されていなくてもエレオノーラの怒気を感じ取っているせいだろう。

 神経過敏というか繊細なんだな。

 ちょっと哀れに思えてきた。

 まともに怒気を当てられて虚勢を張っている誰かの弟子には同情する気など微塵も起きないのだけど。


「聞いたかしら? あなたも見たでしょう。シドが多重詠唱をこなすところを。これでも拍付けに他人の手柄を横取りする必要があるのかしらね」


 ヨハンには問いかけと同時に遠慮なく怒りの気をぶつける姉である。

 完全に敵認定しているな。

 もはや謝罪しても許されることはないだろう。

 こうなる前に引き際を見誤らなければ違った結末も迎えられたかもしれないが今更だ。

 もっとも、己の考えに固執し後先が考えられないんじゃ限界ラインに気付いたところで無視して踏み越えてきたとは思うが。


「へっ、欲深いお貴族様なら金も手柄も積み増しするのが常套手段だろ。俺は騙されないからな」


 思った以上にヨハンは頑なであった。

 そこまで拒絶的な振る舞いをしても得になることなど何もないというのに。


「アンタは大罪人だ」


「何を言っているのかしら」


 すうっとエレオノーラの目が細められる。

 姉をアンタ呼ばわりした上に大罪人だと決めつけるのは命知らずなことだ。

 凍てつくような姉の視線にヨハンは気付いていない。

 自分の発言に感じ入っているみたいだけど何を思い考えているのかは読めないな。


「女のくせにガルフ様が継ぐべきものを簒奪しようとする悪魔め!」


 それで大罪人か。

 悪魔にパワーアップしているし。


 それにしても、ここでガルフの名前が出てくるとは思いもよらなかったさ。

 もしかしてガルフの奴に何か吹き込まれたか?

 だとしても何をしたいのかがサッパリ分からん。


 そもそもこの男とガルフとの接点が謎だ。

 普通は未熟な弟子よりも親方と面識を得ようとするものだろうに。

 その流れの中で弟子と知り合った可能性があるとしても所詮は半人前だし平民だ。

 親方が意見するなら姉も耳を貸すかもしれないが、この男が騒ぎ立てたところで何も変わらない。

 たとえ親方でも、コイツみたいな態度を取っていたら相手にされないのがオチだけど。


「ボッシュよ、これをかばうつもりはあるか?」


 問われた親方は顔面蒼白でガチガチになっている。


「いいえ、ありません。破門します」


 そうなるよな。


読んでくれてありがとう。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


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